ナカムラ テツ

作詩と表現、太宰治、森鷗外、樋口一葉が好きです。

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記事一覧

(詩) 芙蓉を指さす母

母の眼差しの先には 芙蓉が咲いていた 指をさして 「芙蓉だよ  木槿とは違うよ」 ひとこと言った いったいいつのことだったろうか そして その話はすっかり忘れてしまっ…

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新美南吉「最後の胡弓弾き」

本書を読むキッカケとなりましたのは、福田尚弘さんの新美南吉の作品に関するnote記事です。 新美南吉という作家は、わたしには馴染みがなく初めて聞く名だったのです。 福…

(詩) 見えない道

道は見えない けれども 道は敷かれている 誰かによって けれども その誰かは分からない 見えない道に誘われ 見えない道に導かれ 大海原の波間に 見え隠れしながら…

24

井伏鱒二「黒い雨」

本書は、ずっと読みたい読まなければと思っていました。 昭和41年に刊行されていますが、長い期間が経過してしまいました。 大江健三郎「ヒロシマ・ノートす」を読んだのが…

24

(詩) 記憶に浮かぶ水蓮

真夏の盆地の底 まったく風がない 古の都に喘ぎ 求めるようにうろつく 古刹の片隅 ひっそりと咲く 炎天下の水蓮 水面に浮かぶ真っ白な花 ぎらつく陽を浴びて 身じろぎも…

32

新川和江「欠落」

詩人の新川和江さんが、8月10日に95歳でお亡くなりになりました。 新聞の記事を目にしてそのことを知りました。 重大なニュースはいつも携帯からの通知なので、正直驚きま…

29

(詩) 遠い日の風に

遠い日の風に 今日、吹かれている 忘れられない 遠い日の風に 抗えずに 背を押され 風のままに 無言で歩む そして今、見える 浮遊している わたしの背が 遠い日…

31

中勘助「銀の匙」

本書は会社の先輩の言葉で知りました。 文学に造詣の深い先輩が、「中勘助の銀の匙が好きだ」と漏らしたのです。 わたしは、咄嗟に言葉が出ませんでした。 たぶん、そのと…

29

(詩) 遠花火

夜空の果てに 明滅する小さな光 記憶の底に綻ぶ 遠花火 しじまの闇のなか 全身を耳にして 聞こえるはずもない 音を待っている

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夏目漱石「草枕」

漱石の「草枕」を読了しました。 再読でしたが、残念ながら感興を得ませんでした。 主人公の画家の芸術論が主体となって、登場人物には重きを置いていないからかもしれませ…

33

(詩) 流れない夏の雲

真夏の炎天下 ひとり佇む原っぱ 真上には積乱雲の一片 まったく動かない 二年前の衝撃 友の死の報 ひと言も語ることなく 逝ってしまった 何故なのか いまだその問…

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鴨長明「方丈記」

前回の読書感想文は、社会になじめない少年ハンスの生涯を描いたヘッセ「車輪の下」を投稿しました。 今回は、中年から社会になじめずに「ひとり」で生きることを決意した…

33

(詩) 水溜り

雨はいつしか上がっていた 日差しを受けて いくつかの水溜り 一つ目を覗き込むと 幼い顔が浮かんでいる 二つ目を覗き込むと 若い顔が浮かんでいる 三つ目を覗き込む…

39

ヘッセ「車輪の下」

ヘルマン・ヘッセが東洋への関心を持ち続けていたことを知り、興味を惹かれました。 そんな訳で、ドイツ文学としても有名な「車輪の下」をまず読んでみようと思い立ちまし…

33

(詩) 無常秘める日々

いつものように起床する いつものように洗顔する いつものように朝食をとる いつものように昼食をとる いつものように夕食をとる いつものように入浴する いつものよ…

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シュトルム「広間にて」

シュトルムについては、わたしが愛読している「マルテと彼女の時計」の感想文をnoteに投稿したことがあります。 今回は、岩波文庫「みずうみ」に収められている「広間にて…

32
(詩) 芙蓉を指さす母

(詩) 芙蓉を指さす母

母の眼差しの先には
芙蓉が咲いていた
指をさして
「芙蓉だよ
 木槿とは違うよ」
ひとこと言った

いったいいつのことだったろうか
そして
その話はすっかり忘れてしまっていた

思い出したのは
近所に木槿の花が咲いていたとき
60歳も過ぎたころだろうか
母はすでに亡くなっていた

母が教えてくれたときの情景も
摺硝子の向こうに霞んでいる
ただ「芙蓉」と「木槿」の違いを教えたかった
母の気持ちだけが

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新美南吉「最後の胡弓弾き」

新美南吉「最後の胡弓弾き」

本書を読むキッカケとなりましたのは、福田尚弘さんの新美南吉の作品に関するnote記事です。
新美南吉という作家は、わたしには馴染みがなく初めて聞く名だったのです。
福田尚弘さんの解説記事から、興味を覚えて幾つかの作品を読んでみました。
そのなかでも少年を主人公にした作品に、他の小説家や童話作家とは異なる独自性があることに感銘を受けました。

新美南吉の少年を主人公とした小説では、久助君と仲間を登場

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(詩) 見えない道

(詩) 見えない道

道は見えない

けれども

道は敷かれている

誰かによって

けれども

その誰かは分からない

見えない道に誘われ

見えない道に導かれ

大海原の波間に

見え隠れしながら

帆に風を受けて舵を取る

一艘の小舟

見えない道をまっすぐに

井伏鱒二「黒い雨」

井伏鱒二「黒い雨」

本書は、ずっと読みたい読まなければと思っていました。
昭和41年に刊行されていますが、長い期間が経過してしまいました。
大江健三郎「ヒロシマ・ノートす」を読んだのがキッカケで、本書をようやく繙くこととなりました。

本書は、原子爆弾が広島に投下された前後の日々を綴っています。
当初の表題は「姪の結婚」でしたが、雑誌連載の途中から「黒い雨」に変えています。
主人公の閑間重松が原爆投下から4年以上経過

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(詩) 記憶に浮かぶ水蓮

(詩) 記憶に浮かぶ水蓮

真夏の盆地の底
まったく風がない
古の都に喘ぎ
求めるようにうろつく

古刹の片隅
ひっそりと咲く
炎天下の水蓮
水面に浮かぶ真っ白な花

ぎらつく陽を浴びて
身じろぎもせずに
一輪の水蓮に魅せられた
50年前の点景

若すぎたその時の感性を
今、手繰りよせてみたい
糸は縺れてしまっているが・・・

新川和江「欠落」

新川和江「欠落」

詩人の新川和江さんが、8月10日に95歳でお亡くなりになりました。
新聞の記事を目にしてそのことを知りました。
重大なニュースはいつも携帯からの通知なので、正直驚きました。
その後もテレビなどでの報道について、わたしは目にしませんでした。
偉大な詩人の死に際して、そのことに若干の違和感を覚えました。
わたしが新川さんを知ったのは3年くらい前のことで、経緯については以下のnote記事に記しています。

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(詩) 遠い日の風に

(詩) 遠い日の風に

遠い日の風に

今日、吹かれている

忘れられない

遠い日の風に

抗えずに

背を押され

風のままに

無言で歩む

そして今、見える

浮遊している

わたしの背が

遠い日の風に

明日、吹かれている

中勘助「銀の匙」

中勘助「銀の匙」

本書は会社の先輩の言葉で知りました。
文学に造詣の深い先輩が、「中勘助の銀の匙が好きだ」と漏らしたのです。
わたしは、咄嗟に言葉が出ませんでした。
たぶん、そのとき中勘助という作家は名前を聞いたことがあるくらいで、ほとんど知りませんでした。
そのことがずっと記憶に残り、なんどか本書を手に取って開いたことはあるのですが読むまでに至りませんでした。
今回、読んでみることにしたのは、夏目漱石が激賞したこ

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(詩) 遠花火

(詩) 遠花火

夜空の果てに

明滅する小さな光

記憶の底に綻ぶ

遠花火

しじまの闇のなか

全身を耳にして

聞こえるはずもない

音を待っている

夏目漱石「草枕」

夏目漱石「草枕」

漱石の「草枕」を読了しました。
再読でしたが、残念ながら感興を得ませんでした。
主人公の画家の芸術論が主体となって、登場人物には重きを置いていないからかもしれません。
もちろんこの画家自体が、漱石の考えを表白しているわけですから、読む人によっては面白いのかもしれません。
ただ、わたしが漱石を好きなところは、登場人物のリアルな描き方にあるので本書はあまり興味を惹かれないことになってしまいました。

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(詩) 流れない夏の雲

(詩) 流れない夏の雲

真夏の炎天下

ひとり佇む原っぱ

真上には積乱雲の一片

まったく動かない

二年前の衝撃

友の死の報

ひと言も語ることなく

逝ってしまった

何故なのか

いまだその問いへの

答はない

わたしは語りかける

けれど谺のように

わたし自身へ

反響するだけ

何もなし得なかった

虚ろな悔恨の波

ひたひたと胸に迫る

三度目の夏の日

紺青の空に浮かぶ

真っ白な綿雲ひとつ

いつ

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鴨長明「方丈記」

鴨長明「方丈記」

前回の読書感想文は、社会になじめない少年ハンスの生涯を描いたヘッセ「車輪の下」を投稿しました。
今回は、中年から社会になじめずに「ひとり」で生きることを決意した鴨長明の「方丈記」を取り上げてみました。

過去に読んだこともありますが、冒頭の有名な文章「行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず」と平安末期から鎌倉時代の災害の情景描写くらいが記憶に残っているだけでした。
今回、再読してみて後半の

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(詩) 水溜り

(詩) 水溜り

雨はいつしか上がっていた

日差しを受けて

いくつかの水溜り

一つ目を覗き込むと

幼い顔が浮かんでいる

二つ目を覗き込むと

若い顔が浮かんでいる

三つ目を覗き込むと

中年の顔が浮かんでいる

霧がかかった脳裏に

しかしながら

紛れもなく刻印された

その時々の情景を

片時も離れず

年老いた人は

雨が降るたびに

水溜りに浮かぶ

過ぎし日々の己の顔を

今一瞬に凝結して

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ヘッセ「車輪の下」

ヘッセ「車輪の下」

ヘルマン・ヘッセが東洋への関心を持ち続けていたことを知り、興味を惹かれました。
そんな訳で、ドイツ文学としても有名な「車輪の下」をまず読んでみようと思い立ちました。

正直に話しますと、この小説の読了は途中で諦めたこともあります。
しかし、読むことを再開し何んとか読み終えることができました。

本書の内容は有名ですが、一言でいえば少年期から青年期にかけての主人公ハンスの精神的な軌跡を描いた小説です

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(詩) 無常秘める日々

(詩) 無常秘める日々

いつものように起床する

いつものように洗顔する

いつものように朝食をとる

いつものように昼食をとる

いつものように夕食をとる

いつものように入浴する

いつものように就寝する

いつものように

決まりきったことを

決まった時に

永遠には続かない営み

垣間見える無常

だからこそ

手のひらの日々を

惜しむように

けっして曇らない

青空を見上げる

シュトルム「広間にて」

シュトルム「広間にて」

シュトルムについては、わたしが愛読している「マルテと彼女の時計」の感想文をnoteに投稿したことがあります。
今回は、岩波文庫「みずうみ」に収められている「広間にて」を取り上げることとしました。
テオドール・シュトルムは、あまり馴染みがない人が多いかもしれませんが、1800年代ドイツの詩人で小説家です。

本書も抒情性に富んだシュトルムらしい作品と思われます。
「マルテと彼女の時計」と同様に20分

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