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花子出版 hanaco shuppan
2021年11月1日 07:39
実家にて 休憩なしで走り続け、大輔の故郷に辿り着いた。大輔は変わりない景色に安堵し、細くなる道をアクセルを緩めて走る。農作業服の若い男が、畦道に座り煙草を吸っていた。男は車が通ると、訝しい目つきながら丁重に会釈した。大輔も空かさず会釈した。知り合いだろうかと記憶を探るも、分からなかった。健斗は窓ガラス頭をくっ付け、鼾を掻いている。天草に架かる大橋を渡ってすぐに寝ていた。 青々と茂る稲の葉を
2021年11月2日 08:01
咲子 二人は帽子を被り、外に出た。日が傾き始め、田圃を駆け抜けてくる風が幾分涼しく感じた。庭を出て、車の往来が無い道路の真ん中を、まるで酩酊する会社員のように、右へ左へと横断を繰り返しながら、宛のない散歩を続ける。大輔は家々を見ながら、故郷の情趣に浸る。健斗は道路脇に茂った向日葵の葉を手で撫でたり、側溝を流れる透明の水を覗き込んだり、と田舎を味わった。「やっぱり田舎って良いなあ」 健斗
2021年11月3日 08:13
海水浴 大輔が車のハンドルを握り、水平線が輝く海岸線を走る。助手席には健斗が座り、後部座席の真ん中には、咲子が座った。休日の道路は、天草市外からの車も多く、幾分混雑している。もちろん、東京の首都高とは比較にならないほどだ。排気ガスの匂いがなく、窓を開け、三人は海風を堪能した。 海水浴場に着き、車窓から、派手なビーチパラソルが犇めき合う浜辺を見渡した。「この海水浴場も混んでいるなあ」
2021年11月4日 07:00
幼馴染との時間の回想「大輔くん、大丈夫なの? バレないの?」 貴洋は囁くような声を出し、大輔のTシャツの裾を引っ張った。「大丈夫。貴洋くんは、本当にビビリだなあ。こんな時間に誰も来ないよ」 大輔は淡い月の明かりを頼りに、錆び付いたフェンスを登ってゆく。フェンスを乗り越えると、ジャンプしてプールサイドに着地した。振り向くと、貴洋が俯いている。「大丈夫だって。さあ、登ってこいよ」
2021年11月5日 07:22
ドライブ 潮騒が心地よい。身体を揺らす波も心地よい。旅愁にて蘇る、貴洋との記憶の数々も心地よい。「貴洋くん」 大輔は声を上げた。貴洋は、どこにいるのだろうか。 熱された砂浜へ上がった。健斗と咲子は並んで座り、楽しげにお喋りに耽っている。声が一面に広がっていた。大輔の姿に気がついた咲子が手を振る。「大輔くんも、こっちに来なっせ」 大輔はブルーシートに戻り、健斗の隣に座に座った
2021年11月6日 07:46
大輔と幼馴染の再会。秘密基地にて 大輔は、気が付くと暗闇にて体育座りをしていた。尻に畳の感触が感じられない。自宅ではなさそうだ。土の香り、夏草の香り、木の香りが漂っている。膝を抱えていた手を離し、地面を撫でると、木の板が触れた。目を凝らして辺りを見渡すも、酔いが醒めておらず、鬱蒼と茂る木々や笹薮に焦点を合わせるが出来ない。 突然、手の甲に何かが触れた。冷水のように冷たく、弾力がある。「
2021年11月7日 06:27
上京し、変わった気持ち 実家へ帰省し、二週間ほど経った。大輔と健斗はレンタカーで海や温泉へ出掛けたり、昼間からお酒を飲み耽ったりと、悠々自適に過ごしていた。大輔は貴洋に会いたいと思ったももの、貴洋の家のチャイムを押す気になれずに、家の前を通るたびに横目で眺めた。貴洋の家は、どの日も静まり返り空き家のようだった。 とある雨の日の午後、大輔は畳に寝転がり、数日前にコンビニで買ってきた格闘技の雑
2021年11月8日 07:39
大輔、東京に帰る 大地を潤した雨が上がり、うっすらと靄がかかる朝涼の頃、大輔はレンタカーの後部座席に鞄を放り込んだ。健斗と咲子、父母が玄関前に立っている。彼らは眠そうな目を擦っていた。「身体に気つけろよ。また、帰ってこいや」 父が言うと、玄関前の三人が、各々適当な言葉を並べた。「じゃ」 大輔は車に乗り込み、エンジンを掛けた。手を振る四人をバックミラーで眺めながら、庭先へ出て、細
2021年11月9日 07:41
吉田は戦っていた 新宿の街は変わらず活気に満ちていた。大輔は行きつけとなったBARのカウンターに座り、吉田を待った。店内は賑わい、雑談が飛び交っている。大輔は、東京へ帰ってきたのだ、と改めて複雑な感情が生起した。カウンターに並ぶ横文字のラベルが貼られた酒瓶を眺めていると、女の店員がバーボンを運んで来た。大輔は会釈し、バーボンを飲む。「バーボンを、お好きになったんですね。とてもお似合いですよ
2021年11月10日 07:46
義と欲情 大輔は帰宅し洋服を脱ぎ、シャワーを浴びる。温水のシャワーが埃や皮脂、汗を削ぎ落としてゆき、肉体を輝かせてゆく。鏡に身体が映った。大輔は全身を撫でるように触り、筋肉の張りを指先で感じてゆく。気が向いた時に大学のトレーニングルームへ通っているが、吉田との筋肉の違いは明瞭だ。自分の肉体へ醜さを感じるほど、吉田の肉体は精緻な美を放っていた。 夢中で吉田の肉体を想像していると、突如、身体が
2021年11月11日 07:25
吉田の敗戦 吉田に呼ばれた試合の日は、生憎の雨模様だ。生憎と言っても地下施設では無関係だが、駅へ向かうのが少々億劫だ。大輔は日課を終え、空のペットボトルに手作りのスポーツドリンクを注いだ。ペットボトル内にて弾ける水の音を聞いていると、吉田が飲んだペットボトルの口を、荒々しく吸い付いた先日の出来事を想起してしまう。不可抗力だった。不可抗力だったんだ、と揺らめく感情を押さえつけた。すると、自分の行
2021年11月12日 07:27
吉田の過去(前) シャワーを浴び終えた下着姿の吉田が、ソファに座った。汗の匂いが消え、石鹸の香りが漂っている。「すっきりしたよ。大輔もシャワーを浴びるかい?」 吉田の問いへ、大輔は首を横に振り、必要がないことを伝えた。苦心していた感情と、反り立った陰茎は、時間と共に治っていた。「大輔。俺の戦いは終わったよ。いつの間にか、こんなに歳をとってしまった。これを機に、地下施設から足を洗おう
2021年11月13日 07:15
吉田の過去(中)「夏休みを控えたとある帰宅時、俺と元は汗の染み込んだ柔道着を抱えて、歩いていた。日が落ち、街灯が俺らを照らしていた。その時、柔道部の上級生から虐められていることを、元は俺に教えてくれた。俺は驚いたよ。そんな素ぶりは一切なく、毎日笑顔で部活に励んでいたからな。俺は、虐めの一部始終を聞いた。元は涙を流すことなく、声を荒げることなく、震えることなく、どこか達観した声色で話してくれた。
2021年11月14日 07:50
吉田の過去(後)「柔道の推薦で高校へ入学した頃、ここの地下施設に出入りしている、ある男と出会った。その日は、深夜の河川敷で不良を相手に独りで戦っていた。相手は十人くらいいただろう。まあ、柔道では黒帯を締め、拳も使い慣れていたから、不良たちはすぐに伸びてしまった。すると、ある男がやって来て『紹介したい場所がある。着いてこい』と言って、俺を呼んだ。俺が男の車に乗り込むと、男は行き先も告げずにアクセ