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骨董はいじるもの、欲望は愛でるもの——アントワーヌ・ロラン『青いパステル画の男』【書評】

拝啓

冬至からひと月近くたちますが、日は低いままですね。ただわが家では、その低い日差しが庭のオリーブの樹影をクリーム色のロールスクリーンに映し出し、部屋の内側から見ることができるのです。樹影は刻一刻と移りゆきます。丸谷才一『樹影譚』とはちょっと違った、冬ならではの楽しみです。

あなたが教えてくれるままに、日本人作家の随筆も読む一方で、発売を待って入手したものの、なかなか手に取れなかったフランスの小説をようやく読み終えました。アントワーヌ・ロラン『青いパステル画の男』です。やっぱりフランス物が好きなのだと自分でも感じます。

骨董の蒐集が趣味である弁護士ショーモンは、行きつけのオークションハウスで、18世紀の作品でありながら自分にそっくりに描かれている肖像画が気になり、大枚をはたいて落札します。

ただし、妻や友人たちは、肖像画がショーモンに似ているとは思わないと口を揃えます。そもそも骨董趣味が疎ましいのです。しかしショーモンは懲りることなく、わきに描かれている紋章を手がかりに肖像画の出どころを探り、独りパリからブルゴーニュへと足を運びます。

そこでショーモンは、4年前に失踪したという、肖像画の人物の末裔に間違えられ、ついに帰郷したと当地の人々に歓迎されます。戸惑いながらも嘘をつき、その男に成りすましたショーモンは、男の美しい妻にも会い、恋に落ちます。

不在だった男にこのまま成りすまし、過去の自分を捨てて生きていこうとショーモンは決心しますが、蒐集してきた骨董はあきらめきれません。そこで、成りすました新しい自分と、愛する骨董の両方を手に入れるべく計画を立て、実行していくのです。

フランス革命やパリの歴史についての影がストーリーに滲んでいるという分析は巻末の訳者あとがきにまかせます。帯の紹介文に「大人のためのおとぎ話」とあるように、現実にはちょっとありえないけれども、ショーモンのように欲望を満たせたらどんなによいかと考えてしまう物語です。骨董という、実生活にはまったく必要がなく、ときにばかばかしいと言われてしまうような趣味が、人生には必要なのでしょう。

二つ持ち、三つ目を探し求める時、コレクションは始まる>とか<本物は、持っていた人の記憶を抱えている>といった言葉は、実際に骨董品店に勤めていた筆者の実感や、かつてチェコスロバキアのクラシックカメラを蒐集していた私自身の経験とも重なります。はまるんだな、これが。

ただ、骨董趣味というものは、経験者からすると苦痛に感じることもあります。30代から40代にかけて骨董にはまった日本の批評家・小林秀雄によれば「きつねく様なもの」であり、経済的にも精神的にも、家庭生活が滅茶々々めちゃめちゃになってしまうそうです。

妻から愛想を尽かされたショーモンが、大企業をクライアントに持つ弁護士の職も放り投げ、自分と間違えられた男は、地元の名士で金持ちであり、美しい妻もいるとなれば、嘘をつきとおしてでも、その男に成り切ってしまおうという姿に、安部公房の『他人の顔』の主人公である「ぼく」を思い浮かべました。

他人に成りすまして誰かを愛そうとしても、結局は自分しか愛せない。物欲も愛欲も人を惑わせます。狂わせます。でも、欲望を抱くのは、悪いことなのでしょうか。欲望をあらわにするか、隠すのか。そこで善悪は分かれるかもしれません。またもや哲学や倫理学の話になってしまいました。

著者アントワーヌ・ローランは前著『赤いモレスキンの女』がとても気に入りました。書名が『○○の女』という小説が、どうも気になってしまうのです。読書であっても「女」という謎を追い求めたいという欲望を私が持っていることは、どうぞ内緒にしておいてください。

『ミッテランの帽子』は積読中

そしてよろしければ、あなたがおすすめの『○○の女』という小説を、どうぞ教えてください。

あなたの手紙を待っています。

既視の海

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