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応援の力を信じざるを得ない
2024年2月19日(月)朝の6:00になりました。
長距離選手に対する、いちばんの褒め言葉がなにかわかるか。
どうも、高倉大希です。
先日、フルマラソンに出場しました。
練習量に見合った、苦しい戦いとなりました。
フルマラソンを経験したことがある方なら、よくわかるはずです。
20kmくらいまでは、思っているよりも余裕です。
問題は、そこから先です。
どこまで練習してきたのかが、走りに顕著に表れるのです。
反復練習をせずに、教育で何をすると言うのでしょう。それぞれの個性を評価しなければいけない。そういう声に応えて、個性を伸ばそうとしていた。親も先生も、反復練習をすっ飛ばして、個性を伸ばすことに躍起になった。たしかに、反復練習に個性はないように見えます。でも反復練習をしなきと、個性なんて出ません。
もっと練習しておけばよかった。
そう思ったところで、いちどスタートを切ったからには前に進むしかありません。
ゴールまで身体を運ぶために、必要なものはふたつです。
ひとつは気合い、もうひとつは応援です。
気合いさえあれば、42.195km はわりと何とかなるものです。
そんな気合いをブーストさせてくれるのが、沿道からの応援です。
ぼくは子どもの頃、鉄棒で逆上がりができなかったんだよ。クラスでできないのはぼくだけだった。でもあれも、勇気なんだよね。ひっくり返る勇気がないからできないわけでさ。絵も同じ。問題は全部、勇気に関わることだと思う。
応援の力だなんて、ややスピリチュアルめいたものはあまり好みではありません。
それでもマラソンを走っていると、この力を信じざるを得ないのです。
走りながら、いくつかのパターンを試してみました。
イヤホンを耳につけて、応援をシャットアウトするパターン。
イヤホンを外して、応援を耳にしながら走るパターン。
そして、そんな応援に「ありがとう」と返しながら走るパターン。
たくさん走らないと見えてこないことがあります。走らないと壁にもぶつからないし、弱点もわかりません。したがって壁を乗り越えることも、弱点を克服する事もできません。
おもしろいことに、最後のパターンだけ明らかに足が動くのです。
これは一体なぜなのだろうと、疑問を抱きながら走っていました。
見ず知らずの人たちであるはずなのに。
特別な思いが込められているわけでもないはずなのに。
どうしても、応援の力という綺麗な言葉で片付けたくはないと思ってしまいます。
なんど走っても、マラソンからは新たな発見があるものです。
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— 高倉大希|インク (@firesign_ink) January 1, 2023
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