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圧倒的孤独をどう埋めるか


今回は実際に地域包括支援センターでは
どのような支援を行っているか、
いわゆる「困難事例」と呼ばれるケースを紹介したいと思います。

この事例は個人情報保護の観点から
多くの部分を実際の事例から変更しています。
ですので、ほとんどがフィクションですが
私が実際に経験した事例をベースにしています。



#概要


今回の主人公は78歳、身寄りのないおばあちゃんAさんです。
Aさんは旦那の遺族年金と自分の国民年金でギリギリの生活をしています。
口癖は「早く死にたい」です。
昔からなじみの近くの商店から食べ物を配達してもらっています。
お風呂は自宅で週1回程度入っています。
3回結婚していて、一番最初の旦那と二番目の旦那との間に
1人ずつ子供がいます(男1人、女1人)。
ですが2回の離婚ともAさんの浮気が原因だったようで、
子供たちは愛想を尽かし、Aさんとは音信不通になっています。
市内にいるAさんの叔母から、ある日地域包括支援センターに相談が入ります。


#はじまり


叔母「私の姪にあたるAなんですけど、認知症みたいで」

僕「認知症ですか。どのような症状がありますか」

叔母「時々電話がくるんですけど。お金を貸してくれって言われて一度貸したんです。でも、借りたことも覚えていないんです」

叔母の年齢は80歳。Aさんの亡くなった父の、歳の離れた兄妹にあたる。

叔母「『あなた、こないだ貸したお金はどうしたの?』って聞いたら『借りてない』って言うの。私も高齢だし、自分の息子から『そんな人にお金を貸すな。関わるな』と止められてるから、これ以上何もしてやれないの」

僕「そうなんですね。ちなみに一度貸した時は、おいくら貸したんですか?」

叔母「その時は電気代が支払えないだかなんだかで困ってて、1万円ね。でも、いいの。それはもう返ってこないのもわかっています。これ以上関わることもできないから、姪のAの今後のことは、そちらで何か考えていただけないかと思っています」

Aさんの叔母からの依頼を受け、数日後に地域包括支援センターの職員である僕がAさん宅を訪問することとなりました。


#最初の訪問


Aさんの家は住宅街からは離れた丘の上の方にあり、Aさんの家のすぐ下に一軒、Aさんと同様に高齢女性がひとりで住む家があるのみで、少し寂しい場所にありました。

Aさん宅にはアポ無しで突撃です。電話をしても「別に困っていないから」と言われて断られる可能性が高いからです。こういうアポ無し突撃の場合は「○○歳以上の方のお宅を訪問して、生活のご様子を確認しています」などの口実が使えます。「○○歳」というところには、本人の年齢に近い年齢を入れるのがいいでしょう。

チャイムを鳴らす。ピンポーン。ドアが開く。Aさん、少し警戒した目で僕を見ている。Aさんは髪が少しボサボサではあるけれど、着ている服などからオシャレには昔から関心があった人かもしれないと、なんとなく感じました。

僕「こんにちは!地域包括支援センターから伺いました。75歳以上の方のお宅を訪問して、生活のご様子を確認しています。少しお時間いただけますか?」

Aさん「いいよ、入りなさい。散らかっているけどね」

平家の古い日本家屋。家にあがるとタバコの匂いがします。室内はわりときれいに片付いており、掃除もときどきしているような印象。洗濯物もかかっており、洗濯を自分でしていることがわかります。常に寝室で過ごしているようで、6畳ほどの寝室に案内されました。Aさんは自分のベッドに座ります。僕はベッドの前におかれた、背の低いテーブルの前に正座をして座り、話し始めました。

僕「お部屋の中、綺麗にされていますね」

Aさん「そんなことないよ。コロコロを時々かけて、ゴミを取ってるだけさ」

僕「Aさんは今、困り事はないですか?」

Aさん「困り事ってほどのものでもないけど、早く死にたいよ」

僕「どうして死にたいんですか?何かありました?」

Aさん「ずっとひとりぼっちでね。寂しくて…」

このようなやりとりをしながら話を聞いていくと、心を開いて他の困り事も次々と打ち明けてくれました。初回の訪問は1時間半近くに及び、帰るタイミングを逃してしまうほど本人の話は止まりませんでした。Aさん宅を後にして地域包括支援センターに戻り、僕は記録をまとめました。Aさんの話から、困っていることは大きく分けて次の四つだと思われました。

■さみしい
■忘れっぽくなった
■お金に困っている
■身寄りがいない

Aさんに対して介護保険サービスの利用を勧めたましたが、初回訪問時には首を縦に振りませんでした。お金がかかることだし、そもそも誰かのお世話になりたくないといいます。Aさんは介護保険の認定を受けておらず、また、高血圧などの持病があるらしいですが病院受診をもう何年もしていないとのこと。介護認定を受ける時には医師の意見書が必要なことから、認定を受けるために病院受診をしなければならず、介護保険サービス利用までの道のりはさらに遠くなります。

僕はAさんへの支援が長期的なものになるかもしれないことを覚悟し、今後もAさんと継続的な関わりを持っていくことに決めました。
(介護保険サービスを利用すればAさんの支援をケアマネに引き継ぐことができますが、サービス利用する見込みが薄いため、地域包括支援センターでの関わりが長期的になると考えられた、という意味です)


#電話地獄


地域包括支援センターでは、僕が勝手に「電話地獄」と呼んでいるような事態になることがあります。同じ人から何度も、困り事の相談の電話が時間に関係なく、絶えず包括に入ってくるような状態のことをそう呼んでいます。

僕の経験上、「電話地獄」が起きる要件があり、それはまさにAさんの現在の困り事と思われた4つの課題でした。

■さみしい
■忘れっぽくなった
■お金に困っている
■身寄りがいない

一人の人にこの4つの課題が同時に発生した時、「電話地獄」の発動条件が整うっぽいです(「稀によくある」くらいの確率で)

Aさんもこの4つの課題を抱えていましたから、「電話地獄」を引き起こしました。Aさんの電話の内容は多種多様でしたが、一番多かったのは「ただ話を聞いて欲しくて電話した」としか思えない大したことのない(ただ、本人にとっては重要な)内容の電話でした。そのほかにも「ボイラーが壊れた。どうすればいい」という電話が来て、「すぐに行きますから」と言ってAさん宅を訪問し、修理業者の電話番号をAさんに伝えてその場で電話してもらい、業者を呼んでもらったこともありました。

「電話地獄」の困る点として、電話に出るのがAさんの支援をしている僕だけならまだいいのかもしれませんが、僕が電話に出れないときは別の包括職員が電話に出ることです。Aさんは話し始めたら長く、何度も同じ話をしたり、話がコロコロ変わって要領を得ない話し方でした。そのような電話を受けた職員は「○○さん(僕)が関わっているケースのAさんからまた電話が来た」と不満を口にこそ出しませんが、1回平均30分以上かかる長い電話対応が終わると疲れ切っている様子が目に見えるるほど感じられ、僕としては「Aさんの対応で迷惑をかけている」というような感覚が強くなっていきます。終いには、「○○さん(僕)の支援方法が悪いから何度も電話が来るのではないか」と同僚から思われているような、そんな被害妄想に近いものまで僕は持ち始めてしまいました。

ただ、Aさんがこのように包括という職場全体を巻き込んで「要注意人物」となればなるほど、不思議と僕の使命感が燃えてきました。その使命感とは「Aさんの課題を解決したい」というもの。それは本人のためでもあるのですが、前述のとおり「Aさんの電話地獄により同僚から白い目で見られることを回避したい」ということだったり、「こういう難しい人の課題を解決できれば、専門職として自分は大きく成長できる」というようなエゴも含んでいたと思います。


#圧倒的孤独をどう埋めるか


ここまででもう3000文字を超えているのですが、Aさんに関する僕の思いや状況の説明などをこれ以上ダラダラ書き続けても読んでいる方は疲れてしまうと思いますので、Aさんの「課題の解決」というところに焦点を絞って話を進めていきます。

何度も何度も言いますが、Aさんの課題は次の4つ。

■さみしい
■忘れっぽくなった
■お金に困っている
■身寄りがいない

この4つの課題をなぜこれほどまでに強調するかというと、この4つの課題が揃った時に「電話地獄」を引き起こすのはすでに述べましたが、そこにはもっと根本的な問題があるからです。ここでは、この4つ課題が揃ったときに生じる根本的な課題を「圧倒的孤独」と呼ぶこととします。

なぜこの課題4つが揃ったら「圧倒的孤独」になるのか。

それは、物忘れや経済的不安、家族関係の断絶などが全て孤独につながっており、それらの要因が複雑に絡み合って「圧倒的孤独」を生み出すからです。

物忘れや経済的不安、家族関係の断絶などがない方でも、他の何かの理由で「さみしい」と感じている場合もあります。そのような時はまだアプローチの方法があるのです。物忘れがなければ「◯月◯日に集まりがあるので参加しませんか?」と誘って交流の場に来てもらったり、お金があれば「介護保険サービスを使いませんか?」と誘えたり、家族のつながりがあれば娘さんや息子さん、配偶者などに協力を求めることができます。このような場合は「困難事例」とまではならずに解決できる場合が多いのです。

ですが、「さみしい」という気持ちを抱えている人が、物忘れをし始め、経済的貧困状態にあり、身寄りが誰もいなくなった時に、「圧倒的孤独」の状態に陥り、支援が難しくなってしまいます。つまり、Aさんのケースのように「困難事例」と化してしまうのです。

「圧倒的孤独」は解消するのが難しいですが、アプローチの方法は一つしかありません。そういう意味では、とても難しい課題であるけれども、対応方法についてはシンプルだとも言えます。

そのアプローチの方法とは、「定期訪問」です。

僕はAさんの他にもBさんという「圧倒的孤独」を抱えた男性を支援したことがあります。AさんとBさんに共通して成功した支援方法こそが「定期訪問」だったのです。

包括はいろいろな仕事があり、新規の相談も常に入ってくるような忙しい職場ですが、可能な限りは一週間に一回の訪問がベターです。そして、できれば曜日と時間も固定した方がいいです。AさんとBさんのどちらも物忘れはかなり進行していたと思いますが、毎週同じ時間に訪問することで「毎週同じ時間に○○(僕)が来る」と記憶に定着させることができました。(時々忘れられることはありましたが)

「圧倒的孤独」を埋めるためには何度も訪問して、会話することが何よりの治療となります。Aさん宅を訪問すると、毎回1時間30分くらいは帰れませんでした。それはAさんがずっと話し続けるからで、僕が途中で「今日のところはこれくらいで」と切り出さなければ3時間でも4時間でも話し続ける雰囲気があったからです。要するに、Aさんにはそれだけ孤独感溜まっており、他者との交流を心から欲していたのです。

しかし、このように「定期訪問」を開始したとしても、すぐには効果は現れません。


#「定期訪問」の効果


最初の変化は3ヶ月くらいで出てきました。まずは「電話地獄」がなくなりました。「毎週決まった時間に話をしにきてくれる」という安心感や、定期的に悩み事を打ち明けるという習慣がついたので、わざわざ電話をかけて相談しなくても良くなったからだと思います。

半年を過ぎるくらいになると、こちらの言うことを素直に聞いてくれるようになってきました。「この人は信用できる人だ」「この人の言うことなら聞いてみようかな」というような信頼関係が生まれてきたのでしょう。その頃にはAさんの金銭状況も大体把握できていましたし、税金など支払いの滞納があった分なども整理できていました。ですので、今まで何度も「お金がかかるから」「誰かの世話になりたくない」と断られてきたAさんを、デイサービスに誘ってみました。すると驚くくらい簡単に「行ってみるかな」と言ったのです。

その後は、介護認定を受けるために病院に連れて行き、長谷川式の認知機能検査を受けてもらって「認知症」という診断もつきました。デイサービスに週1回通うことになったため、ケアマネもつきました。ケアマネと僕とで一緒にAさんをグループホームに入居申し込みをするように説得して、申し込みも済ませることができました。デイサービスは時々休むことはありますが、やめないで続けており、現在はグループホームの空き待ちの状況です。

このように「定期訪問」を続けるうちにAさんの「圧倒的孤独」が解消され信頼関係を築くことができたのが、支援が成功した一番の理由だと僕は思っています。

「定期訪問」は一週間に一回が難しければ、二週間に一回でもいいと思います。実際に僕もAさんの状態が安定し始めたころには、「Aさん、最近元気そうだし、二週間に一回の訪問にしますね」と話して了解してもらいました。ただ、やっぱり支援し始めの頃は一週間に一回程度の頻繁な訪問で、まずは自分を好意的に感じてもらい、記憶に残してもらう必要があります。そのためにはたった一つ、「相手の話を聞く」を徹底すること。Aさんのような「圧倒的孤独」を抱えている方に対しては、話を聞くこと自体が一種の「治療行為」になるのではないかと僕は考えています。



最後まで読んでくださりありがとうございました!


包括での仕事についてきちんと書いた記事はこれが始めてで、気合が入りすぎて合計で6000文字弱となりました。今回の記事は長くなりましたが、毎週日曜日に3000〜4000文字の記事をあげられるように書いていきたいと思います。今後ともよろしくお願いします!

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