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親子丼 父の思い出

私の父は、丼物が嫌いだった。
親子丼などが出ると、ほんの少しだけ手を付けて
「お腹いっぱいだ」と言って席を立った。

父は終戦時、大陸にいてシベリアに抑留された。
極寒と飢えに耐えかね、仲間が次々と倒れていく中、
何とか生き残り苦労の末2年後に帰国した。


子供の頃、夜中に目が覚めると、
父がうなされていることがあった。
う~ん。う~ん。うおっ! と時には叫び声を上げるほど
苦しそうな様子だった。

母に聞くとぽつり、「戦争がね・・・」
と言うだけだった。私はそれ以上聞いてはいけないことだと感じ、
父の悪夢について聞くことは二度となかった。

徐々に世の中が豊かになり、
兄弟で卵の取り合いをするようなこともなくなった。

父が丼物を食べなくなったのは、その頃からだという。

晩年になって、外国のある戦争映画を父と一緒にTVで見ていた時、
ひどい扱いを受ける捕虜たちの食事として、オートミールとも
シチューとも言えない得体のしれないドロリとした食べ物が登場した。

『うわ。不味そうだな』と思った私は、思わず父を見た。
父の眼には涙が浮かんでいた。

『もしかしたら父は、あの親子丼の食感を味わうと
抑留時代の事を思い出してしまうのかもしれない。
と子供心に思ったが、父の顔を見ていると確かめる勇気は出てこなかった。


今改めて思う。
食の感動も静かな眠りさえも奪い取ってしまう戦争は、
決して起こしてはいけないもの。
決して誇りやうぬぼれの道具にしてはいけないものである。

おいしいを楽しめる世界がどこまでも広がりますように・・・


                  おわり


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