美しくも悲しい日々を想う 10

高校3年生になった。

とある選択授業があった。
僕も、彼女もその授業を選択していた。

その授業は、移動教室なので、いつもと席順が異なった。
教室で席順を確認した時、僕はすごく嬉しくなった。

僕は、窓際から3列目の1番前の席。
彼女は、窓際から3列の目の2番目の席。
彼女と僕が一番最初に出会った席と、同じだった。

席に座った時、僕は中学1年頃の思い出がフラッシュバックしていた。
嬉しくなった僕は、ついつい後ろに座る彼女に
「この席懐かしいよね」
と言ってしまった。

彼女は
「え?なにが?」
と困惑した表情をしていた。

そのリアクションを見た瞬間、全てを悟った僕は強い後悔をしていた。
言わなければよかったと、心の底から思った。

同時に、この時に僕は気付いたことがあった。
それは、僕にとっての「思い出」は、彼女にとっての「過去」でしかないという現実だった。

中学時代、彼女と会話して、手紙の交換をして、合図を送り合って、一緒に遊んだことは、僕にとって全て「思い出」だった。
でも、きっと彼女にとって、それらは全てただの「過去」であり、すぐに忘れてしまうようなものだった。

彼女にとって、所詮、僕はただのクラスメイトでしかない。
この悲しい現実が、つらかった。

僕の心には、彼女との出来事が、いくつも「思い出」として残ってる。
彼女の心には、僕との出来事が、どのくらい「過去」として残っているのだろう。
僕の「思い出」が100だとすると、彼女の「過去」は2とか3なのかもしれない。

中学生の僕は、もう彼女の心からは消えてしまったのかな。
数年後、大人になった時、今の僕は彼女の心に残れているのだろうか。
そんなことを考えると、僕は今にも泣き出しそうになった。

歌詞が良いと、彼女が教えてくれて、一緒に聴いた「奏」が、僕の頭の中で流れていた。

明るく見送るはずだったのに うまく笑えずに君を見ていた
君が大人になっていくその季節が
悲しい歌であふれないように
最後に何か君に伝えたくて
「さよなら」に代わる言葉を探してた


君が僕の前に現れた日から
何もかもが違く見えたんだ
朝も光も涙も歌う声も
君が輝きをくれたんだ

スキマスイッチ 「奏」

そんな悲しくなった気持ちを堪え、その場は気丈に振る舞った。


これ以降、僕は彼女に、昔を懐かしむような話をしないと決めた。
もし、同じようなリアクションが彼女から返ってきたら、次は泣いてしまうと思ったからだった。
また1つ、彼女との距離が遠くなった気がした。




あの日の出来事で、僕は君との関係を思い知ったよ。
僕がどんなに君に想いを寄せても、君にとって僕はただのクラスメイト。
そんな現実を、突きつけられた僕は、今にも泣き出しそうだったよ。
今の君の心の中に、僕はまだ生きられているのかな。
僕の心の中では、君はずっと生き続けているよ。
例え、全ての記憶を無くしたとしても、君との思い出だけは忘れない。




彼女が突然、前髪を短くした時があった。

彼女と僕が出会った、中学1年の時、彼女はおかっぱ頭だった。
いつの頃から、彼女はロングヘアーになっていた。
高校に入ってからは、前髪のないスタイルのロングヘアーが、彼女のイメージになっていた。

ある日、彼女が教室に入ってくると、他の女子が騒がれていた。
聞こえてくる声に耳をすますと、どうやらヘアースタイルを変えたらしい。

彼女が、僕の席にやってきて、その姿が見えた時
「かわいい」
と、とっさに声を出してしまった。

そこには、中学1年の時の彼女が立っていた。
前髪を短くした姿は、僕の記憶にある彼女そのものだった。
厳密言うと、中学1年の彼女はロングではなかったので、その時の髪型とは違う。
でも、僕に中学時代を回想させるのには、十分な姿だった。

手紙の交換をして、合図を送り合って、一緒に遊んだ、彼女の記憶が蘇る。
言おうと思ったわけではなく、自然と口からこぼれてしまった言葉だった。

僕は慌てて、茶化すようなニュアンスの
「カワイイ」
とすぐに言い換えて、さっきの自分の声を打ち消した。

僕も含めて、他のクラスメイトにも同じことを言われたんだろう。
彼女は、顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにしていた。
そんな、彼女の姿を本当に愛おしく感じた。

僕は、恋をしていた彼女が、一瞬、帰ってきたと思い、胸がときめいた。
その一方、あくまで彼女は「友達」だからと自分に言い聞かせていて、気持ちを抑えた。

この時点でも、まだ僕は、今の彼女と中学時代の彼女は別人だと考えていた。
「僕が恋をした彼女はもういない」という考え方を捨てることができなかった。
この考え方が、完全に習慣化していた。

そんな考え方が、自分の想いを曇らせていていたことに、僕は気付けなかった。




あの日、君が前髪を切ってきた日のことは、今も覚えているよ。
顔を赤らめて、恥ずかしそうにしていた君の姿は、本当に愛おしかったよ。
僕は、素直に自分の気持ちと向き合えなかったことを後悔しているよ。
自分に正直になっていたら、僕は君が好きだと気づけたのにね。




2年半以上も、良好だった彼女との関係が終わりを告げる。
僕は、どうやら彼女に嫌われる運命にあるらしい。

僕には、好きな人ができていた。
厳密に言うなら、好きになろうと一生懸命、頑張って作った好きな人だった。

中学2年ぐらいの頃から、僕はとある予感をしていた。
「僕は、彼女以外に誰かを好きになることはない」
という予感だった。

今後の人生で、どんな出会いがあったとしても、彼女以外に誰かを好きになる気がしない。
そんな予感を、ひしひしと感じていた。

それから実際、3年以上もの歳月が流れたが、その間に誰かを好きになることは皆無だった。
でも、当時の僕は、この予感を受け入れることができなかった。

なぜなら、この予感を受け入れることは、永遠に恋人ができないことと同義だからだった。

僕がどれだけ彼女のことが好きでも、彼女にとって僕は、ただのクラスメイトでしかないと感じていた。
異性として見られない以上、彼女と僕が付き合うことは絶対にない。
つまり、恋人ができないことが確定するわけだ。

だから、僕はこの予感に懸命に抗った。

彼女以外の誰かを、好きになろうと必死で思っていた。
そんな思いが身を結び、高校3年生になって、好きになった人ができたわけだ。

それ以来、その好きになった人を追いかけるようになった。
なかなか、話しかけたりすることはできなかったけど、文化祭をきっかけに連絡先を交換した。
なんとか距離を縮めようとと、メールを送ったりしてアプローチした。

多分、僕がアプローチしてきたことを、その子は友達に相談したらしい。
そして、最終的に、回り回って彼女まで伝わったようだった。

それ以来、彼女は僕に話しかけてこなくなった。
中学の時のように、また僕は彼女に嫌われたらしい。

ただ、このときの僕は、その好きになった子に対することで頭がいっぱいだった。
彼女に嫌われても、僕に話しかけてくれなくなっても、僕は好きな子ができたから大丈夫。
そんな風に思っていた。


最終的に、僕はこの好きになった子に、告白して玉砕した。
フラれたはずなのに、僕は正直、悲しくなかったし、つらくもなかった。
この時点で、気づくべきだった。
僕は本当にその子が好きだったのかを。


時を同じくして、僕は自分の調子が悪いことを日々感じていた。
体調が悪いわけではないけど、なぜか、気分が沈みっぱなしだった。
正直、原因は全く思い当たらなかった。
でも、とにかく気分が乗らない、沈んだ気分で日々を過ごしていた。


全てを理解したのは、卒業式の日、当日だった。




あの時、君しか好きになれない人生が嫌で、僕は必死で抗っていた。
僕の人生2度目の恋は、勘違いだったと気付いたよ。
やっぱり、僕が恋をしたのは君だけだったんだよ。
「僕が人生で恋した人は君だけだった。」
それを、受け入れられたのは、もう少し後になってからだったよ。




彼女との会話がなくなってから、数ヶ月が経過していた。
卒業の日は、もうすぐそこに迫っていた。



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