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これはいまだに予言の書-ミニ読書感想「スノウ・クラッシュ」(ニール・スティーヴンスンさん)

ハヤカワ文庫から新版として登場した「スノウ・クラッシュ」(ニール・スティーヴンスンさん)を読み終えた。物語のドライブ感に乗せられ、あれよあれよという間に上下巻を読みきってしまった。


本書が最初に発表されたのは1992年。キーコンテンツとして出てくる「メタヴァース」が30年後の現在に現実になったことを考えると、本書は「予言の書」だった。

いや、本書はいまだ、おそらくこれからも、予言の書だ。通読してこんな確信が心に芽生えた。

たとえば、「フランチャイズ国家」。本書で描かれる近未来の米国は、マフィアやギャングが支配する細分化された都市国家が各地域を席巻している。それぞれの都市国家は物理的な外敵排除が徹底されていて、犯罪行為の摘発も法律よりその国家のギャングらが行なっている。

これは米国経済がグローバル化の結果、比較優位を失うなどして荒廃したことや、連邦政府の存在感が劇的に低下したことが大きい。つまり現在の米国経済がさらに悪化し、リバタリアニズムが極度に進行した未来だ。

あるいはメタヴァースの在り方についても示唆的だったと思う。フランチャイズ国家が世界を分断する中で、メタヴァースは唯一のグローバルなAR空間かと思いきや、そもそもそこにアクセスできるのは「一握り」の裕福な人間と、主人公のようなハッカーだけだという。

さらに、メタヴァース内でオリジナルアバターを持てるのはさらにほんの一部で、たいていは金太郎飴のようなモデルアバターが使用される。また、主人公らが社交の場とするバーに普通の人間は入れない。

「スノウ・クラッシュ」が描く世界は二重の意味で分断が進んだ世界であり、それはユートピアよりもディストピアに見える。でも人々は思いの外、不幸そうではなくて、ディストピアの中でもユートピアを見つけられるのかもしれないと感じた。喜ばしいかは別として。

本書のもう一つのテーマはウイルスだ。表題の「スノウ・クラッシュ」は、メタヴァース世界で感染するとアバターがバグを起こし、さらに現実世界の肉体も機能不全に陥る恐ろしいウイルスのことである。

電子的にも肉体的にも作用するウイルス。そんなものは存在しないと思いつつ、実際は、既にあるのかもしれないなと思わされる。

新型コロナウイルスが拡大して2年。私たちの生活は激変したわけだけど、いつの間にか精神も変容していることに気付く。たとえば、マスクをしていない他人を反社会的に感じたりする。この心の動きは明らかに、この2年で突如として芽生えたものだ。

デジタル化が進行すれば、電子的・精神的・言語的ウイルスはもっと身近になり、もっと多くの場面で肉体を蝕むかもしれない。この意味でも予言的でないか。

未知のウイルスが世界を覆った今だからこそ、言語ウイルス小説である「スノウ・クラッシュ」は読者に多くの示唆を与える。30年を経て本書は、再び「今読むべき本」になった。

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