小林聖

マンガばっかり読んでるフリーライター。Twitterは@frog88。

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最近の記事

祖国でなく、違国のまま慈しむということ——『違国日記』(ヤマシタトモコ)

※そんなに詳細には書いてないですが、ネタバレには配慮していないので最終話などにも触れています。 尊重というジレンマ先日ある取材の途中で、通りすがりの子どもと少し話すことがあった。子どもと別れたあと、同行していたカメラマンさんに「もうちょっと楽しそうにできないの?」と言われてしまった。 これにはなかなかがっくりきた。何しろ自分としてはずいぶん愛想よくにこやかに対応したつもりだったから。しかし、子どもに苦手意識があるのは事実だし、たぶん端から見たらずいぶん愛想がないんだろう。

    • 薬膳が癒やすものは何か? 『しあわせは食べて寝て待て』(水凪トリ)

      『しあわせは食べて寝て待て』。 実にいいタイトルだと思う。額に入れて飾っておきたいくらいだ。 『しあわせは食べて寝て待て』(水凪トリ)は、膠原病を患ってフルタイムで働くことが難しくなり、それまでのキャリアプランを捨てなくてはならなくなった38歳の女性・麦巻さんを主人公にしたマンガだ。収入減もあり、引っ越し先を探しているときにちょっと風変わりなおばあちゃん大家と出会い、薬膳の世界に触れることになる。 この薬膳というのが作品のひとつのキーワードになっており、毎回効能などと絡

      • ひたすらセックスをするエロマンガの異形さ—『田舎』(山本直樹)

        人によって人生に影響を及ぼした作品というのがいろいろとあると思うけれど、僕の場合はそのひとつに山本直樹作品がある。その山本直樹の新作が出た。『田舎』という。帯には「山本直樹の辿り着いた、結論にして新境地」と書かれている。 内容を端的に言えばエロマンガだ。ざっと300ページ、ほぼ全編にわたってある受験生が田舎で少女とセックスないしペッティング、あるいはそれに類する行為をしている。インモラルですかと聞かれたら間違いなくインモラルで、オフィシャルに問い合わせれば「18歳です」と言

        • 俺マンのジレンマと、たったひとつの約束

          年末も年末、残りも数時間となったタイミングで、俺マンについて書かなくてもいいかもしれないことを書いておこうと思う。かなり長い。それは、今考えていることをできるだけ正確に伝えようと思った結果だ。だが、それでもどの程度自分の温度感が伝わるか、わからない。だからこそ、毎年書かずにいたというのも事実だ。 あらかじめ書いておくが、別に今年何かがあったわけではないし、どれかについて名指しで何か思っているわけではない。ここ数年毎年、書くべきか書かないべきか、どう対応するか、あるいはどう対

        祖国でなく、違国のまま慈しむということ——『違国日記』(ヤマシタトモコ)

        • 薬膳が癒やすものは何か? 『しあわせは食べて寝て待て』(水凪トリ)

        • ひたすらセックスをするエロマンガの異形さ—『田舎』(山本直樹)

        • 俺マンのジレンマと、たったひとつの約束

          無尽蔵な無垢の愛と、愛すら無力な世界で——「ラブレター」(尾崎かおり)

          作家というのは面白いもので、ときおり何かを予見していたような物語を送り出すことがある。たとえば尾崎かおりの『金のひつじ』3巻に収録された短編、「ラブレター」はまさに今このときのために用意されていたのではないかという物語だった。 「ラブレター」はもともと2016年に発表された短編で、それが長編作品である『金のひつじ』の最終巻刊行に際して収録、4月に刊行された。50ページちょっとのこの作品は、ネグレクトで子どもを死なせた若い母親を描いた物語だ。そして、人生に疲れ切った、孤独な人

          無尽蔵な無垢の愛と、愛すら無力な世界で——「ラブレター」(尾崎かおり)

          「関係はあるけど興味はない私」は、正しさにくたびれている

          社会正義に嫌気がさしている。 こういう話をするのは職業上も都合が悪いのであんまりしたくないのだけれど、くたびれているものはくたびれているのだから仕方がない。 社会正義に基づいた個別の主張が間違っているとか正しいとかいう話ではない。むしろたいがいの社会正義に基づいた主張は「なるほど、実に立派だ」と思うし、表現にしろ何にしろ、自由や権利といったものは放っておくとどうしようもないものになってしまう。何人かの立派な人たちだけが抵抗してもダメで、より多くの人の意思と力が必要になる。

          「関係はあるけど興味はない私」は、正しさにくたびれている

          この春デビューする人に、『スキップとローファー』を贈ろう——『スキップとローファー』(高松美咲)

          1月の終わりというと、文字通りの意味でも、比喩的な意味でもサクラはまだ遠い季節だ。多くの受験生はまだこれから試験を残しているだろう。 そんな時期にするには少し早い話題だけれど、大学デビュー、高校デビューというのがある。環境やコミュニティが大きく変わってリセットされるタイミングで、それまでのキャラクターから新しい自分に再プロデュースしよう、というやつだ。 受験も終わらないこの時期にいうのも酷な話だけれど、先にいってしまえば、正直“○○デビュー”は多くの人が失敗する。あとにな

          この春デビューする人に、『スキップとローファー』を贈ろう——『スキップとローファー』(高松美咲)

          レーティング、ゾーニング、あるいは表現規制のものさし

          このところ、レーティング、あるいはそれにともなうゾーニングについて、改めて考えていたので、どちらかというと自分のなかでの整理整頓用にまとめておきます。レーティングが出発点なので、多少派生はするものの、軸足に青少年をめぐる話です。 いわゆる「不健全図書」がどうして不健全であり、レーティングされるのか。これについて「青少年の健全な育成に悪影響を及ぼす」「不健全」という言葉で説明がなされることが多いんですが、少し語弊があると思っています。 たとえば性表現が青少年からレーティング

          レーティング、ゾーニング、あるいは表現規制のものさし

          彼女たちの告発は、すべての“私”に向けられている

          セクハラの問題が提起されるとき、いつも自分自身がそれにどう相対すべきか、わからなくて困惑してしまう。「支持します」も「賞賛します」も「相手が許せない」も、どれも自分のなかではしっくりこない。 そうこうしているうちに、今回もまたスネの傷の突き合いがはじまり、悪者探しみたいな濁流が、いろんなものを呑み込んでTLを流れはじめていたりする。 そういう何もかもを見ながら感じるのは、怒りや義憤とかではなく、ただシンプルな悲しみだったりする。誰かが誰かを踏みにじり、その痛みを口に出せば

          彼女たちの告発は、すべての“私”に向けられている

          『けものフレンズ』の2期が見たいけど、見たくない

          世間から遅れること1週間、GyaOの配信で見ていた私もようやく『けものフレンズ』の最終回を見ることができた。テレビで見るなりニコニコ動画の配信を見るなりすればよかったわけだけど、何しろ私は定時に何かをするというのが嫌いな人間である。映画だって上映開始の時間どおりに行かなければいけないというのがイヤで見られないし、定時に教室に入るというのがダメで大学の構内にいるのにまったく授業に出ずに卒業できなかった。そういう人間にはアニメを見ることすらできないのだ。時間よ、止まれ。 それは

          『けものフレンズ』の2期が見たいけど、見たくない

          鴨居まさねは「女子」を描かない。だから、女の子を描ける……『にれこスケッチ』(鴨居まさね)

          4年半ぶりに帰ってきた鴨居まさねは、実に鴨居まさねらしかった。『にれこスケッチ』の話だ。 『にれこスケッチ』は、もうすぐ29歳になる三姉妹の末っ子・楡(通称・にれこ)が主人公の物語だ。子どもの頃から憧れ続けた「かっこいいキヨタくん」との関係、就職と将来のことなど、いわゆる「アラサーもの」の要素がしっかり詰まっている。 だが、面白いのはそれでいて『にれこスケッチ』が、「女子」も「アラサー」も描かないところだ。 何を言っているんだ、と思うかもしれない。そりゃそうだ。にれこは

          鴨居まさねは「女子」を描かない。だから、女の子を描ける……『にれこスケッチ』(鴨居まさね)

          『そこをなんとか』で見える、麻生みことの女神たち

          私のTwitterのTLにはものすごく信頼している人が何人かいる。「この人が面白いというなら、これはもう面白いだろう」と思っている人だ。その人たちの審美眼が世の中一般で見てずば抜けて優れているという意味合いではない。私が美しいと思うものとか、悲しいと思うこと、苦しさを感じるものが、すごく近いんだろうな、という人だ。 そんな人の1人が『そこをなんとか』の新刊について「すごくよかった」と書いていたので楽しみにしていた。で、案の定大変よかった。まあ、いつも面白いし、後半の赤星のタ

          『そこをなんとか』で見える、麻生みことの女神たち

          9月の読書メモ

          9月から柄にもなく読書メモを付け始めて、さっそくくじけそうになりつつも、一応1か月付けたということでメモから一部抜粋を。レビュー未満のメモ書きだけど、まあせっかくなので何かの参考になればということで。 ■『中学聖日記』1〜2巻(かわかみじゅんこ)ちょっと前からメモできずにいたけれど、9月に改めてメモったので。あらすじ的に書いてしまえば「男子中学生と信任女性教師の恋愛もの」になるのだけれども、恋心を制御、昇華できない少年といまだ「大人のフリ」をするようにしか大人としての自分を

          9月の読書メモ

          こち亀完結で改めて思う、ジャンプ瓶子体制の意思

          深く愛してきた人がたくさんいる作品なので、私のようにちゃんと網羅できていない人間があーだこーだというのは気後れするのだけれども、そういう人間ですらやっぱり「こち亀終了」という報に触れれば腰抜かしていろいろ書きたくなる。それくらい、やっぱり偉大な作品なのだ。 15時過ぎにニュースが出てから今こうしていろいろ書き始めている19時前までに、すでに「こち亀」でのリアルタイム検索に引っかかった数は10万6000件超。これだけ偉大な作品となると、マンガ産業や文化といった大きな枠組みでも

          こち亀完結で改めて思う、ジャンプ瓶子体制の意思

          オッサン初心者はどうしてオッサンを自称するのか

          腐ってもライターなんて仕事してるもんだから、何か書くとなると「実のあることを書かねば」と思い続けてきたわけなんだけれども(結果実のある文章になっていたかはともかく)、今年は何だかすっかり疲れてしまっていて、そういうことを考えるのはやめようという気分になっている。何かもう日記みたいな話を書いてやれ、この野郎、みたいな感じだ。 そういうわけで、どうでもいい話なんだけれども、ちょっと前に「30歳くらいになった人がやたらと『おじさん』を自称したがる」みたいな話をTwitterで見か

          オッサン初心者はどうしてオッサンを自称するのか

          積ん読なんてしないなんて(もう)いわないよ絶対

          Amazonが定額読み放題のAmazon Unlimitedを始める。いろいろあるけど、思ったのはあんまり関係ない話だった。だから、この際書いてしまおうと思う。 「紙の本は生もので、欲しいと思った瞬間買っておかないとなくなる」とか「あとで買おうとか、覚えてられない」とか、いろんなことをいってきたけど、もういいだろう。そろそろ認めてしまおう。 私はもはや物欲のために、マンガを買うためにマンガを買っている。 そう、積ん読の話だ。積ん読、つまり買ったけれども読まずに積み上げて

          積ん読なんてしないなんて(もう)いわないよ絶対