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読書熊録

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素敵な本に出会って得た学び、喜びを文章にまとめています
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2022年1月の記事一覧

これはいまだに予言の書-ミニ読書感想「スノウ・クラッシュ」(ニール・スティーヴンスンさん)

これはいまだに予言の書-ミニ読書感想「スノウ・クラッシュ」(ニール・スティーヴンスンさん)

ハヤカワ文庫から新版として登場した「スノウ・クラッシュ」(ニール・スティーヴンスンさん)を読み終えた。物語のドライブ感に乗せられ、あれよあれよという間に上下巻を読みきってしまった。

本書が最初に発表されたのは1992年。キーコンテンツとして出てくる「メタヴァース」が30年後の現在に現実になったことを考えると、本書は「予言の書」だった。

いや、本書はいまだ、おそらくこれからも、予言の書だ。通読し

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逸脱と異議申し立ては違う–ミニ読書感想「反逆の神話」(ジョセフ・ヒースさん&アンドルー・ポターさん)

逸脱と異議申し立ては違う–ミニ読書感想「反逆の神話」(ジョセフ・ヒースさん&アンドルー・ポターさん)

「反逆の神話」(ハヤカワ文庫)は、社会の分断が叫ばれる現代に必読の書ではないかと感じた。ジョセフ・ヒースさんとアンドルー・ポターさんが一体的に著した思想書。反体制を訴えるカウンターカルチャーこそが、その体制を支えているのだという矛盾を暴く。

カウンターカルチャーが体制を支えるとは奇妙な論に聞こえるが、本書の序盤ですぐに納得する。

分かりやすい例で言えば、ナイキやアップルを思い浮かべるといい。「

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システムの中で懸命に生きる私たちのための小説ーミニ読書感想「円」(劉慈欣さん)

システムの中で懸命に生きる私たちのための小説ーミニ読書感想「円」(劉慈欣さん)

「三体」シリーズで度肝を抜いた作家・劉慈欣さんの短編小説集「円」(早川書房)を読み終えた。どれも珠玉。「三体」でもそうだったように、劉さんの小説は大きなシステムと、その中で小さな生をまっとうしようとする人間を克明に描く。この物語は、いろいろ大変なこの人生を一生懸命に生きる私たちのためにある。

たとえば、紛争国の少女。たとえば、炭鉱の過酷労働で父を失った研究者。たとえば、極貧の村で教壇に立つ先生。

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読書熊の基本事項

読書熊の基本事項

このnoteの基本的な事項を説明します。(2024年1月更新)

何を書いているのか?日々の読書の中から、素敵だと思った本の素敵な点を書いていく読書感想ブログになります。「読書感想」としているのは、「書評」と言えるほど厳密な分析や批評的な視点が足りていないと自覚するためです。

なぜ書いているのか?一読者として、本が好きだという気持ち、本は面白いという思いを、ささやかながら波及していければと思って

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問題は「川上り」できるーミニ読書感想「上流思考」(ダン・ヒースさん)

問題は「川上り」できるーミニ読書感想「上流思考」(ダン・ヒースさん)

ダン・ヒースさん「上流思考」が面白かった。問題解決に有効な、新鮮なフレームワークが学べる。ダイヤモンド社、櫻井祐子さん訳。ダンさんは「ダン・ハース」や「ハース兄弟」とも邦訳されることもあるそうだ。

本書のポイントは、不祥事やトラブル、事件などの具体的事象は、問題の「下流」と捉えることができるという発想だ。たとえば若者が麻薬に手を出すことを問題と捉えると、その前段階には学校や家庭での不和があるかも

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記憶で語る「スノウ・クラッシュ」(再読が楽しみ)

記憶で語る「スノウ・クラッシュ」(再読が楽しみ)

ニール・スティーブンスンさん「スノウ・クラッシュ」が、ハヤカワ文庫から新版で登場するそうだ。1月下旬刊行予定。非常に楽しみで、再読したい。

もう10年かそれ以上前になるか、子ども時代に旧約版を読んだ。それもハヤカワ文庫だった。黄色の表紙をよく覚えている。サムライのような、ミュージシャンのようなドレッド頭の男のイラストに「カッコいい」と雷を打たれた。

たしか冒頭で、この男がピザか何かをデリバリー

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札幌の雪が目に浮かぶ小説ーミニ読書感想「雪の断章」(佐々木丸美さん)

札幌の雪が目に浮かぶ小説ーミニ読書感想「雪の断章」(佐々木丸美さん)

佐々木丸美さんの小説「雪の断章」(創元推理文庫)に胸を打たれた。たまたま書店でプッシュされていて出会ったこの本は、最新作でも話題再燃の作品でもない。発表は1970年代だという。しかし古びるどころか輝きを放ち続けている。舞台となっている札幌の雪のきらめきが、はっきり目に浮かぶような名作だ。

ダイヤモンドのように、さまざまな要素がキリッと鋭い。主人公である孤児の少女が、たまたま公園で出会った青年に手

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業ごと愛するーミニ読書感想「あちらにいる鬼」(井上荒野さん)

業ごと愛するーミニ読書感想「あちらにいる鬼」(井上荒野さん)

井上荒野さん「あちらにいる鬼」(朝日文庫)が、読み終えた後も胸に残って離れない。瀬戸内寂聴さんがモデルの、恋愛小説ならぬ「愛人小説」。それを、愛人であった男性小説家の娘である井上荒野さんが書くというから驚きだ。さらにびっくりすることに、本作は決して不倫を断罪したり、突き放すものではない。真正面から「業」とも言える人間の愛を捉えていく。

語り手が面白い。一方は、男性小説家と愛人関係にある女流作家。

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