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ユゴー著『レ・ミゼラブル 第一部 ファンチーヌ』読書感想文

正義と悪、この最も手垢にまみれた二項対立を人間は超えることができるのだろうか。

正義と悪、一口に言っても様々なグラデーションがある。ささやかな正義が人を救うこともあれば、絶対的な正義が人をこれ以上なく損なうこともある。ささやかな悪が人をこれ以上なく損なうこともあれば、絶対的な悪が人を救うこともある。

子供を置き去りにし、髪を売り、歯を売り、そして体を売る哀れなファンチーヌ。彼女はどこで道を踏み外したのだろうか。そもそもの諸悪の根源はトロミエスだ。だが、彼がファンチーヌにした仕打ちは、彼からすれば些細な憂さ晴らしのようなもので、彼は自らの罪に気付くことさえないだろう。彼はファンチーヌの存在など忘れ、世を裁く陪審員となり、"正しい善人"として生きていく。そんな彼こそが、売春婦よりも、脱獄囚よりも、立派な極悪人に私には映った。

ジャヴェールも同じだ。彼の、高潔、誠実、潔白、確信、義務感(p.549)は全ての悪を粉砕する。そこに慈悲はない。彼の行いは全て恐ろしい程に正しい。

(引用始め)

善の持っている害悪ともいうべきものがあらわれているこの顔ほど、悲痛で、恐ろしいものはなかった。

(引用終わり)p.549

絶対的な正義を体現する彼こそが、最も邪悪なものであるかの様に私の目には映った。

そしてジャヴェールの訪問によって哀れなファンチーヌは死ぬ。

あなたがこの女を殺したんだ(p.555)
ジャン・ヴァルジャンはジャヴェールに言う。

だが、本当にそうだろうか?ジャン・ヴァルジャンが自らの罪の告白をしなければ、彼女は死なずに娘と再会を果たせたのかもしれない。
ジャン・ヴァルジャンの選択は本当に正しかったのだろうか。彼の罪の告白は果たして正義だろうか。悪だろうか。

物語終盤、罪を犯すはずのない修道女がジャヴェールに嘘を吐く。その彼女の嘘にこそ、物語で唯一、"正しさ"がある様なそんな気がした。

物語はまだ続く。その嘘が今後、物語にどう作用するのかはまだ分からない。

正義と悪、この最も手垢にまみれた二項対立を人間は超えることができるのだろうか。

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