託す者 -62-
~ご案内~
あらすじ・相関図・登場人物はコチラ→【総合案内所】【㊗連載小説50話突破】
前話はコチラ→【第61話・紅と瑠璃】
重要参考話→【第51話・学ぶ人】(まいまい島編開幕)
【第59話・このちっぽけな島で】(まいまい島の過去編開幕・公式マガジンに選ばれました!)
物語の始まり→【第1話・スノーボールアース】
~前回までのあらすじ~
正義屋養成所襲撃事件からおよそ一年と半年。正義屋養成所の四年生に進級したグティ達は、同じ中央五大国であるまいまい島の首長が変わったことを受け、カルム国の外務大臣がまいまい島へ挨拶に行く護衛を任されていた。まいまい島に着いたグティ達は足に銅の錠を付けた500人ほどの合唱団の歓迎を受け、その際に「人間を愛したい」とカザマに訴えかける12歳の少女・カリオペたちに出会い、この島に強い不信感を覚えたカザマはカリオペと共に行動することを決心した。一方グティ達の向かったジェイルボックスでは『カギュウ』と名乗る集団が民衆の事を追い詰めていたのだった。
そして物語は、ベルヴァの一員であったゲイリーがまいまい島に帰還する3002年まで遡る。ゲイリーはそこで自分の母・レブリからまいまい島で起きていた悲惨な身分差別の現状を聞かされ、ローゾーンの代表&革命集団『カギュウ』のボスとなることを決意した。そして時は三年が過ぎ、遂に作戦が開始された。一人でも多く生き残り各地でこの島の状況を伝えるために出港した彼らは、ゲイリーの援護もあり順調に海を渡っていたのだが、スパイをしていたホーク大国の幹部であるエスカルゴによってゲイリーの右足には金の錠がつけられてしまう。そんな状態で始まった二人の一騎打ちの最中、ゲイリーはカギュウの仲間がホーク大国の軍艦によって全滅している『紅と瑠璃』の様を見てしまい……。
~まいまい島に関する基本情報~
・まいまい島とカルム国の関係
正義屋養成所の四年生となったグティ達は約65年前に起きた世紀大戦(第42話~第50話)について学び、五神の一人であるコア様がホーク大国に誘拐されている事を知る。当時危機感を持ったカルム国は、世紀対戦の舞台であるスノーボールアイランドに向かい、突如島を覆ったとされている謎の氷を自国に持ち帰り研究を試みた。が、未知の物体をカルム国で研究することの危険性を懸念した政府は、同じ中央大陸連合国のまいまい島にその研究を任せることにした。その研究所こそがジェイルボックスだ。(ハイ・ミドルゾーンに置かれている)
・ゾーン制
まいまい島では古くから厳しい身分制度が取り入れられており、カタツムリの甲羅の形をした山の中腹にあるブルームアーチと呼ばれる立派な門(第56話)を境界線にして、裕福で貴族のような生活を行えるハイゾーンと、貧相な生活を強いられ国の雑用係として生きなくてはならないローゾーン(右足に銅の錠が付いている)の二つに分類されていた。しかし、出入国禁止令によりこのような身分差別の現状が外の世界に公になることはなく、まいまい島=裕福な国という風に外の国からは思われていた。そのため2990年には、カルム国からジェイルボックスの設置と引き換えに中央五大国の称号を手に入れることとなる。が、ジェイルボックスでの作業は危険が伴うためハイゾーンの人々はそんな仕事を行おうとしない。そこでまいまい島政府はローゾーンの一部の人々を半強制的にジェイルボックスで働かせるミドルゾーン(満足な衣食住を与える代わりに奴隷のようにジェイルボックスで働くことが要求される身分)を設けることにより、今日まで何事もなく国の威厳を保っていた。
・カギュウ
ベルヴァの一員であったゲイリーがまいまい島に帰還した際に立ち上げた革命集団の事を指す。彼らの目的はローゾーンの地位回復と、ミドルゾーンの人々の開放。そしてジェイルボックスの完全回収であった。ゲイリーの意向の元、全面的な武力衝突は望まない集団のはずなのだが、現代のカギュウでは何が起こったのか.......。
~登場人物~
グティレス・ヒカル
年齢 16歳 (正義屋養成所4年生)
10歳の頃は大人しく穏やかな性格だったが、夢の中で出会った狼の話を聞き『正義』について疑問を抱くようになる。そしてその直後のデパートでの事件を経て自分の『正義』を見つけ、祖父の勧めから正義屋養成所に入学することを決意した。しかし、そのデパート事件で怒りを制御できなくなる病を患ってしまい、もしも怒りの感情を覚えたときグティの体は狼に変貌してしまう……。
ゲイリー
年齢 当時28歳(ベルヴァ創設メンバー)
まいまい島で生まれ育ったゲイリーは10歳の時にオノフリオやフレディに口説かれ違法である出国を果たし、彼ら共にベルヴァを創設した。しかし、15年が経ち音沙汰のない祖国を心配してまいまい島へ帰還しすることに決める。とにかくポジティブな男で、喧嘩は嫌いだが戦いは好きだといつも話しているちょっぴり変わった男。カリオペの父。この男の過去と未来はいかに……。
カリオペ
年齢 当時1歳
まいまい島の海辺でグティ達と出会った謎の少女。カザマに泣きながら訴えかけた「人間を愛したい」という言葉にはどんな意味が隠されているのか。語尾が特徴的。
エスカルゴ
年齢 当時40歳
まいまい島唯一のスキンヘッドの男。ゲイリーとはどこか親しげだが、その態度がほかの仲間たちからは気に入られてないようで……。
―本編― 62.託す者
「そろそろ攻撃するけど、大丈夫かい?」
ひとしきり笑い終わり、再び木刀をゲイリーの冷たい背中に向けたエスカルゴは声を弾ませた。圧倒的な武力によって自由を求めた者たちが燃やされ、沈んでいく。それだけでもゲイリーにとって耐えがたい事なのだが、それが自分を信じてついてきてくれた結果、ともなればなおさらである。ゲイリーは右目から流れていた細い涙を腕で拭うと、殺気に満ち溢れたその目でエスカルゴの喉元を睨みつけると、
「いいさ、ボコボコにしてやらぁ。兄ちゃんよぉ!」
と続け、遂にエスカルゴの元へと再び走り始めた。怒りが最高潮に達した人間の力というのは恐ろしいもので、ゲイリーは右足に付けられた金の錠の重さを感じさせないくらいの軽快な動きで、空高く飛び上がり木刀を振り上げる。が、その怒りは力を得ると同時に判断力をその人間からそぎ落としてしまう事も確かで、今のゲイリーの隙を突くことなどエスカルゴにとっては湯を沸かすよりも簡単な行為だった。エスカルゴは大ぶりの構えをしたことによってがら空きとなったゲイリーに向かって走り出すと、無防備となった腹に目掛けて木刀を横から振りかざした。
「ぐぁあああ!!」
骨が何本か折れた音と共に、ゲイリーは口から大量の血を吐き出しその場にうずくまった。勝負あったか。この場を目撃した者なら皆そう口をそろえ、帰路につくだろう。エスカルゴもその一人だった。腹を抑え固まるゲイリーを確認し油断しきっていたエスカルゴは木刀を片手に海上で燃え盛る炎と、そこから天に浮かんでいく灰の数々を少しの間鑑賞していた。もう少しこの景色を楽しんでからとどめを打つとしよう。そんな風に考えながら髭を撫で回すが、そう上手くはいかなかった。エスカルゴが次に甲板に視線を落とした時にはゲイリーの姿はなく、食料物資箱から飛び出た果実や飲料水が散らばっているだけだった。
「ばかな。ゲイリーさんの右足には金の錠が付いているんだぞ。どこに逃げたというのだ」
エスカルゴはまさかと思いながらも、食料が雪崩出ている箱の中を恐る恐るのぞき込んでみた。
「……そりゃそうだよな」
案の定、その姿は見当たらない。箱を覗いたタイミングで突き刺されるのではないかと内心びくびくしていたエスカルゴは安堵したものの、唯一の可能性であった場所にいない事への恐怖にかられ首を何回も左右に振り回す。大量の砲撃があった海の声は意外と静かだった。先ほどまで甲板に乗り上げるほどだった荒波は別人のように猫をかぶり、監視船を素通りしていく。エスカルゴはその静けさが妙に気に気食わなかったが、仕方なくゲイリーの捜索に意識を戻そうとした、その時だった。監視船の屋根の上によじ登っていたゲイリーは、
「あんまり俺をなめるなよ!」
と低い声で叫ぶと、かがんでいるエスカルゴ目掛けて飛びかかった。
「ゲイリーさん?!その錠は50㎏もあるんだぞ!」
さらりとそんな重要情報を伝えたエスカルゴは、今度は両手で剣の両端を支えその衝撃に備えた。
「うぐぁ!」
同じ攻撃方法なのに先ほどの比にならない衝撃にエスカルゴは膝を甲板に付き、剣を振りかぶるゲイリーの目を凝視する。どんどんと強まっていく圧力に対抗しようと、エスカルゴも同じように力を入れていったのだが、それを逆手に取ったゲイリーは刀を手前に引きぬきバランスを崩したエスカルゴの木刀を下から上へと払いのけた。
「何?!」
これには流石のエスカルゴもたまらず手から離してしまい、赤の木刀はその勢いのまま甲板の手すりを超えると、海の中へと沈んでいってしまった。
「……なんて力だ」
ものすごいスピードで見えなくなっていく木刀をただ茫然と眺める事しかできないエスカルゴは、しばらく海とにらめっこをしていた。そしてようやくこの危機的状況に気が付いたこの男は、その優秀な頭脳をフル回転させ一つの打開策にたどり着くと、同情を誘うような青い顔を作りゆっくりと振り向いた。
「ゲイリー……さん」
結果から言うと、この打開策は失敗に終わった。エスカルゴが振り返りゲイリーを属目したその瞬間に、ゲイリーは天に掲げていた黒の木刀をエスカルゴの顔面に目掛けて一発、二発、三発と振りかざした。
「ぐぁああああああ!!」
エスカルゴの叫喚がとめどなく溢れ出る血潮と一緒に海へと飛び散るも、この男は気にしない。いや、もしかしたら気づいていないのかもしれない。それくらいに今のゲイリーの姿は悪魔そのものであり、心なしか目が赤で染まっているように感じた。このままでは殺される。すぐにそう察知したエスカルゴは文字通り決死の覚悟でゲイリーに背を向けると、鉄の柵を上り海へと身を投げ出した。
「あばよ!」
そう言い残し、返り血でよく見えないゲイリーを視界に入れたエスカルゴはぎょっとした。ゲイリーが甲板から伸ばした腕が、自分の首根っこを捕らえていたのだ。
「う、冗談だろ……」
冷酷な海の上で足をじたばたさせるエスカルゴの体は空でピタリと止まった。
「俺の負けだ、ゲイリーさん。鍵は返す、だから俺を逃がしてくれ」
「……わりぃな兄ちゃん。もう俺は、そんな鍵だけじゃ満足しないぞ。強いて言うなら、俺の仲間を返してもらおうか!!」
「ぐわぁっ!」
ゲイリーの握る手がさらに強まる。それと共に意識が遠のいていくのを感じたエスカルゴは最後の力を振り絞り半ズボンのポケットを弄ると、ゲイリーの目の前に緑色の牙のようなものを取り出した。
「おいおい兄ちゃん、まじかよ」
雲が低くなり、この島では珍しい雨の香りが二人の鼻をつつく。何か察したゲイリーは、その牙を奪おうと反対の腕を伸ばすが、時すでに遅し。エスカルゴは何を思ったか、緑色の牙を自らの首に突き刺すと遂に力尽き、先ほどまでじたばたしていた足もピタリと動きを止めた。
「やりやがったな。兄ちゃんよぉ」
首の脈が動かなくなった事を確認すると、ゲイリーはその体を甲板に引き上げようと抱きかかえた、その時だった。何重にも重なり不穏な雰囲気を醸し出していた黒い雲から一筋の光ととてつもない雷鼓が10メートルほど先の海に吸い込まれていったのだ。
「雷だと?!」
久しく聞かない天声に思わず体の力が抜けてしまったゲイリーは、抱えていたエスカルゴの体から手を放してしまった。
「しまった!!」
そう叫び、海に手を伸ばした時にはエスカルゴの体は荒海の底へと引きずり込まれていた。ゲイリーは尻をつけ、返り血で色づいた木刀を甲板に放り投げると、頭を抱えわしゃわしゃと掻きむしる。やってしまった。そうは声に出してないものの、行動ではその様子が現れていた。
「これはまずいことになった」
心の叫びが少し声になって溢れ出る。生臭く妙にドロドロしている血が付いた両手を顔に覆い、今度は天を仰いだ。僅かではあるが、まいまい島の海域に雨が降っていることにこの時ようやく気が付いた。
「あの日以来だな」
天から舞い降りてくる小粒の雨がゲイリーを三年前のあの時へと向かわせる。目をつむり、折れたろっ骨をかばうために、腕で介護をしながら甲板にゆっくりと寝転がる。
「人間を、人間を愛すことなく死んでいったあいつらは……もう、本当におわりなのか?」
返事は静かな雨粒と、風にあおられた波の音だけ。そんなひとりぼっちの彼の脳裏にまた、紅と瑠璃色の光景が浮かび上がる。ゲイリーの涙と鼻水はしばらく止まらなかった。しかし、そんなことをしている間にもゲイリーの乗り込む小型の監視船の周りには、カギュウの仲間たちを一掃したオレンジ色の軍艦が次々に周りを囲んでいた。
「ベルヴァの幹部、そして革命集団カギュウのボスであるゲイリーよ。お前にはもう逃げ道はない!大人しく投降するのであれば、ベルヴァの情報と引き換えに命だけは助けてやろう。さぁ、今すぐその武器を海に投げ捨て、膝まづくのだ!」
島の方面に浮かんだ一番大きい軍艦に乗る小柄な女は、寝転がるゲイリーに強力なライトを照らすと、拡声器越しにそう脅迫した。
「この声は……もう来やがったのか、仕事が早いな。ねぇちゃん」
ゲイリーは声にならない声を上げながら、ぼろぼろの体をゆっくりと起こし女を見つめた。女も同様にオレンジ色のジャケットを風になびかせながら、船首で腕を組み仁王立ちでこちらを見つめている。
「逆に聞くけどよぉ、ねぇちゃん。俺が、そんな脅しにビビると思うか?」
「ダメでしょうね。でも、今のあなたの足には金の錠が付いているわ。いくら海に強いあなたでも、それをつけながら泳ぐことなど不可能よ」
「まてまて、なんで最初から俺が逃げる流れなんだよ。どんな攻撃も、こいつで受けちまえばいいだろう」
そう胸を張ったゲイリーは右手に持つ黒と赤の木刀を女に向ける。
「わかったわ。それじゃあ、今から30秒間あげよう。私たちは邪魔をしないようライトを消してやるから、その静かな短い時間で考え直しなさい。もし、ライトをつけた時にあなたが今と同じ格好をしていたら、その途端に砲撃を開始する。いいわね」
女はくっきりとした目でゲイリーを見下すと、その返答を待たずに船の明かりを消させた。
「意味ねぇっていうのによ」
ゲイリーは再び帰ってきた静かな海を愛でようと、目をつむり胸に手を当てた。サーと、耳障りの良い音と共に、様々な記憶が蘇ってくる。まいまい島を脱出したときの不安な海や、世界を旅した時の冒険の海、故郷に帰った時の温かい海。みんな違うように見える海だが、どれも同じ大好きな海。ゲイリーは瞼の裏にも届く小さな船舶照明が不定期に点滅する光と、早まる自分の鼓動を感じながら口を開いた。
「俺の意思は、この先誰かが必ず受け継ぐ!それは俺の娘や息子かもしれないし、この星の救世主かもしれない。でもそんな事、どうだっていい。この島に住む奴らが、この星に住む奴らが人間を愛せる世界になって欲しい!託したぞ、兄ちゃん、姉ちゃん!!」
それから数秒後、数十鑑ともなる軍艦が小型船にライトを照らすや否や、けたたましい量の爆音と、熱気がこの海に放たれた。
ある一人の、叫び声の中……。
To be continued…… 第63話・残党の酒場
ゲイリーとオノフリオの戦いに幕が下り、時代は再び現代へ……!2024年5月下旬くらいに投稿予定!!まいまい島の闇は明らかになったが、ジェイルボックスでの事件との関係はいかに!そして5月からは夏に応募する賞作品の制作が始まるため投稿頻度が下がってしまうかもしれませんが、過去のお話を読みながら気長に待っていただけると幸いです!お楽しみに!!
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