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梶井基次郎著『ある心の風景』読書感想文

『荒神橋付近調査報告書』〜ある心の風景聖地巡礼の旅〜

長野県に本拠地を置く信州レッサーパンダ部隊の京都支部、山城ヌートリア突撃隊の新たな人員補充の為、私はその日も早朝から京都鴨川周辺をぶらついていた。ふとスマホに目をやると長野本部から連絡が。今週の読書会の課題図書、梶井基次郎著『ある心の風景』に登場する荒神橋付近を調査せよ、とのことである。私は急遽、左手に鴨川、右手を川端通りにし、荒神橋に向かってそのまま北上した。

道中では、早朝から散歩をする老人、走る老人、木陰で読書に勤しむ老人、鳩に餌をやる老人、なんかたたずんでる老人と何度もすれ違った。ピース。天気は快晴。空には作中にも登場するセキレイが飛び交い、数十匹のサギ達が川に足をつけながら太陽の光を浴びている。川辺では鴨が鳴いたり眠ったりしながら各々に過ごしている。亀は水面から顔を覗かせ、鯉が悠々と泳いでいる。少しでも立ち止まると人馴れした鳩達が餌を求めて近寄ってきた。足元にはカタバミやヒメジョオンが小さな花を咲かせている。息を吸い込めば土と植物と動物性プランクトンが混じり合った川の匂いがした。オーケー。

やがて荒神橋に到着。橋の上から北方向に川を見下ろすと、向こう岸に渡るために左岸から右岸にかけて並べられた"飛び石"が見え、やはり老人達がどこか楽しげに渡っていた。そしてそこから視線を上げれば遠くの方に、霧に覆われた鞍馬山がうっすらと見える。2021年6月早朝、パラソルや馬力、物売りのラッパが聞こえるわけもなく、橋の上では通勤中のスーツ野郎や通学中のJK達が足早に橋を渡っていた。思索に耽る喬の姿はそこに無く、その光景は日本全国に見られるありふれたものかもしれないが、本書を読んだ後に渡るこの橋は、どこか味わい深いものがあった。様な気がする。

早朝の訪問ということもあってか、『ある心の風景』にて描かれる、主人公の心の有様が写す京の街の風景とは大きく異なった印象を受けた。緊急事態宣言の最中、観光客はほとんど見受けられず、そこで見たのはただただのどかな風景だった。

本書では性病を患った主人公の漠然とした不安や思想が、京の街と共に静かに淡々と描かれている。性病も思想にも縁が無い私は、ただ傍観者として本書を読んでいた。すると、ここで東京支部からも連絡が入った。何やら作中に登場する女郎屋もついでに調査せよ、とのことである。やれやれ。私は荒神橋を後にして、そのまま四条通りへと足を運んだ。

因みにヌートリアと遭遇する事はなかった。

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