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📘書くことについて

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#エッセイ

考えること、と書くことについて。

考えること、と書くことについて。

どこかが弱っているとき、つまりふだんの生活からいったん立ち止まらざるを得なくなったとき、ぐるぐると人生について考えてしまう。

5ヶ月前、足首を骨折したときも、そう。
めぐりめぐって行き着いたのが、このnoteでした。
自分の考えていることを、何からどう文章にしていいかわからず打ちのめされたけど、気付けば4か月近くも続いていました。

昨日は一日中、寝たり起きたりしながら、図書館で借りていた『ロバ

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きっと誰の役にも立たない私のnoteの書き方

きっと誰の役にも立たない私のnoteの書き方

noteのビュー数を上げるには「noteの書き方」についての記事を書くといいと聞いたことがある。お役立ち記事はウケがいいよ、というような話であった。
それが本当かどうか分からないし、そのことについてどう思うかここでは語らないが、私もnoteの書き方というテーマを設定してみる。

しかしここで注意してもらいたいのが、このnoteの書き方が誰にとってもほぼ参考にならない。この記事が「とても役に立った」

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誰のためにも書かない。

誰のためにも書かない。

同僚が重そうな紙袋をいくつも抱えて出勤したと思ったら、ハイと私に差し出した。
中には漫画の単行本がどっさり。彼女は最近、これを大人買いしたという。
せっかくの夏季休暇にどこにも行けない、誰にも会えない。ならばステイホームを堪能しようと、中学生の頃に夢中になった漫画を読みふけったらしい。それを「蓮見さんももうすぐ夏休みでしょ」とわざわざ持ってきてくれたのだ。

彼女と私は同世代。その漫画は私にとって

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日記が書けない

日記が書けない

最近日記に触れる機会が多い。自分自身もここに載せている随筆的な文章のほかに日記をつけている。私たちはどうして日記を書くのだろうか。

ヘンリー・ソローは自身の日記にこう書いている。

心に抱いてきたのに忘れてしまいがちな考えや印象が記される日記を、私は喜んでつける。それはある意味で最も遠く離れたものであり、別の意味で最も私に身近なものである。(『ヘンリー・ソロー全日記 1851年』ヘンリー・ソロ

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