海月

君の涙さえ、一つの詩であるということ。

海月

君の涙さえ、一つの詩であるということ。

最近の記事

秘密のおまけ

おんなの子用おもちゃの中身が安全剃刀だったら、私はそれで桃の皮を剥きたい。きれいにつるんと剥けたらぐちゃぐちゃになるまで潰して、おとこの子用おもちゃの箱に入ってた細長い水風船みたいな袋にそれを入れて、口のところをきつく縛って、冷凍庫で硬くするの。 次の日まで待てなくて夜、目が覚めてふらふらしながら冷凍庫へ向かう。床と足のうらの話し声がやけに大きくて、ママとおじさんが起きてこないか心配だった。 そおっと、進む。ほんとうにそおっと。 私にも聞こえないようにそおっと。 そのせいか

    • 滑らないで、色

      つめたい道だった。うすい紫色の道。ひとがひとり通れるだけの――ひととひとがすれ違うことはとてもできそうにないくらい頼りない――道があった。私はスケート靴を履いていた。つー、つー、とおぼつかない足どりでその上を滑っていた。いくら進んでも、進んでも、目の前はいつまでもうすい紫色だった。心細くてたまらなかった。泣いてしまいたかった。でも、私以外に誰もいない。私は、泣きたいから泣くというよりも、泣いたときに誰かがやさしくしてくれること、私にとっての泣く意味はそれだけだった。だから、ひ

      • 五月のしずくちゃん

        遠のいていく声が、毛布をミルフィーユしたみたいでした、体温の通らない、ひんやりとした生地の言葉、傷だらけの麺棒じゃこれ以上は延ばせないし、つるつるの脳みそじゃ刃物がうまく刺さらないし、もうこれからは知らないひとのお皿を洗う違和感のなかにだけ眠るしつこい油汚れみたいな強迫観念とひっそり暮らしていくしかないかもしれない、私やさしくないからあなたのために死んであげるよ?抜けた髪の毛でミサンガとか編んじゃうけど?タイミングがいつも分からない、額縁の角でいのち救われたせいで絵に成れなか

        • 自由落下

          やさしい声で泣いてしまいました やさしい言葉で泣けなくなりました 海はあまりに浅すぎるから いのちが届かないくらい深い水槽で どうせいつか終わる夢を乱反射させていたい 濁った水を飲むしかなくても なるべく美味しそうに喉を鳴らしたい 透明な水がたくさん余ったら 水槽に入れてきみを泳がせたい これ以上きれいになりたくない 傷が目立たないようにもっと卑しく汚らしく なるべく甘いものを食べる 喉が焼けるように きみの名前を呼べなくなるように もしほんとうに崩れそうになったら そのとき

        秘密のおまけ

          塩水

          はやく効いてほしくてでも苦いのは嫌だから、柔らかくしたキャラメルに睡眠薬埋め込んでチュイーングちゅうちゅう脳みそ厨。ハロー、ナビ。私ここで眠ってもいい?夢みてもいい?このままでも、いい?プラスチック製の螺旋階段が錆びたり凍ったりしても本当に待っていてくれる?舞ってもくれる?排水溝の視線が痛いの、ずっと居たくてウォークインで凍死しちゃった。今すぐ迎えに来て。廃棄の菓子パンで脳みそ潰して、ねえ潰して。鍵穴勝手にきみの心の傷口にしちゃったよ、みんなぐちゅぐちゅ挿したり抜いたりしてる

          緑の湖

          せめて指先くらい震えていたら、きみの5分は私のものになったかもしれないのに。十月のひまわりみたいに泣き崩れちゃって、黒茶色の○が二つ濡れちゃって、逢うたびに「好きじゃない」が芽吹いてく。本の帯を捲ればそこにはまだ褪せる前の色がいて、カバーを外せば初対面の少女が眠っていて、悔しくなって指で寝顔を弾いた。硬かった。起きなかった。嫌われるのこわい。鼻息で昇る煙が歪んでなぜかきみの顔まで歪んで見えたとき、そのときようやく雨を赦せた気がした。緑のワンピースに緑の長靴で、これでもかってく

          緑の湖

          夢で逢えたら

          誰に向けた言葉なんでしょうか。 誰にも向けたくないからわざと分かりにくい言葉を使って読みづらい文章にして、手当たり次第に吐き散らかしてマーキングしています。 どこを探しても見つかりません。 引き続き捜索をお願い致します。捜索も創作の一つですから、気が遠くなることもあるかと思いますが、どうか一生をかけて螺旋状の空白に空を切っていてください。いつかその風が可視化されたらその時は私で抜いてください。あなたの大切ないのちを、私で根こそぎ抜き取ってください。あなたの空白を奪ってもいい

          夢で逢えたら

          ブルーシートの内側は赤

          きみと話しているとやたら横文字を使って話したくなる。感傷的はセンチメンタル、精神病質者はサイコパス、きみはイノセント。わけがわからないという顔をする時、きみの頭上にはほんとうにクエスチョンマークが浮かぶ (僕はその曲線で昼寝がしたいと思う) 。夕方、目が覚めて、天井の木目がきみの顔にみえる時、この視界だけが正常にはたらいていると確信する。受信メールにきみの名前が浮かばない夜は、ぼくが、ぼくの今の感情を、液晶画面に打ちつけて、きみじゃない誰かに向けて送信ボタンをタップ。真夜中、

          ブルーシートの内側は赤

          密葬

          ひんやりと湿った永遠のなか 電線で首を吊った鳥を思い出す 茜と藍の境界をもがき彷徨った親子 規則正しいひかりをいつも探していた そんなひかりが存在しないことを知りながら それでも健気に探しているふりをした たった一つの居場所から消去されないように 不溶性の世界に融けようと必死だった メトロノームの音で目が覚める 無菌室より白く プールの底より蒼く 肉が焼かれる釜より紅く 樹海を這いずる細胞より貴い 冷凍保存されたつめたく硬い羽根 " はやくここから出してほしい 融けないうち

          こわいゆめはもうみないよ

          ここまで来てしまったね、厭な目をみんな潰して わすれたいものを手放したら心だけになってしまった いつかその心も手放すかもしれない ゆくえ不明のピルケースは浴槽に浮かんだまま めくれば赤いこと、知らないで絵を描きたかった はむかったら焼かれる感情、灰になって肺に入る もすぐりーんの水槽で泳げるのはぼくときみだけ うまれる前の色、死んだ皮膚の色、透明な赤色 みたくないものに耳を塞ぐと産声が骨に響いて なまえも知らない女の人に包まれるたびに融ける水 いそがせないでリアル、終わったふ

          こわいゆめはもうみないよ

          調律

          膜を張る春、幕を閉じる。捲し立てられ破れた鼓膜を張り替えることが出来たら、こんな空想はきっとしなかった。銃口を咥えながら下着を外す女。胎児は子宮で呻き、膣を出たらすぐにでも咆哮がしたいはずなのに、なぜこの女は自分の快楽にこんなにも奔放でいられるのか。たかが一滴のDNAで私の何が分かるのか。鼻を啜りながらヒールで駆けていく少女は幼そうで、とても大人には見えなかったけれど、あの一滴の秘密を知ってしまったからには、子どもと言うには大人すぎてしまった。いいのよ、いつかはみんな大人にな

          中途覚醒

          透明が飛んだ そしたら透明は弾けて 小さな透明が飛んだ 透明の後を追った 透明はゆっくりと減速をしながら 僕はゆっくりと加速をしながら お互いの透明を目で追った 近づいて触れそうになって 触れそうになって遠のいた 症状の名前だけでもせめて 飲んでいる薬だけでもどうか テグスの糸で結ばれたまま 離れていく二人は離れていく程に きつく互いを締め上げていく それでも僕たちは無罪だっていうから 来世ではしっかり 肉体ごと引き裂かれよう

          中途覚醒

          鎮静

          薄い雲の層が君を裁断していく 祭壇の上で両手を合わせる 蒼白の祈り あのとき全身麻酔が抜けなければ 今も僕は病気に守られていたのか 遮光カーテンの向こう側 歪む子どもの声 微熱の角度で傾く背骨をなぞる刃先 安全な剃刀 残酷に加減をする カラフルな額縁の内側は揃って緑 森の中を彷徨う幻肢痛の行方 不明な点がありましたら 何なりとお申し付けください、と 耳に髪をかける女の仕草を理不尽に憎んだ 床に零した牛乳を拭くための皮膚 ミルフィーユ状の綿飴が僕の身体を引き裂いていく 糖度の高

          女は分娩台の上で脚を広げている 僕は子宮のなかでそれを眺めていた 女の澄ました顔が臍の緒に障る 羊水の嘔吐する音 首を絞められた時に出る 妹のか細い喘鳴 川の向こうに出たかった仲間は 川の手前で溺死した 袋詰めされたぬいぐるみの名前を叫ぶ男が 一つ二つと石を拾い上げ、積み、罪、詰み 埃の被ったベビーベッドの傍ら まぐわう双子はどこまでも独り 存在しない住所に、存在する人宛に遺書を送る 赤い口に白い長方形を挿れる 「またね」 赤い口の奥から聞こえる

          カルピスの涙

          もしもわたしが死んじゃったら、机の上にはお花じゃなくてきみの顔文字をマジックペンで描いてね。先生に渡せなかったラブレターはきみのロッカーに入れて置いたから、代わりに渡しておいてくれたら嬉しいな。そう、帰り道の路地裏の室外機の上でよく眠ってた真っ白い野良猫のこと憶えてる?あの猫はね、カルピスって名前なの。私がつけた名前。真白くてカルピスの前を通るとふわっとあまい香りが流れてきて、そのときわたしがカルピスを飲んでたのもあるんだけど、とにかくカルピスしかない!って思って、あの猫はカ

          カルピスの涙

          20220323の空っぽ

          ねえ、もうきれいなものしか見たくないね。 プールサイドから見学したあの透明な飛沫と、水色みたいな声と、空を焼く陽炎、しか知らないでいたかったよね。それだけで本当にもう充分だったよねきっと。 終わりたくないから始めたくないのは逃げというよりもむしろ、何かに向かっているような気がして、それは死とか永遠とかそんな抽象的なものではなくて、雨が降る5分前の匂いとか、「う」の抜けた「ありがと」みたいなものなんじゃないかな。 「懐かしい」と「壊れる」はかたち以外にも似ている部分がある。

          20220323の空っぽ