マガジンのカバー画像

信州読書会に提出した読書感想文を掲載

54
信州読書会によるYouTubeLive&ツイキャス読書会に提出した読書感想文を掲載しています。
運営しているクリエイター

#読書感想文

ユゴー著『レ・ミゼラブル 第五部 ジャン・ヴァルジャン』読書感想文

ユゴー著『レ・ミゼラブル 第五部 ジャン・ヴァルジャン』読書感想文

『ジ・エンド・オブ・ケイオス・フランス・レボリューション』

とかくこの世はややこしい。
全ての人間は、あらゆる時代の潮流に飲み込まれ、幾度となく絶望と希望を繰り返してきた。それでも人は生きていく。

彼らを迎える数奇な運命は、決しておとぎ話の世界に限られたものではないだろう。人間が一生を全うするということは、それだけで業が深く、罪深い。  

全ての人間は、あらゆる思惑に苛まれ、幾度となく誤解を

もっとみる
トーマス・マン著『トーニオ・クレーガー』読書感想文

トーマス・マン著『トーニオ・クレーガー』読書感想文

『香川、パンツ脱いだってよ』

表現のあれこれを語る際に、"パンツ脱げよ"という言葉がある。これは、"ええカッコしてやんと、てめえの腹の内を見せろや"という意味であると私は捉えている。何かを表現する時、どうしても見栄を張ったり、自分を大きく見せようとしてしまう時がある。あるいは自分が思っている以上に自分を小さく見せようとしてしまう時がある。技術を凝らし、本当に自分が思っている事は隠す。何故そんなこ

もっとみる
梶井基次郎著『ある心の風景』読書感想文

梶井基次郎著『ある心の風景』読書感想文

『荒神橋付近調査報告書』〜ある心の風景聖地巡礼の旅〜

長野県に本拠地を置く信州レッサーパンダ部隊の京都支部、山城ヌートリア突撃隊の新たな人員補充の為、私はその日も早朝から京都鴨川周辺をぶらついていた。ふとスマホに目をやると長野本部から連絡が。今週の読書会の課題図書、梶井基次郎著『ある心の風景』に登場する荒神橋付近を調査せよ、とのことである。私は急遽、左手に鴨川、右手を川端通りにし、荒神橋に向かっ

もっとみる
ユゴー著『レ・ミゼラブル 第四部  プリュメ通りの牧歌とサン・ドニ通りの叙事詩』読書感想文

ユゴー著『レ・ミゼラブル 第四部 プリュメ通りの牧歌とサン・ドニ通りの叙事詩』読書感想文

『キレイキレイしましょ』

世界が浄化されている。

COVID-19以前以降に限らず、世界は浄化を辿る一方である。街は浄化され人間も浄化されている。それが絶対的な"善き事"として世間では流布されている。人間も世界も、決してそんな善にだけ存在する様な都合の良い生き物ではない。

第四部では悪党テナルディエの息子、ガヴローシュが大活躍する。路上で暮らし、隠語を巧みにこなす彼もまた、立派な悪党だ。だが

もっとみる
森鴎外著『カズイスチカ』読書感想文

森鴎外著『カズイスチカ』読書感想文

『父親』

翁の生活に対する態度に感銘を受けた。盆栽を眺めることも、煙管を吹かすことも、茶を飲むことも、私が知っているそれとは異なる時間を翁は過ごしているようだった。彼の所作には一つ一つに丁寧さが感じられた。日常の些細な事を意識的に行う、というのはとても難しい。何しろ私にとって日常とは永遠のようなものだ。勿論それは永遠ではなく有限であり、だからこそ人間は1日1日を大切に過ごさなければならない、と、

もっとみる
太宰治著『日の出前』読書感想文

太宰治著『日の出前』読書感想文

『登場人物、全員悪人』

人間は様々な集団を形成するがその中でも家族ほど結束力が強い集団はない。しかしその強い力故にその関係は時に異常なものとなる。家族問題なんていうものはグラデーションこそあれど全ての家族にある。結束力が強い故に繊細で、微妙な問題があらゆる家族関係には常に孕んでいる。

この事件の発端はそもそも誰に、どこにあったのか。クズの息子か、息子を縛る父親か、泣いている母親か、無能な妹か、

もっとみる
フォークナー著『熊』読書感想文

フォークナー著『熊』読書感想文

『野生のENERGY』

インディアン酋長の血をひく老人サムの元で、少年アイクが狩猟を通じて魂の成長を遂げる物語。作中では様々な興味深いエピソードが幾つも目についた。

アイクが初めて大熊"オールド・ベン"と遭遇する場面がある。その運命の遭遇に至るまでの経緯が面白い。

(引用始め)

彼はもう自分をハンターだと思わなかった。そんな傲った思いを捨てていた。なぜなら謙遜した平和な心にならねば出会えな

もっとみる
森鴎外著『二人の友』読書感想文

森鴎外著『二人の友』読書感想文

生きることにおいて"友人"とは一体どういう存在であるのか、そして、私の元に現れやがて去っていった(或いは私が去った)数々の友人達のことを思いながら本作を読んだ。

冒頭、鴎外とF君の出会いの描写では森鴎外という人間の、人を見る視線が緻密に描かれている。よく巷では"人は第一印象で八割決まる"などという文言が耳にされるが、ここでの鴎外は冷静だ。突然現れたF君を一旦は狂人呼ばわりするものの、F君のドイツ

もっとみる
芥川龍之介著『鼻』読書感想文

芥川龍之介著『鼻』読書感想文

本作『鼻』は顎の下までぶら下がった自身の鼻をコンプレックスとする坊主の話だ。

(引用始め)

長さは五六寸あって、上唇の上から顎の下まで下っている。形は元も先も同じ様に太い。伝わば、細長い腸詰めのような物が、ぶらりと顔の真ん中からぶら下がっているのである。

(引用終わり)p.20

顔にイチモツつけとるやないかい、と真っ先に思ったが、なんでもファルスに解釈するのはいかんいかんと思いつつもネット

もっとみる
ユゴー著『レ・ミゼラブル 第一部 ファンチーヌ』読書感想文

ユゴー著『レ・ミゼラブル 第一部 ファンチーヌ』読書感想文

正義と悪、この最も手垢にまみれた二項対立を人間は超えることができるのだろうか。

正義と悪、一口に言っても様々なグラデーションがある。ささやかな正義が人を救うこともあれば、絶対的な正義が人をこれ以上なく損なうこともある。ささやかな悪が人をこれ以上なく損なうこともあれば、絶対的な悪が人を救うこともある。

子供を置き去りにし、髪を売り、歯を売り、そして体を売る哀れなファンチーヌ。彼女はどこで道を踏み

もっとみる
中島敦著『名人伝』読書感想文

中島敦著『名人伝』読書感想文

主人公の紀昌は弓の名人を目指すべく、常軌を逸した修行に身を費やす。その結果、人知を超えた能力を手に入れ、師である飛衛に並ぶほどの弓の腕前を身につける。この時点において、確かに彼の弓の腕前は名人と呼ばれるに相応しいものかも知れない。だが、行き過ぎた修行の果てに、瞼の筋肉の使用法を忘れ常に目は大きく見開かれ、蚤を馬の様な大きさで見ることができる彼は、私の目には名人ではなく、まるで化け物の様に映った。

もっとみる
サミュエル・ベケット著『ゴドーを待ちながら』読書感想文

サミュエル・ベケット著『ゴドーを待ちながら』読書感想文

時代も国籍も明かされないまま二人の浮浪者がゴドーと呼ばれる何者かを待ち続ける話。二人の他に数人の人物が登場するが、さして事件らしい事件も起こらず、結局ゴドーなる者は現れないまま物語は一貫して独特な浮遊感を醸しながら幕を閉じる。シュールで不思議な物語だ。

シュールで不思議な物語、私は何故そう思ったのか?

それは小説や物語に、私は無意識的に"いわゆる物語的な起承転結"や、共感を見出すことを求めてい

もっとみる
深沢七郎著『東京のプリンスたち』読書感想文

深沢七郎著『東京のプリンスたち』読書感想文

1950年代後半の東京を、音楽を拠り所にして生きるプリンス達。"煙草の煙が靄のようにこもっているから音が逃げない"場所で、彼らは10代という、人生においてある種の貴重さを秘めた時代を、煙草の煙とロックンロールと共に無為に過ごす。彼らはロックンロールを聴きながら天文学の本を読み、親と学校の文句を言いながらエルビスの食生活と包皮事情について語る。若さに一貫性というものはない。あるのは、有り余る自意識で

もっとみる
ドストエフスキー著『罪と罰』下巻 読書感想文

ドストエフスキー著『罪と罰』下巻 読書感想文

(引用始め)

ラズミーヒンは生涯この瞬間を忘れなかった。ぎらぎら燃えたひたむきなラスコーリニコフの視線が、刻一刻鋭さをまし、彼の心と意識につきささってくるようだった。ふいにラズミーヒンはギクッとした。(中略)ある考えが、暗示のように、すべりぬけた。おそろしい、醜悪なあるもの、そして二人はとっさにそれをさとった…ラズミーヒンは死人のように真っ青になった。

(引用終わり)p.67

壊れていくラス

もっとみる