美しくも悲しい日々を想う 11

卒業まで残り1ヶ月くらいになった。

僕は、ずっと前から彼女に手紙を書こうと思っていた。
それは、彼女にお礼を伝えたかったからだった。

前にも語ったけど、僕は高校入学してから全然クラスに馴染めなかった。
本当に辞めたく辞めたくてしかたなかった。
冗談でも何でもなく、その時は死にたいと本気で思っていた。

そんな、僕を救ってくれたのは間違いなく彼女だった。
彼女が僕に話しかけてくれたことで、僕は学校で会話ができた。
彼女との会話することが、当時の僕にとって唯一の生きがいだった。
彼女がいたから、僕は今、生きられている。
僕は、彼女に感謝してもしきれない思いがあった。

彼女への感謝を、手紙に書いて渡したかった。
手紙にしたのは、中学時代の彼女との文通が、僕にとってかけがえのない思い出だったのも大きかった。

時間をかけて、この手紙を書こうと思っていた。
だけど、そこでブレーキをかけたのが、数ヶ月前からの彼女との関係悪化だった。
彼女に完全に嫌われてるようだった。

「書いても、渡せないかもしれない」
「渡しても、受け取ってくれないかもしれない」
「受け取っても、読んでくれないかもしれない」

手紙を書こうとするたびに、そんな思いが脳裏をよぎり、筆が止まった。
そんなことを、思い悩んでいるうちに、卒業式前日になった。


卒業式のリハーサルがあって、久しぶりに彼女に会った。
でも、彼女が僕に話しかけてくれることはなかった。
彼女との関係は修復することなく、リハーサルを終えて家路についた。

そして、僕は昼寝という名の夕方寝をした。
目を覚ますと、深夜0時を回っていた。
卒業式、当日になっていた。

ここでようやく、僕は
「仮に読まれなくても、渡せなくても、手紙を書こう」
と決心した。

僕はようやく、手紙を書き始めた。
時間がないので、内容を考えながら書いてまとめなければならない。

でも、手紙の最初と最後の締めだけは決まっていた。
最初は「Dear KISA」、最後は「From KOMA」で締める。
これは、中学時代、彼女と文通をしていたときと同じ書式だった。

しかし、この手紙を書く上で自分自身に枷をはめた。
「彼女への想いに関しては一切書かない」
という枷だった。

この手紙はあくまで「友達」として、彼女に渡すための感謝の手紙。
だから、かつての彼女への想いに関しては封印しよう。
そんな考えを基にした、自分への枷だった。

でも、彼女に出会えて嬉しいことと、別れが寂しいことは、どうしても伝えたかった。
そこで僕は、そんな想いが伝わる曲の歌詞を引用して、手紙に書こうと思った。
曲の歌詞にしたかったのは、彼女と一緒に音楽を聴いたことが、僕の思い出であったこと。そして、彼女に「歌詞」を聴くことを教えてもらった、ささやかな恩返しの意味もあった。

頭に思い浮かんだ歌詞は、BUMP OF CHICKENの「スノースマイル」だった。

君と出会えて 本当に良かった
同じ季節が巡る
僕の右ポケットに しまってた思い出は
やっぱりしまって歩くよ
君の居ない道を

BUMP OF CHICKENの「スノースマイル」

我ながら、時間がない中で、よくこの曲を選べたと褒めてあげたい。
今、考えても、彼女と出会えたことへの感謝と、別れの寂しさが伝わる素晴らしい歌詞だと思う。

何度も書き直しながら、ようやく書き終えたのは、朝7時過ぎだった。
書き終えた手紙を、内ポケットにしまい、学校に行った。


教室についても、ここ数ヶ月同様に、彼女が僕に話しかけてくれることはなかった。
「この手紙は渡せないかもしれない」
そんな思いを抱えたまま、卒業式本番になった。

卒業式では、彼女と僕は隣同士だった。
式が始まって、しばらくした時、彼女はそれまで何事もなかったように、僕に話しかけてくれた。
それに答える形で、彼女と数ヶ月ぶりに会話をした。

彼女と会話をしていく中で、僕は自分の心の変化に気づいた。
数ヶ月間、気分が沈んでいたのが、嘘だったかのように、僕の気分は高揚していた。
ずっと気分が沈んでいた原因が、この瞬間、はっきりとわかった。


彼女と会話していない



数ヶ月間、僕の気分が優れなかった原因はこれだった。
僕は、彼女と会話したかったのだ。それと同時に、僕は自分の本当の気持ちにも気づいた。


僕は彼女が好き


彼女は、確かに中学2年の中頃から変わっていったのかもしれない。
それは、僕にとって嬉しいことではなかったのかもしれない。
でも、そんなことは大したことじゃなかった。
彼女が、僕に元気という「力」を、与えてくれる存在なのは変わらない。



彼女と会えることが、僕にとっての幸せ。
彼女と会話できることが、僕にとっての幸せ。
彼女が隣にいてくれることが、僕にとっての幸せ。



当たり前にあった幸せを、無くしてようやく気付いた。
3年以上、彼女への想いに嵌めていた、枷が外れた。
彼女との思い出が、走馬灯のように蘇る。
彼女への想いで、胸がいっぱいになる。


同時に、自分の気持ちに、嘘をつき続けたことへの、後悔が襲ってきた。


僕は何をしていたんだろう。
僕は何を見てきたんだろう。
こんなに、彼女のことが好きなのに。
なんで、彼女のことが好きな気持ちを、受け入れられなかったのだろう。
明日から、彼女のいない日常が来る。



式の最中、彼女は泣いていた。
きっと、高校を卒業することへの悲しみの涙だったと思う。
その彼女の姿を見ながら、僕は必死で涙を堪えていた。
僕の涙は、高校を卒業することへの悲しみではなかった。
彼女と、もう会えなくなることへの悲しみだった。



卒業式後、教室でホームルームがあった。
みんな、泣いていた。
僕は、我慢していた。

ホームルームが終わり、僕は最初で最後の勇気を振り絞った。
彼女のもとへ駆け寄り
「手紙書いてきたから、よかったら読んでください」
と言って、手紙を渡した。

彼女は
「ありがとう」
と言って、手紙を受け取ってくれた。

そのまま、僕は教室を出て、校舎を出て家路についた。
自分の部屋に入るなり、CDラジカセを再生してベッドに横になった。


僕は泣いた。


大好きだと気づいた彼女と、明日からもう会うことはない。

ラジカセに入っていたのは、少し前に買った「Every Best Single 2」という、ELT2枚目のベストアルバムだった。
「キオク」という曲が流れた時、僕の心に突き刺さった。

君のその優しさに気付きもしないで
何を見てたのだろう

君を好きだと思う気持ちに理由など
何も要らなかった

伝えたいコトがあった
それはおかしい程 簡単で
失ってやっと気付く
それはかけがえのないもの
振り向けばいつもそこに
君が居てくれるような気がした
薄紅ノ雪が舞って
今日も変わらぬ風が吹く
キヲクの中 探していた

Every Little Thing「キオク 」


たまたま買った、ただのレンタル落ちCDだと思っていた。
でもこの曲を聴いた瞬間、たまたまでなく、この曲を僕に聴かせるために、あのCDを買わされた気がした。




卒業式の日、僕はようやく君への想いに気づいたんだよ。
僕は、君のことが大好きだったんだ。
君は、僕にとって、力をくれる存在だったんだ。
そんな当たり前の事実に、僕はあの日まで気付けなかったんだよ。

君は、僕があの日渡した手紙を読んでくれたのかな。
あの手紙に書いたことに嘘はなかったけど、君を好きな気持ちが抜けてたことは、今でも後悔してる。
あれから20年経って、本当の気持ちを今ここに書いているよ。
あの時、君に言えなかったこと、伝えられなかったことをここに残しておくよ。




僕は泣きつづけた。
この卒業の日から2ヶ月間、僕は人生で一番泣いた。

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