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選ぶ力はどこからくるのか。


こんにちは。

今日は、ここ1年ほど主催している、ゆる対話イベント《答えを出さずに意見をそだてるトピックトーク》について書きます。

私はフリーランスのバリスタ / 調理師 / コーチをしているのですが、固定の拠点を持たず、自分が赴くスタイルでの活動をいろんな角度から模索しています。

そんな中で、コーチとしての活動の一環としてやっているのが、対話的なコミュニケーションの機会を提供するトピックトークです。

時間とトピックを決めて、その日集まった方々と対話をしていく場です。

バックグラウンドを明かさない自己紹介と、答えをださないこと。ひとまずこの2点をまもって進めています。

月に1回の開催を目指し、1年ほど取り組んできて考えたことや雑感を、記録も兼ねて残しておきたいと思います。

興味があるところだけでも読んでいただけたらうれしいです。


記事内の写真はすべて渋谷で撮影したものを使用しました



「自分の意見ってどうつくるの?」

突然ですが、今、こんな本を読んでいます。

取り上げる理由は後述することにして、いったん本の紹介文を引用しますね。

「会議でコメントを求められると、あわててパニックになってしまう」 

「社会問題について意見を求められてもテレビやネットの受け売りになってしまう」 

「就活のグループディスカッションで考えが何も思い浮かばない」 

…このように、自分の意見が思いつかない(どう考えたらいいのかわからない)という状況はよくあります。

私たちは学校や日常生活で「自分の意見」を述べる機会を持たないまま、社会に出ます。そのため、コメントを求められると何をどう考えればいいのか、迷ってしまうのでしょう。

みなさんは、この引用部分のどこに一番ピンときましたか?

自分の経験とつなげて「」の部分に共感したでしょうか?

それとももう少し俯瞰して、《意見を述べる機会がないこと》に教育や社会のシステムの欠陥として疑問を覚えるでしょうか?

私自身は後者に近いです。

そして、その疑問に対してのひとつの答えとして今、場をつくる活動をしています。


自分に意見がない=考えがない=何にもない、みたいな短絡的な烙印の押し方を、今は極端だったなと微笑ましくすら感じるのですが、笑

私は初めて長期で海外で過ごした際に、明確に自分の意見のなさを突きつけられた経験があります。

詳しくはこちらのnoteで書いていますが、たぶんこの経験から、意見をそだてるという課題が自分ごとになったのだと思います。

その際、「これは意見を求められる機会がないせいであって、教育や社会(だけ)の問題である」という捉え方をしていたら、おそらく、今も意見を持つことはできずにいたでしょう。

そういう意味では、当時の自分が「とにかく現時点で自分のなかには意見が育ってない」という事実に焦点を当てたことだけは褒めたいなと思います。

「言い訳するな」と言われるよりも、「言い訳をしたいなら、してもいいけど、その間なにも進んでないよ」って言われるほうがドキッとするように、精神論でなく、事実をありのままに認識できるほうが具体的な行動に結ばれることはありますよね。

このときの自分もたぶん、嘆いていても始まらないし何かを始めよう、と決意したのだと思いますが、その瞬間から意思決定の機会、意見を述べる機会は数として格段に増えていきました。これは自分からそれらを求め始めたからに他ならないと思っています。

自分の意見を話すとき、なぜそう思うのかを考えていくと、その根拠となる経験のなかにも、何度も辿り着くものが出てきます。他とは少しちがって目につくもの。それは何か理屈では許せないものだったり、長く捉われている疑問だったりして、自分自身ではそのときに説明がつかないことも多いけれど、時間が経って発酵熟成され見えてくるものがある。

そのような経過ののち、結果として導き出されるのがその人の価値観的なもの、あるいはセンス的なものなんだと私は考えています。


それはたとえば写真を撮るのに似ていて、どこにピントを合わせるのか、という課題の根元には何か感じたものがあったから、ということしか言えないときも多いですよね。

いいと感じるものに理由はない、みたいなことも言われますし、そういうパターンもあるとは思いながらも、実際は理由があって、あるけど言語化できてない(故にないと言い切ってしまう)こともあると思うんです。

その理由や今あるわからなさを、わかるところから手探りしていくような作業が、対話的なコミュニケーションなのかなと今は考えています。




ポジティブでもなく、ネガティブでもなく


話は変わりますが、私はあまりにも前向きな、あるいは悲観的な論調や、ひとつの概念や思想に傾倒しすぎる姿勢が苦手です。

スピリチュアルな話はよく理解できないし、そうなんだという程度で受け止めて、そうなんですね。って言いながら頭では「さて現実的に何すればいいんだっけ」と考えているタイプです。ちょっとやなやつなんですよ。笑

ここで、冒頭にご紹介した本「自分の意見ってどうつくるの?」のコピーに戻ります。

哲学講師が教える超ロジカル思考術

何がなんでもというわけではないけど、

やっぱり論理的に説明してもらえるほうが理解の度合いが高くなったり、自分に置き換えたとき再現性がアップしたりと、QOLに直結しやすいと考えているので、雰囲気じゃなくてロジカルに教えてほしい、というのが本音です。

もともとの優位感覚として聴覚、言語感覚が上位なんだと思いますが、言葉で説明される方が入ってくることがおおいです。

また、好みとして実際に起きていることをまずはそのまま見たい、言うなれば「リアルを知りたい」という感覚はずっとあって、モノやサービスでも過度な演出や、わかりやすさに振り切ったもの、作為的な何かが透けて見えるようなものが苦手。

すぐには理解できなくても、一度そのわからなさを体験したいというか、実際に触れてみてどう感じるかという興味は強めです。

対話の会についても、自分が既存の対話の場に参加するのでなく、自分で場をひらくことを選んでいるのは、すでに作られた場での研鑽よりも、もっと街場の感覚を知ることを求めていたからだと思うんですね。で、それが必要なのはやっぱり自分がロジカルに仮説を立てたいから。

先人に教えを請うこともできますが、そもそも答えが知りたいのではなく、考える過程に価値を置いているからまずは自分の感覚で知りたい単純に、この考える作業がいちばん楽しくて好き、という感じです。

効率は悪いのかもしれないけど、すべてに効率を持ち込んで生産に振り切った結果、得たものだけでなく、自分として生きるのが難しくなった部分もあることを知って、そう考えるようになったのかもしれません。


答えを出さない

効率を求めるほど、速く答えが必要になります。

「結論から話せ」はあくまでそこに焦点を絞った主張ではないでしょうか。相手への配慮という点では必要でも、それを目にする機会が多すぎると、そうでなくてはいけないような気にもなるし、いきすぎれば他の選択肢があることが見えなくなってしまう。そんなに息の詰まることはないし、普通の会話はもっと遅くてよくて、結論がない話にだって価値はあります。

本当は、必要なときに「そんなにさっさと結論なんか出せません」と言えたらいいのですが、今はとにかく時代が速かったり、またセンシティブすぎたりもして、難しいところもたくさんあると思います。

では、他者の主導で安易な答えを出さないためにはどうしたらいいのでしょうか。

みなさんはどう考えますか?

これは人の数だけ答えがある問題だと思いますが、私自身は「変えていい前提で答えを出す」をいちばんやっているかなと思います。

今はこう考えているけど、明日はわからないなと思っていて、違う立場、違う関係性におかれれば、同じ人でも意見は変わるし、それは自然なことだと感じているんですね。

では、そのようにして答えが変わっていくとき、

「コロコロ意見が変わる人」と受け取られるか、
「柔軟な対応ができる人」という印象になるか、その差は何なんでしょう。

私は、意見につなげて根拠が言えること、もっと言うと、それが相手にちゃんと伝わることの差だと考えています。

ここでいう根拠は具体的な数字やデータに基づいたものでなくてもよくて、自分の選択の判断軸を説明できることです。

そもそも個人の思想や好みに正しさは持ち込めないので、どのような経緯でそう考えたかという流れが、相手にとって私たちを判断する材料になるのは必然で、それは、そこに見え隠れする人間性に相手が反応するからではないでしょうか。

その化学反応の結果、信用されたり評価されることもあれば、嫉妬されたり嫌われたりもする。ここは組み合わせ次第ですよね。


終わりも決めない


私は個人でイベントをする際、扱うものは違っても「こういう考えでやっています」というのをある程度伝えるか、そこを知りたいと感じてくれた人のために別に用意しておくようにしています。noteの記事は主にそのストックとなります。

これまでやってきた食のイベントでは写真で人が来る部分もあるけど、そういう理由だけでは弱いと考えていて、なぜやるのかを言えなければ、興味を持ってもらったり、ましてリピートをしてもらうのは難しく、ただ消費されるという結果になりかねません。自分の時間をつかってやるのだからそれでは嫌だし、ぜんぜん納得できないんですね。

トピックトークに関しては、絵的なアドバンテージがない分、特にその伝える部分が重要だなと思ってはいたのですが、自分のなかで腹落ちしていないことが多かったり、

量は質を生むではないですが、表に出せるだけの何かを抽出するには経験値やサンプルが少なすぎてなかなか伝えることができませんでした。

本当は今回書いているようなことをサッと一本記事にして、イベントページに貼り付けるみたいなスマートな対応を始めた当初からできたらよかったけど、参加してくれたみなさんの感想をまとめた動画をつくるのがこれまでは精一杯でした。

暫定的な答えを出すまでに、ここまでかかったという見方もできるし、一方で、終わりが決まっていないという考え方に照らせば、これが答えでは全然ないという気持ちもあります。



自分や他者に対して、対話的な関わりができることをオプションとしてもっておけると何がいいのか、ずっと考えてきたんですが、今の答えとしては、より自分がわかるということに尽きるかなと思っています。

トピックトークに参加してくださるみなさん、そしてその人たちと接した自分自身を見ていてもそう感じるのですが、

たぶん、他者の考えを知りたいように見えて、それを得てから自分の考えがどう変わるか、あるいは変わらないのか、その自分の反応が知りたいんじゃないかなって。

で、じゃあなんで自分を知りたいのかっていうと、自分がわかればより自由になれるということをどこかで感じているからなのかなと思うんですね。


その先にあるもの


自分を知った先にあるもののひとつが、今より自由になるということだと思っていて、これは選ぶスキルと関連性が高いと考えています。

ここでスキルの話?という感じですが、笑

以前こういうことがありました。
「やりたいことがある人はいいですよね」

一本の記事が書けてしまうくらい、本当にいろんなことに気付かされた貴重なできごとだったんですが、何かというと、

やりたいことがある人
やりたいことがない人

は、キャラの違いだと考えている人がいるってことなんですね。

私自身は自分で選ぶために試行錯誤してきたつもりだったので、すごくびっくりしたんですが、

このとき、選びたいものを選ぶって意思の力だと思ってたけど、それ以上に技術の問題なのかなって思ったんです。なぜかというと、確かに自分は訓練してきたから。

センスって言ってしまえばそれでおしまい。
もしかしたらそれ以上何も考えない人もたくさんいるかもしれない、この選ぶ力のことを、技術と捉えて磨いていったら、たぶんその差はどんどん開くんだよなって腑に落ちたんですよね。だけど、おしまいにした人からはそれが見えないから「いいよね」って言ってくる。

で、やっぱり、選択肢が増えたときにこの力があったほうが、自由にはなれるんじゃないかなって思いました。

ここでいう自由っていうのは、いろいろ好きにできるという意味だけでなく、めんどくさいこととか、大変なことも含めていろんなものが、自分のこととして感じられる=自分として生きている実感が得られるみたいなことです。日々の充実度と言っても差し支えない感覚だと思っていますが、それを他者と比べる必要はなくても、自分にとってどう感じられるかはやはり大事です。

私自身、ここまで対話の会をやってきて、いいこともそうでないことも、自分の結果だなと素直に感じられています。

自分のことだからこそ、トライアンドエラーできるし、終わりも決めないから結果の良し悪しだけを見ないで、つぎに何をするか?という問いを立てていけるのかなと思うんです。

都度の結果に一喜一憂しないくらいには、続けていこうかなという気が今はあるし、必要性も感じています。


今日は、2022年の6月からはじめたゆる対話会「答えを出さずに意見をそだてるトピックトーク」について雑感を書きました。

最後までお読みいただきありがとうございます。

やってみてわかったことがたくさんあって、逆にわからなくなったこともあります。ここはまさに結論はなくて、途中というか真っ最中という感じ。

でも、やってみてよかったなって心から思っています。

トピックトークでは、初めての方でも参加しやすい場を目指していますが、その分、対話の経験や言語化のスピードもさまざまです。物足りない人もいると思うし、思ってたのと違ったという人もいたと思います。

でも、その上でなんですが、

成果の保証がないことを許容できるから得られるものもあると私は考えていて、段取りしすぎずその人なりの参加のしかたを本人に決めてもらいたいし、そのうえで楽しめる関わりかたをお互いに探りたいとおもっています。

いっしょに楽しんでもらえる方はぜひ一度遊びにいらしてくださいね。


お仕事と活動一覧はこちらから。https://lit.link/chieoikawa

よろしくお願いします。







































































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