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妄想ショートショート部

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妄想好きなオトナ達が同じテーマでショートショートを書きます。
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レポート

《6月13日 懇親会の帰り、忘れ物を取りに部室に寄ったら、電気の点いていない部室で誰かの首筋に顔を埋めている堂浦センパイを見てしまった。相手は後ろ姿でわからない。おれはセンパイと目が合って、気まずくて逃げ出してしまった。暗闇にいる彼はまるで絵画のようだった。純血のヴァンパイアがいるとしたら、きっとあんなふうに吸血するんだろう。》

 もしも、彼がおれの憧れの、純血のヴァンパイアだったのなら。

 

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続・早とちり

続・早とちり

※この話は以前書いた【早とちり】の後日談です。先にそちらを読んでからどうぞ。

 執筆缶詰旅行から帰って来て、2週間ほどになろうとしていた。

 海辺の生活はこれまでのどの気分転換より効いたらしい。
 夜の海を散歩した翌朝から、行き詰まって家を出た前日が嘘のように、すこぶる作業が捗るようになった。
 書いた、というよりは、頭の中に湧いた文章を文字に起こし続けた、と言った方が正しいかもしれない。寝食

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限定ポテトとタカシ

限定ポテトとタカシ

 マジ最悪。またあの店員、ニヤニヤしながらこっち見てるし。デートが毎度この店ってどうなの?バイト先好きすぎでしょ。しんどいわ。

「お待たせ~。あ、お金店出てからもらうわ。こないださ、カナさん、あ、あの髪の毛ながい細い人に奢ったげなよ、とか言われてさ、見られててさ」

 ハンバーガーセットが乗ったトレーをテーブルに置きながら、息つく間もなく話し続けるのが私の彼氏。この店で土日バイトしているけど、バ

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焼肉

焼肉

「今まで言い出せなくてごめん。実はここ、事故物件だったんだ…。」

 大学を卒業し、4月に入社して、早3ヶ月。

 新入社員は、この部屋の家主の松下の他に、岡本、平川、工藤の男ばかりが4人。
 部署は違うものの、全員が上京組で周りに知り合いが少なく、皆で示し合わせては目新しい飲食店を開拓したり、誰かの家に集まったりするようになった。

 中でも、会社のあるオフィス街から私鉄で10分、駅徒歩7分に住

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猫の恩返し(クリスティーナの場合)

猫の恩返し(クリスティーナの場合)

 その猫は、怒っているようだった。

「ちょっと、『その猫』なんて言わないでくださる?私にはクリスティーナっていう素敵な名前があるんですから」

− おっと、それは失礼しましたクリスティーナ。……君、僕の声が聞こえるの?

「ある程度生きてると、人間や動物の言葉だけじゃ物足りなくなるのよ。ナレーションも聞こえてくるわ」

− まるで「くまのプーさん」のアニメーションのようだね。

「知らないわ」

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化け猫

化け猫

「こないだヒデの弟に久しぶりにバッタリ会ったよ。」

「ノブに?」

「うん。登校日だったのかな。ランドセルちっちゃくなってた。身長も抜かれちゃったかも。」

「6年だからな。背の順、一番後ろなんだって。」

 坂を登ると、鳥居から一番近い自動販売機に自転車を並べる。

 工藤はいつものようにレモン味の清涼飲料水のロング缶のボタンを迷いなく叩いた。その手の甲に汗が弾けて、傾き始めた西日を反射してい

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おじさんとパンケーキと若者

おじさんとパンケーキと若者

 「良いっすよね♪朝からパンケーキ。糖分とると幸せな気分になるし」

グイグイと俺の前に相席してきたのは、スーツをしっかりと着ている割には髪はロングヘアーを一括りにした、サラリーマン風の若い男だった。

「にしても、朝は混むってわかってんだから相席が嫌なやつは来なきゃいいのに!」

先ほどの女性客に聞こえる程度のボリュームで言い放つ。

「ま、あの人たちが待つっていったから俺が今パンケーキにありつ

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ご来店、お待ちしてます。

ご来店、お待ちしてます。

5月25日
 今日は久しぶりのバイト。コロナからの緊急事態宣言、やっと解除〜バイトもずっと休みで干上がるかと思った。社員さんたちはずっと出てるんだもんな、社会人って感じ。新宿駅のホームは人だらけで、店にもひっきりなしにお客さん。皆マスクでいつも以上に無口。ロボットみたいだ。そんなこと思いながら接客してたから、一度だけお釣りを間違う。もう、みんなSuica使えよ。

5月26日
 暑い。蒸し暑い。も

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たかみーが朝食を。

たかみーが朝食を。

え…あれ…たかみーじゃない?

いつからいた?なんで気付かなかったんだろう。こんな見える位置に…いや、本物かどうかわかんないけど。偽物?え?でもあんなに色白いおじさんいる?髪が綺麗なおじさんいる?窓際で朝の光が差し込んでキラキラしてるんだけど。あんなキラキラしてるおじさんいる?

周りの人は気付かないの?気付いてて知らないフリしてるの?となりの席の女の子たちはなぜ普通に座ってるの?たかみー知らない

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AM7:30

AM7:30

「僕はここのモーニングが好きでね。もし何か苦手なものがあったら遠慮なく言って下さい。」

 前菜の向こう側に座った男は耳障りのいい声でそう言うと、並んだ銀食器を内側から使うのか外側から使うのか忘れて考え込んでしまった俺を見て、にこやかに微笑んだ。

 髪をビシッと撫でつけた熟年のウエイターが、ワゴンに置かれた料理を真っ白なテーブルクロスの上に並べていく。

(スープはおそらくこの丸いスプーン…とす

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早とちり

早とちり

 初夏、執筆に行き詰まり、宿をとった。

 行き詰まったと言っても、生みの苦しみというような大層なものではない。ただ、元来、呼吸をするように言葉が内から溢れてくるタイプではないのだ。

 海岸沿いの平地に建つ古宿は、その立地から窓いっぱいに水平線が見渡せる造りになっていた。
 壮観な景色に、窓を開けて目一杯潮風を吸込みたかったが、畳の真ん中の座卓に置かれた『虫が入るため、窓を開けないでください』の

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故郷

故郷

嫌な事があって眠れない夜は、海を見ると不思議と心が落ち着いた。

海面に映ってきらきらと揺れる街灯り。繁華街の夜景が照らす水面は、華やかで喧しく、だが孤独を癒す灯りだった。あの灯りの一つひとつの下に人がいる。

都会に住む私は、暮していくための糧を得るのに心がいっぱいで、自分の孤独から目を背ける事を覚えた。

物心ついた時にはすでに両親はいなかった。老いて幼い私に依存してくる祖父母と暮らしていた日

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こんな海じゃ溺れない

こんな海じゃ溺れない

「ねえ運転手さん。この人降りたら、海に行ってください。近くでいいからお願いします」

 ベロベロに酔いつぶれた挙句、私に寄りかかって爆睡している同僚をすみに追いやりながら、そう告げたところまでは覚えてる。

 今、国道沿いを歩きながら、波の音を聴いているのはそのせいだ。こんな夜更けに、湘南にいるのはそのせいだ。

 全然近くはなかったけど、確かに、この上なく海らしい海にいる。

 でも、あそこで降

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砂を掘るということは

砂を掘るということは

ザクッ、グッ、ドサッ

ザクッ、グッ、ドサッ

ザクッ、グッ、ドサッ

なるほどね、砂を掘るのはたぶん幼稚園以来だけどなんとなくコツ掴んできたわ。スコップの角度と勢いとどの位置でテコするか、ね。いけるいける。

つーか、どこまで掘ればいいんだ?足曲げれば見えなくなるくらい?全身?もっと深く?ネットで調べておくんだったな。ネットにあるか?「砂浜 深さ 人」みたいな?ああ、こんなざるみたいな計画、うま

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