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歌詞書きの心がけ(交感神経、副交感神経優位)

久しぶりに歌詞を書いて、そういや自分のために書く字なんて久々じゃねと思ってそれに付随していろんなことを思ったので書きます。ヘッダ画像をお借りしています。

つってもぼくはここの場所に既に1200以上の字といいますか個建てのエントリを書いてるんですが(毎日3年ぐらい書いてると勝手にそうなる)、これは自分の脳から記憶を外部メモリ化する作業なんで果たして自分のため……自分のためか。

「造り」のほうをやっていなかったといえばいいのか。いやそれでもフィクションを書くことは一応造りであり一次創作と言えるのではなかろうか。ともあれ、それ以前にやっていた造りこそが歌を造る行為であり、ちょっとそこから離れていたけど最近また造るようになった。

歌作りを無尽蔵にしてた頃はメロディも無尽蔵に出てくるからそっちはどうでもいいんだけど、この通り↓「色恋を歌詞に絶対書きたくない」病を発病しているので難儀した。


色恋を書かない人々を参考にしようとするとぱくりみたいな歌が生まれてしまうのでも難儀した。それこそが「文体を得る過程」なのだろうか。

今回そこまで辟易せずに書けたんだけど、何故だろうと考えた。

例えばこの ↑ 題名にしたような単語をすっと出てこさせるのが最初異様に難しかったんだけど、なんか次のタイミングで異様にさっさとできてしまった。

これは意図的に恋愛とかありきたりな単語を避けることで自分で見てくそくらえと思うような単語を能動的に先んじて排除できている、ということなのだろうか?

昨日 → 色 → 理想、とか
なまくら → 浅草 → 価格差、
精液 → 性癖 → 西壁 → 面積 → 明晰
ふしだらな → 2月系な → 膝つけば
さまざまな → いかさまの
刻まれた教室の窓から → 月が横でつながってるんで
不器用 → 小器用 → 無機養
星がきれいすぎるってことは → 星が時を握りつぶしている

とかです。全く意味わからないと思うけど、最初昨日という単語を使ったら即次の行で出てきてしかも同じ小節の同じ位置だったんでこりゃえらいことやと。

しかも上記はそのいわゆる色恋とか王道を外して外して一回書いてそれでもなんかちげえと思いながら時間を置き、さらに2~3年越しに辿り着いた単語であり、当時の余裕の無さが伺える。

でもそうじゃなくて、なんか「自分をやけに全肯定してやれるゾーン」に入ってしまっているだけなのかもしれない。それだとちょっと残念なことになります。起きて見返したらあれ……?みたいなそれです。

あと歌詞とは実際に唄わないとわかrないところもつらい。この子音いいたくねえな、ということがあまりにも多い。

自分が使うべき単語みたいなものがようやく理解できて来たのかもしれない。辞書を見て背伸びして難しく小賢しく見える単語ばかり使う時期からようやく脱却できたのか……

何を使えば身の丈、分相応なのかが見えてきたのかもしれない。

あとこれ交感神経状態だと書けないのだろうか。上記の太字にしたゾーンは副交感神経優位じゃないと巡ってこない気がする。

よく寝る前に書いたラブレターはやばいというが、あれは副交感神経優位で書いてる(眠い=副交感神経)から、まともな判断をするための交感神経が死んでて出力してしまうからそうもなるだろ、というものである。恋愛交渉……といいますか性交渉のための交渉ごととなるとさすがに副交感神経優位で書くわけには行かないと思う。

その点、自己が発する行為については交感神経は邪魔だということなのではないだろうか。正常な判定をしなければならないからストッパーがかかるといいいますか……でも思い返すと確かにさあやるぞと向かっても全然思い浮かばなかった気がする。次回がもしあればそのあたりに言及したい。

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