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読書熊録

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素敵な本に出会って得た学び、喜びを文章にまとめています
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2020年6月の記事一覧

凶行を担ったのは善良な組織人だったー読書感想#29「普通の人びと」

凶行を担ったのは善良な組織人だったー読書感想#29「普通の人びと」

クリストファー・R・ブラウニング「普通の人びと」を読めて良かった。突き付けられた現実は重たいけれど、それでも読めて良かった。現実とは「ナチスドイツのホロコーストの担い手になった警察予備大隊は善良な組織人であった」ということ。彼らを突き動かしたのは反ユダヤの差別思想だけではない。「隣にいる仲間に苦労をかけたくない」というチームの意識が、衝撃的な凶行に及んだ動機だった。だとすれば、自分のような会社員に

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噛んで味わう本ー読書感想#28「サンセット・パーク」

噛んで味わう本ー読書感想#28「サンセット・パーク」

ポール・オースターさん「サンセット・パーク」をおすすめしたい。文章を口に含み、ゆっくり噛んで味わえるような物語でした。語り、展開が面白いのはさることながら、文章を読み進めること自体が大きな快感。落ち着いたジャズのように、底には常にじんわりとした悲しみがある。だけどオースターさんの物語への愛がそれを優しく包んで、結局は、読んでよかったと思える。

言葉の粒オースターさんの、あるいは訳者の柴田元幸さん

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ヒューマンエラーはデザインエラーだー読書感想#27「誰のためのデザイン?」

ヒューマンエラーはデザインエラーだー読書感想#27「誰のためのデザイン?」

D・A・ノーマンさん「誰のためのデザイン?」はデザインを生業にしてない読者にも非常に勉強になる一冊でした。ノーマンさんのデザイン哲学は「ヒューマンエラーなどない。それはデザインエラーだ」。問題に直面したとき、それを誰かの責任に帰すことなく、システムや社会に根本原因があると考える。そのために、人を動かす「アフォーダンス」と「シグニファイア」を峻別する。エラーを内包するシステムを構想する。愛のあるツー

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日が昇るまでの特別な時間ー読書感想#26「明け方の若者たち」

日が昇るまでの特別な時間ー読書感想#26「明け方の若者たち」

カツセマサヒコさん「明け方の若者たち」を読み終わりました。本を閉じて胸の中に残った感情を整理したいと、いまnoteを開いている。たぶんそうやって、気持ちを落ち着ける言葉を探してしまう、もやもやとした読後感が、この物語の魅力なんだと思う。曇っていつ泣き出すか分からない梅雨空や、カーテンを閉めた真っ暗な部屋が似合う本。でもタイトルにある通り、描いているのは「明け方」な気がしている。夜を明かし、来るべき

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梨の木に桃もリンゴも実らせるー読書感想#25「超限戦」

梨の木に桃もリンゴも実らせるー読書感想#25「超限戦」

1999年に完成した中国の軍事論考「超限戦」が面白かったです。今読んでも新しい。超限戦とは「戦争は非軍事的手段や非国家主体まで限界を超えて拡大し、より複雑になる」という発想。それは911やイスラム国の台頭を予見していた。それだけではなく、「日常の兵器化」や、「組み合わせの無限化」といった、さらなる未来の暗示も含まれる。ミリタリーに特段の関心のない方にも勉強になる一冊ではないかと思います。これからは

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分からないまま共に生きるー読書感想#24「未来をつくる言葉」

分からないまま共に生きるー読書感想#24「未来をつくる言葉」

ドミニク・チェンさん「未来をつくる言葉」は、「分からなさ」を祝福してくれる本でした。ダイバーシティにようやく目が向けられるようになったものの、一方での分断化と先鋭化が激しさを増す今の社会。そんな中でも、人間と人間が接続する可能性を諦めない本でした。私たちは互いに分かり合えなくてもよい。分かり合えないからこそ、言葉を用いてコミュニケーションしていけばいい。その先に、勝ち負けに押し込めない「ウェルビー

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自由とは狭い回廊ー読書感想#23「自由の命運」

自由とは狭い回廊ー読書感想#23「自由の命運」

「自由の命運」を読んで、歴史と現在と未来を見通す明快なスコープを得られた。自由とは何か?それは「国家の力と社会の力が均衡した狭い回廊」である。そして「狭い回廊」は国家と社会が互いの力を高め合う「赤の女王効果」を発揮し続けなければ留まれない。この考え方を吸収すると、今の世界や日本の「現在地」を考えられる。「国家はなぜ衰退するのか」がベストセラーになったダロン・アセアモグルさん、ジェイムズ・A・ロビン

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