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【1分フィクション】

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1分以内で読み切り可能なフィクション作品集。 2022年1月より週1本追加しています。(2024.4時点) 追記:2024年度は不定期更新
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2023年3月の記事一覧

夢を忘れた青年は

夢を忘れた青年は

夢を失った青年は

電車に揺られ

頭を無駄な情報で埋め尽くし

迫りゆく無刺激でモノクロなあの場所を

思い出させないようにした。

足取りは重く、心は拠り所を失う。

立ち止まることを許さない人の波は
青年をその場所へ無理やり運んでいった。

それでも
その場所で青年を待っている人間たちは
鮮やかに空気の色を作っていた。

青年の心はその色を纏い
モノクロ世界から一気に離れる。

隣の同僚とは

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新しい街で息をする

新しい街で息をする

新しい町、新しい景色。

人も建物も空気も違うはずなのに。

どこか故郷に似た雰囲気があるのは
気のせいか。

一歩一歩、歩みを進めていく。

その先には何があるのだろう。

不安ざわめく胸中。

苦しくなって顔を覆っていたマスクを取ると
街の匂いがした。

夕飯を作っている匂い。
学校の校庭の匂い。
草木の匂い。
焼肉屋さんの匂い。

人が営む生活の匂いは
僕の街によく似ていた。

不安がふわっ

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天国へのエレベーター

天国へのエレベーター

私は人が死ぬことの意味が理解できない。

祖母が亡くなった。

悲しみも寂しさも感じなくて、
涙さえも流れない。

彼女と私には十数年会わない時期が存在する。

そして、ここ数年は
一年に一度だけ数分挨拶をしていたくらいだった。

それが作用していたのだろうか。

これが初めて棺の中の彼女を見た時の
第一印象だ。

化粧をしていると後で聞いて
だからか、と納得する。

大人たちが忙しそうだから私も

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ひとりぼっちの卒業生

ひとりぼっちの卒業生

桜が舞い、別れの季節

みんなが悲しいと涙する

けれど式で一人だけ泣けない僕

悲しみにはそれぞれ理由があって

僕にはそれがなかっただけ。

真っ白なキャンバスが白いまま

描かれる思い出もなく

終わりの時を迎えた。

だからそこに祝いも門出もない。

希望も明るい明日も見えない。

そこにあったのは、

現実と人間と欲とエゴが乱れる

騒がしい重奏

それを眺めるだけの僕。

傍観者に成り

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