藤沢あかり/編集・執筆

わかりやすい言葉で、わたしにしか書けない視点を紡ぎたい。執筆媒体は「北欧、暮らしの道具…

藤沢あかり/編集・執筆

わかりやすい言葉で、わたしにしか書けない視点を紡ぎたい。執筆媒体は「北欧、暮らしの道具店」「天然生活」「暮しの手帖」など。たまご好き。行きたい店はだいたい臨時休業。http://akarifujisawa.com

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本が出ます。 「レシート探訪 1枚にみる生活史」

「北欧、暮らしの道具店」で連載していた読み物「レシート、拝見」が書籍になります。6月23日発売です。 「レシート探訪 1枚にみる小さな生活史」とタイトルも新たに、連載の改稿に、書き下ろしの新規取材とエッセイを加えて一冊にしたものです。256ページとボリュームのある内容になりました。 「レシート探訪」という新しいタイトルは、編集さんがつけてくれました。さらに、サブタイトルである「1枚にみる小さな生活史」も、最後の最後、ギリギリまで編集さんが悩みに悩んで考え抜いてくれたもので

    • やりたいことは、やればいい

      小さくて大きな夢があった。 お茶の水と神保町のちょうど真ん中くらいにある編集部で働いていたことがある。30歳、大阪から東京へ引っ越してきたあとのことだ(この頃については、拙著『レシート探訪』にも少し書いた)。 近くには「山の上ホテル」があった。クラシックホテルのひとつであり、池波正太郎や川端康成をはじめ、名だたる文豪に愛された場所だ。お茶をしたり、愛嬌のある「山の上ホテル」という文字を見上げたりしては、いつしかそこに泊まってみたいと思うようになった。 泊まるだけの夢なら、

      • 「レシート探訪」メディア紹介まとめ

        「レシート探訪 一枚にみる小さな生活史」を刊行してから、ありがたいことにさまざまなメディアで紹介していただきました。 あちこちに情報が散らばっているので、こちらにまとめておきます。 ◆新聞・雑誌・ウェブメディアなど『日経ビジネス』7月24日号 武田砂鉄さんによる書評「今週の一冊」 『クロワッサン』9月10日号 「本を読んで会いたくなって」著者インタビュー 『沖縄タイムス』『山陰中央新報』『中部経済新聞』ほか各地方紙 書評コラム掲載。評者はイラストレーターの谷山彩子さん

        • 記憶のかけら日記2:公衆トイレのビニール傘

          2023年11月27日(月) よろしゅうございますか オレンジジュースから始まる朝。パリッと糊づけされた、真っ白なテーブルクロスを眺めながら、学生時代に「こちらのお席でよろしゅうございますか」と言うレストランでアルバイトをしていたのを思い出す。埃を立てずにテーブルクロスを変えたり、お皿を一度に5枚運んだりするテクニック、「六義園」は「りくぎえん」と読むということ、ロータリークラブの歌、ぜんぶこのアルバイトで覚えた。 2023年11月28日(火) 悩みながら楽しくもがいて

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        • 藤日記
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        • 春からはじまる冬眠日記
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          記憶のかけら日記1:点が集まりわたしになる

          X(Twitter)やInstagramなどのSNSにちょろっと書いたことば、スマホのメモ、これまで自分が書き散らしたものを、どこかにまとめておけたらと思っていました。あとから思い出して書く文章に比べて、その瞬間の気持ちが詰まっているような気がしたからです。 そんなわけで、ここに一週間単位くらいでまとめてみようかと思います。日付と事実は、必ずしも結びついていません。記憶の断片です。 2023年11月20日(月)閉店の女 気持ちのいいお天気だったので、隣町までお昼ごはんを買

          記憶のかけら日記1:点が集まりわたしになる

          屋上で食べるシウマイ弁当

          デパートの屋上でごはんを食べるのが好きだ。 はじまりは、娘がまだ赤ちゃんのころだった。子連れでの食事は、じっと座っていられないだけでなく、補助椅子はあるか、トイレは使いやすいか、食べさせやすいものはあるか、なければ持ち込んでも大丈夫か、小さなハードルがいくつもある。もちろん、いまとなっては、そんなに気負わなくても、どこだって意外とどうにでもなると言い切れるのだけれど、初めての子育てのころは、そうは思えなかった。たった10年前かそこらの話なのに、いまよりずっと子連れフレンドリ

          屋上で食べるシウマイ弁当

          ボロボロのコロコロ

          2023/10/27 以前、娘が学童でもらってきたコロコロコミックを、6歳の息子が何度も何度も読んでいる。裏表紙は取れかけているし、折り込みの口絵は破れ、もうボロボロだ。 それでも繰り返し読みながら、あたらしい号を欲しがることもなく、ゲラゲラ笑っている。 そんな様子を見ながら、つい「かわいそうだから新しいのを買ってあげなくちゃ」と口にしたところ、夫から「欲しいと言われていないのに、必要ないよ」とやんわり咎められた。 そうだった。子どもは、こちらから先回りして与えたり手助け

          ボロボロのコロコロ

          わたしに、おめでとう

          わたしは、中学生のときに言われた「あかりちゃんの文章はキザでみっともない」ということばを、いまもなお、ずっと根に持っている執念深い人間だ。30歳で、未経験で編集やライターの仕事をしてみたいとこぼしたときに、「ライターって文章がうまい人がなるものだからね」と言われたことも、きっと一生忘れない(怖)。 だからといってその言葉で、なにくそ!やってやる!と思ったかというとまったくの真逆で、「やっぱりわたしはダメなんだ」とクヨクヨしてばかり。なんとか編集職にたどりつき、ライターとして

          わたしに、おめでとう

          わたしのなかの、小さな子ども

          インナーチャイルドの話ではなく、物理的な子どもの話。もっというと、歯の話です。 歯が痛み出し、たっぷり丸一日、不機嫌さと不安さでいっぱいの時間を過ごした。痛いといっても、ズキンズキンと疼くようなものではない。冷たいものや熱いもので刺すような刺激が走るわけでもない。じっとしていれば平穏なのに、ひとたび上の歯と下の歯を軽く噛み合わせると、ズーンと鈍く、しかしとてつもない痛みが生じる。 前から5本目、右下の歯。ちょうど奥歯の入口みたいなところだ。 噛む、という行為に普段はまっ

          わたしのなかの、小さな子ども

          日々は事件に満ちている。 『すてきな退屈日和』宮田ナノ著

          5年日記をつけはじめて、今年で10年になる。 先に記しておくと、書けなかった日があるというよりも、トータルでは書いている日のほうが少ない、そんないいかげんな日記だ。 朝いちばんの仕事を始める前に、昨日のことを書く。しかし改めて思い出そうとしても、取り立てて書けるようなことが見当たらない。 朝起きて、ごはんを食べて、夫と子どもたちをそれぞれに送り出し、仕事をし、ひとりで適当な昼を食べ、また仕事をし、夕方になれば保育園にお迎えに行き、またごはんを食べて、風呂に入って寝る。わたし

          日々は事件に満ちている。 『すてきな退屈日和』宮田ナノ著

          さよならキッチン

          赤いままごとキッチンを、手放すことにした。 記憶が正しければ、娘が2歳の誕生日に買ったもの。 実を言うと、おままごと好きの娘に張り切ってかったものの彼女の遊び方はちょっと変わっていて、このキッチンを本物に見立てて料理の真似事をするというのは少なかったように思う。それでも、わたしの子育ての記憶、娘の幼児時代を思い返す風景には、必ずこのキッチンの赤色がある。 娘は小学5年生になり、すっかりおままごとからは卒業した。5歳離れた息子に至ってはここで調理をしている様子は見たことが

          夫婦の境界線が溶けている

          子連れの家族が、子どもだけでなく夫婦もそれぞれにソフトクリームを注文していると、「あ、」と思う。 夫婦が歩きながら、銘々のアイスコーヒーを飲んでいても、「あ、」と思う。 先日は若い夫婦とおぼしき男女がそれぞれにスプライトを一本ずつ持って飲んでいて、やっぱりそこでも「あ、」と思った。 コンビニでアイスコーヒーを買うとき、わたしはなぜか夫婦でひとつにしてしまう。つまり半分こ。もちろんカフェやレストランに入ったら、それぞれで注文するし、そのマナーは知っているつもりだ。 でも

          夫婦の境界線が溶けている

          とおい未来の心配よりも

          手帳を開いて、「あれ、今週なにしよう?」ということがある。 いつも、半月、1ヶ月先の予定ばかりを見ている。入稿時期から逆算していく仕事なので、先のカレンダーばかりが頭に入り、今月の25日より来月の25日のほうが身近になっていたりもする。 そんな日が続いた先に、ふと、あわただしさの波間からこぼれ落ちたように、目の前の一週間がぽかんと空いていることに気づく。予定よりも一週間早めに仕上げた原稿と、予定よりも後ろ倒しになった仕事。結果、風通しよくすっきりした数日がうまれたらしい。

          とおい未来の心配よりも

          手袋をさがす

          「気に入らないものをはめるくらいなら、はめないほうが気持がいい」といって、寒い冬に手袋なしで過ごしたのは向田邦子だが(エッセイ「手袋をさがす」)、わたしもまた、今年の冬は手袋を探し続けていた。 一昨年の冬、手袋を繕った。4、5年ほど使いこんだ古い手袋だ。薄くも濃くもない、ミルクコーヒーのような色をした、なんのへんてつもないデザインで、たしか無印良品のものだったと思う。その直前に使っていたレザーの手袋は、子どもと公園に行くときには不向きで、気兼ねなく使えるようにと買ったものだ

          りんご風呂の日

          まだ寒い日が続いていたころ、すこし前のはなし。 家族で近所の銭湯に出かけたら「きょうはりんご風呂の日」と張り紙があった。写真には、まるく赤いりんごが、いくつもぷかぷかと浮いている。 りんご風呂。その言葉だけで、ぽっとからだが赤くなるようなうれしさが込み上げて、子どもたちと「りんごだって」「りんごだよ」と言い合いながら、いそいそと浴場へ飛び込んだ。 しかし、一面のりんごを想像していたのに、赤い姿はどこにもない。 あれ、日にちを見間違えたのかな。きょうじゃなかったのかもしれな

          「できるか、できないか」より「やるか、やらないか」

          「人生はできるか、できないかではない。やるか、やらないかだ」 これは以前、取材先で「座右の銘として大切にしている言葉」として教えていただいたもの。出典元は不明だが、80代のおばあさんの言葉らしい。 聞いたのは、5年ほど前だっただろうか。当時は「なるほど」と思ったものの、自分ごとになることはなかった。「できる」と「やる」は別物だし、「やる」に向き合うハードルはどこまでも高い。 でも最近、この言葉を折に触れて思い出す。そして考える。「やる」のハードルが高いと思っていたのは「

          「できるか、できないか」より「やるか、やらないか」