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私は死神を見たことがある。

なんて言ったら大概の人は「それってオカルト?」と首をかしげるに違いない。

 実際、人気歌手のYOASOBIの『夜に駆ける』の原作になった、『タトナスの誘惑』でも死神は関わっているし、コロナ禍で多くの人が生きづらさを抱えているから前ほどは驚かれなくなったかもしれない。

 私は17歳のときに本物の死神を見た。

 私には解離性障害があり、主治医にその話をしたら「そういうスピリチュアルな世界を医学は決して否定はしない」と真顔で言った。解離性障害は簡単に言えば、従来の多重人格のことである。どうしても、多重人格というとオカルトなイメージを持つ方もいらっしゃるかもしれないが、実は多重人格まではいかなくても『解離』と呼ばれる状態には誰にでもなる可能性があるのだ。

解離とは自分が大きな痛みを抱えきれなくなったときに、自分の心を飛ばす行為だ。

もし、この文章を読んでいる方で今まで自分自身が関わった中に哀しい出来事が全くない、という人はほぼいないだろう。何かしらの喪失感の遭遇したとき、視界がうつろになり、体中の血管が縮こまるようなあの感覚。その痛みが大きく損なわれるまで失われた状態が『解離』だと私は解釈している。

 17歳の私は文字通り、地獄だった。通っていた中高一貫校でも成績は全然悪くなかったのに転校させられ、その転校した先の学校でも思うように教えてもらえず、17歳の誕生日は病棟で迎えた。色んな学校や学科を行きわたり過ぎたせいで、自分自身のアイデンティティももみ消され、病棟の患者さんからも「ここでもあなたほどつらい人生を送っている人はいない」と逆に同情される日々を送った。


 たぶん、同じように今の10代が私のような目に遭ったら確実に死を選ぶ。

 実際、主治医からも同じようなことを指摘された。

 必死に病棟で半日ほど籠って高校の勉強をしても学校からは無視されるし、どんどん同世代から置いてけぼりをされる。青春からも程遠く、かろうじて漫画や小説を読むときだけが至福の時間だった。


 死神を見たのは忘れもしない17歳の冬だった。

 一時外泊した私は家にいた。本来ならば、高校二年生だったはずの冬、私は解離性障害のため、毎日が夢の中にいるようだった。

 夜に眠っても昼間見たような光景を夢の中で体験する。悪夢を見たときはリアルに自分が刺される夢を見続ける。もう一人の自分や空想上の住人が私を高笑いし、罵倒する夢も見た。朝、起きても夢を見ているようだった。いわゆる、明晰夢を見ていたのだろう。

 冬の曇り空、私は不意に死ななければいけない、と思い立って自転車である場所に出向いた。

 

そこは踏切だった。


  自転車で漕ぎながら私は脳裏にあるものを見た。というより、視界が徐々に川沿いに変貌していくのだ。目の前には灰色の川があった。多くの小石が並び、川岸には黒い人影が見えた。その黒い影の主は大きな鎌を持ち、おいで、おいで、と私に手を振っていた。

 その川岸は漕ぐにつれ、どんどん近づいてくる。風を真冬なのにあまり感じない。

私はその死神を吸い寄せられるように自転車を漕ぎ続けた。死神を見ながら私はあることを思い出した。

 中学の時、国語の先生が話してくれた走馬灯の話だった。先生は人が生死をさまようとき、走馬灯を見始めたら死が確実に近いのだ、と言っていた。走馬灯が回り始め、その光景が消え、川が見え、その岸辺の向こうの誰かに捕まったら最後だ、と。

 こんなときにそんな先生の話を思い出していた。それでも、踏切には近づく。

ああ、死んでもいいかな、と本気で思っていたので私はあるものを察知するまでペダルを漕ぐのを辞めなかった。

 それは踏切の前にある神社だった。赤い鳥居を見て子供の頃に神楽を見たり、神社の境内で遊んだりした日々を思い出した。その瞬間、私の脳裏には声が聞こえた。

「行くな!」

 それは女性の声だった。それこそ、後ろ髪を引かれるように自転車は止まった。その瞬間、電車が通り、私の視界からその死神はいなくなっていた。


その女性の声が誰だったのかは分からない。分からないけれどもあのときの女性の声で死なずに済んだ、と思っている。


 世の中にはこんな体験を否定的にとらえる人もいるかもしれない。ただ主治医の言葉の通り、医学さえも分からない臨死体験が存在するのもまた確かではないか。亡き立花隆さんもその難題に挑み、著書の『臨死体験』にも詳しく書かれている。もちろん、悪質な霊感商法などには気を付けたほうがいいが、私がいわゆるスピリチュアルな世界を全否定しないのはこのときの体験があったからだ、と思う。


 もちろん、かつての私のように毎日夢の中にいるようだ、という体験をしている方はすぐにでも受診することを勧める。


 私の体験で希死念慮が少しでも緩めてもらえば、幸いだ。

#2000字のホラー

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