20220323の空っぽ

ねえ、もうきれいなものしか見たくないね。
プールサイドから見学したあの透明な飛沫と、水色みたいな声と、空を焼く陽炎、しか知らないでいたかったよね。それだけで本当にもう充分だったよねきっと。

終わりたくないから始めたくないのは逃げというよりもむしろ、何かに向かっているような気がして、それは死とか永遠とかそんな抽象的なものではなくて、雨が降る5分前の匂いとか、「う」の抜けた「ありがと」みたいなものなんじゃないかな。

「懐かしい」と「壊れる」はかたち以外にも似ている部分がある。

「あなたよりもっと大変な思いをしている人もいる」が本当に存在しているなら、なるべくはやく会いたいし、もし会えたらその人の声も聞かずに小指と小指を絡ませて、指がつりそうなくらい絡ませて、感じて、お別れの時も声を聞かないで、さようならがしたい。「う」の抜けた「さよなら」じゃなく、さようならがしたい。

最初から最後まで声を聞かなかったのは、輪郭を描きたくなかったから。その人と自分を一緒にして、ひとつになった気になって安心がしたかったから。寂しくなったらその人の声をわたしの声でアフレコする。そうすればわたしは、わたしよりも不幸な人(その人)として存在できるような気がするから。

蒼いひかりの筋が、死んじゃった人の瞼に差したとしても、死んじゃった人の力だけではどうしたって開けられないから、だから、生きちゃった人の指で開くしかないの。開いた眼の色がどんな色でもどんな透明度でもどんなかたちでも、どんなに空っぽでも、視界をちゃんと反射して、生きちゃった人に映し出すくらいには世界に輪郭がないから、いくらでも溶け込むことができるんだよって底のない海に連れていってくれる(連れていかれてしまう)。

空を踏み潰して、空が足の裏の色になったら、はじめて死のうね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?