秘密のおまけ

おんなの子用おもちゃの中身が安全剃刀だったら、私はそれで桃の皮を剥きたい。きれいにつるんと剥けたらぐちゃぐちゃになるまで潰して、おとこの子用おもちゃの箱に入ってた細長い水風船みたいな袋にそれを入れて、口のところをきつく縛って、冷凍庫で硬くするの。

次の日まで待てなくて夜、目が覚めてふらふらしながら冷凍庫へ向かう。床と足のうらの話し声がやけに大きくて、ママとおじさんが起きてこないか心配だった。
そおっと、進む。ほんとうにそおっと。
私にも聞こえないようにそおっと。
そのせいか冷凍庫までの道のりがうんと遠く感じた。
なんとか冷凍庫の前に来て、さっきよりも慎重にドアを開ける。
きぃ、と小さくドアが鳴って、床に氷の赤ちゃんがぱらぱら落ちた。足に当たってちょっとつめたい。
細長い桃の水風船はかちかちになっていた。明日のどこかでこっそり食べようと思っていたけど、こんな近くにあったらいま食べずにはいられない。とは言っても、こんなのを作るのは初めてで、どう食べたらいいかわからない。
よく見ると、先っぽのところがちょこんと出ている。
引き出しからつまようじを一本取って、先っぽに刺した。穴ができた。
バナナの皮を剥くみたいにその水風船の膜をちょっとずつちょっとずつめくった。
桃の氷がつるんと現れるなり私はそれにかぶりついた。口の中が一気につめたくなった。すこし歯にしみた。
あまくてあまくて、でもすこしゴムの味がした。
千歳飴を舐めるときみたいに口を上に下に動かしてゆっくり溶かした。
わからないけど途中ですごく切ない気持ちになった("切ない"のほんとうの意味は知らないけどママがよくそんなふうだったからなんとなくわかった)。

ながい時間をかけてようやく全部を溶かし終えた。
ずっと口を開けていたからあごが痛んだ。
ふと、こんなおいしくてしあわせなことは、もう二度とできないような気がした。

舌の奥で最期の桃が眠ってる。
ごくんと飲み下して、ほんとうにあまい時間は終わってしまった。ママとおじさんにバレないように、この水風船みたいなのは明日、公園に行くついでに捨てよう。
カーテンの隙間から床に朝焼けが差す。さっき落ちた氷の赤ちゃんが溶けて、死んでる。かわいそうかわいそう。

でも私の失われたさっきの時間が一番、かわいそう。

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