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【歌から妄想してみた】最終回 ~渡月橋~君想ふ~

始まりました。歌から妄想してみた(本企画主旨)。8月の終わりに始まった企画も今日が最終回です。妄想はまだまだ尽きませんが、この辺で区切りということで。

余談ではありますが、KARAのDamaged ladyの妄想がハラさんの事件と案外マッチングして、妄想デジャブかななどとまた妄想をしてしまったわけです。

そんな妄想をしてもしたりないくらいの僕ですが、今回の妄想のテーマ曲は倉木麻衣さんの渡月橋~君想う~(2017)であります。コナンの映画のなかで歴代二位の興行収入(こちらを参照)を誇る、「から紅の恋歌(ラブレター)」の主題歌としても有名になった歌ですね。

この歌ですが、「渡月橋」というタイトルにもあります通り、京都をテーマにした曲であると伺えます。歌詞は、「寄り添う二人」や「想い馳せる」や「触れた手のぬくもり」という言葉がありますように、恋を描いています。そして、から紅に染まる渡月橋ということで、秋の京都も妄想させられるところです。

そのようなこの曲を聞いて描いたテーマは、切り替えられないアラサー女子、そして秋の京都。切り替えられないアラサーというのが気になるところですが、では、実際に妄想を見てみましょう。今回も前回同様妄想が長くなっておりますので、二日に分けて、アウトプットします。明日が少し立て込んでいるため、明後日になるかも。まあ、何れにせよ明日明後日にはこの妄想は完成しますよ。以下太字部分妄想。

      妄想タイトル【渡月橋 君を思い出す】

 秋の京都。私は本当に好きだ。毎年、11月の半ばに二日の有給休暇をもらうのが恒例である。ここ6年。毎年その時期に有給休暇をもらって京都に出向く。1年目は太一と一緒だった。2年目からは毎年一人で来ている。
 東京駅で買ったおむすびとサンドイッチを新幹線のなかで食べ、少し眠ったら昼前に京都駅につく。京都駅につくと、すぐに今出川駅まで電車に乗って御所に向かうのである。毎年変わらないので、もうここ最近はなんら路線図や時刻表を見ることなく、無意識的に目的地まで向かうことができるのだった。
 30分ほどで御所に着く。御所の敷地内に足を踏み入れると、神聖な雰囲気に身を包まれる。どこかそこは現実と隔離された世界なのだ。地面にしかれている砂利をゆっくりと踏みしめながら、周りの紅葉する木々を眺めてところどころそれをカメラに収める。紅葉の葉と葉の間に光がさして、とても良い写真が撮れた。
 参観も行う。御所のなかは神聖な雰囲気が漂い、貴族文化、そしてアミニズムと仏教的な空がまじりあっているため、普段感じることのない環境だ。毎年行くが、毎年神聖な思いと心が洗われたような思いに浸ることができるのである。今年もここに来てよかった。そう思っていると目の前を手をつなぎながら参観するカップルが目に入る。私は今年もかと思い途端に鬱屈とした思いになるのであった。
 私は一年目、初めて御所に来たときのことを思い出すのである。その時は今思っていたようなことを感じられることもないくらい、若かったし、そのような一人で考えに浸っている暇はなかった。
 参観するときに、太一が歩くペースが速く彼に寄り添って歩く私が「ちょっと早い。」と言い。太一が「ついてこいよー。」と笑う。現在、一人でカップルをながめる自分の思いを踏まえて考えると、あの行為は痛々しくも感じられる。しかし、良い思い出として、輝かしい思い出として自分の心の中には残っているのだ。隣にいた太一の笑顔、シトラスのコロンの香り、触れた肌の感じ、その細部から細部まで記憶に残っている。
 考え事、それというより太一との思い出を思い出していた私は参観をそのまま終えたのであった。毎年のことだ。何かのトリガーが私のなかにいつまでもとどまっているであろう。彼との思い出をフィードバックさせるのだ。
 門の外にでるまで、砂利を踏みしめながら歩く。紅葉が綺麗だ。手持ちのカメラで再び紅葉する木々たちを写真に収める。

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 少し遅めのお昼にしよう。一年目に太一と一緒に行き、それから一人でも毎年行っていた喫茶店は去年いったときに、閉店していた。私は特にアイデアもなく、近くにあった同志社大学の食堂でご飯を食べることにした。去年もそこで食べた。キャンパスに入ると、そこは華やかな大学生が多くいる。一回りくらい若い子はメイクのノリが違うし、どこか楽しそうである。
 食堂では、一人で食べる大学生、逆にわいわいと騒ぎながら食べる大学生、はたまた大人。老若男女、様々な光景が見られる。だから私が一人、ぽつんと座って食べていてもなんらおかしい光景ではないのだ。カレーと、サラダを食べた後はバスに乗って清水寺に向かう。ここも毎年のことなどで行き方、そして降りた後のコースは覚えている。
 五条坂は平日ながら人は多かった。外国人、特に中国人観光客が大勢いるのである。お土産物屋はどこも買ってもらおうと必死で大丈夫なのかという位、盛大に試食を振舞っている。ここで毎年、試食でおいしかったものを幾分か買う。
 太一は抹茶のお菓子が好きだった。私は抹茶のお菓子を試食すると、太一がいたら絶対に買っていただろうなとか、太一がいたころはこのような種類のお菓子はなかったと時代の変化を感じるのである。今年も一つ、新発売の抹茶のお菓子を彼のために買って帰ることにした。
 年々、清水寺に上がるまでにある階段がきつく感じられるようになった。年齢を感じる。最初に来た頃はもっと軽やかに上がることができていたのである。当時と体重は変化していない。しかし、筋力、心肺機能は明らかに当時より減退していた。私もなにか、一個人としての限界があるのではないか。気が付けば、三十代。もう周りの友達は身を落ち着け始めて、自分の子孫を生み始めている。ふと自分の弱みを感じるとたちまちマイナス思考と孤独感にさいなまれるのであった。清水の舞台に行く道中もどこか鬱屈としていた。
 あっという間に清水の舞台だ。清水の舞台からは京都の街並みが一望できる。晴れて、しかも紅葉の季節。けちのつけどころがない。景色だけで一枚。景色と自分で一枚。写真をとる。そして、スマホに取り込んだ、6年前に太一と同じ場所で撮った写真と比べてみる。あまり変わっていない。景色は。私は少しふけたし、笑顔もどこかぎこちなくなった。太一と一緒にいるときの笑顔はもう取り戻せないかもしれない。そのようなことを思うのだった。
 帰りの道程には自主神社という神社があるので、一応そこにも足を踏み入れてみる。ここは神社というのにも関わらず、ハートに囲まれており、気持ち悪いほどの客寄せパンダ観がして、なにかを知った30の女は嫌悪感しか覚えない。しかし、私自身もかつてはここに喜んで彼氏と足を踏み入れていたうちの一人であるので、その批判を抑えつつ、毎年慣習のようにここを訪れる。来年からはここにはこないだろうなと思いつつも、ここで太一と絵馬に書いた「末長く、平和で過ごせますように」という言葉を思い出し、無視するとあいつに悪いなと思う。そして、しっかりと絵馬に「いつまでもそばにいて私を守ってね」と書くのである。年々、その行為に対してのもう一人の自分からの嘲笑は大きくなる。恐らく、来年はいかないだろう。というか行きたくない。去年もそのように思った。
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 清水寺の観光が終わると夕食のお店以外、特に予定は入れていない。京都駅近くのホテルに入り、早めのチェックインを済ませ、京都駅のなかで買い物をする。お土産を買ったり、自分のための買い物をしたりと、京都に来ても普段の日常と変わらず過す、この時間が一番楽しいのかもしれない。買い物は年功賃金制のもと、少しお金に余裕ができた30代の独り身の心を充たすもっともよい行為である。私は一年に一回だと思い、目に入り気に入ったものを買えなくない値段なら買っていった。月末は明細を見たくない。

               

 夜ごはんは決めていた。二か月前からとっていた湯葉のおいしい店。 毎年この時期に予約をとっているからか、もう顔は覚えられていて、おかみさんと親しく話すことができる。「おかみさん。お久しぶりです。」から始まり、長らく話し込んでしまう。今年もまた同じルートで回るというと、物好きだと言われる。おかみさんは1年目に太一と私がここに来たことを覚えていないのである。だから、私はおかみさんのなかでは毎年、女一人で京都に来て、毎年同じところに行く物好きな人であるということになっているだろう。 ここの湯葉料理を食べると、今年も仕事を頑張ってよかったなと安心する。いつもなら高いと思うが、今年はこの料理にしてこの値段は安いと思えた。恐らく、いくらかの昇給を経ているからだろう。私の勤めている会社は絵にかいたような年功賃金制の企業なのだ。「本当に歳をとった。」とおかみさんに言ったら、「まだ三十でしょ。」と言われた。「まだ三十」・・・あれから六年たったが、その体感のながさを考えると三十の前にまだなどという語句をつけることはできなかった。
 食べ終えた後は店をでて、ぶらぶらと夜の街を歩く。一人でバーや居酒屋に立ちよることはどこか気が載らない。仕方なく、コンビニでビールと少しのつまみを買って帰るのである。
 ホテル部屋はツインルームである。一人では、十分すぎるくらい広い。そして、フロントの人はどう見ているかはわからないけれど、シングルにすると太一に悪い。だから、毎年、無駄だと思われる出費をしてツインルームをとるのだ。太一といるときは酒など飲まなかった。というより、飲めなかった。しかし、今ではめっぽう強くなってしまった。休肝日を設けようと心掛けなければならないほどである。何かの空白を酒と酔いしれた自分で埋め合わせようとしてしまう。せっかく京都に旅行に来ても夜のその習慣は変わらなかった。太一が来ていたら、夜はどのように過ごすだろうか。そのようなことが頭によぎっては、いない現実を認識し、ビールを飲む。あっという間に、一缶をあけてしまったのであった。もう一缶のところで自制心が働いた。私旅先に来てまでなにやってんだろう。情けない思いに浸るのであった。


つづく

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