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ガンガー(ガンジス川, インド・ヴァーラーナシー)で 拝んだ 初日の出 〜 1984年1月1日

昨年4月から, 1983年4月から翌1984年2月にかけての「放浪」もどきの旅について, 38周年の日にピッタリだったり近い日だったりの期日に投稿するかたちで各国各都市各街各遺跡などの旅 note を連載してきた, 音楽やパレスチナ問題, 宗教関連など自分の関心が向く他のトピックの note を挟みながらなので, 断続的な「連載」だけれど。

1983年4月26日に日本を発って, ソ連・ヨーロッパ諸国・トルコ・シリア・ヨルダン・パレスチナ/イスラエル・エジプトを旅し, カイロからイスタンに飛んだ後は2度目のトルコを東へ東へ 〜 そのまま陸路イラン入国, さらにパキスタンを旅し, そして インド に入って, アムリトサル, ダラムサラ, デリーに滞在, デリーからは日帰りの旅でタージ・マハル 拝みにアグラにも行き.. というわけで, ヴァーラーナシー滞在の前までの話

相変わらず見出しが長い。とりあえず 以下は, ここまでの インド 旅 note リンク, それと, ソ連からパキスタン, つまり インドに入る前までの道のり, その各国各都市・街・遺跡などの旅 note へのリンクに関しては 以下 note *1 アムリトサル 旅 note 第1章に。

note *1 インド入国, まずは シク教「黄金寺院」の街 アムリトサル へ 〜 1983年11月29日-12月3日

note *2 ダラムサラ(インド北部) 〜 チベット難民が住む標高2,000m超の山中で暮らした, 1983年12月の10日間

note *3 インドでは市井の人に「哲人」顔の人がいたりする 〜 デリー 1983年12月12日から25日

note *4 タージ・マハル は確かに美しかった, インド・アグラ 〜 1983年12月23日(デリーからの日帰りの旅)

そして, 

デリーを発った後は, 年末年始を ヒンドゥー教の「聖地」 ヴァーラーナシー で過ごすことにし.. (1983年12月26日の朝に着いて, 翌1984年1月2日の夕刻まで, 7泊8日滞在)

それについては 前回の旅 note でも..

突然ですが(ほんと突然だ)往年の二枚目俳優, 私が主演した, あ, じゃなかった, この note の筆者が生まれた1960年9月11日の3ヶ月前, 1960年6月11日に日本公開されたフランス・イタリア合作映画, 往年の二枚目俳優アラン・ドロン主演の名画「太陽がいっぱい」, あの邦題はフランス語の原題 plein soleil の訳としては誤訳気味(というか誤訳と言い切っていいのかな)のものだったようで, 原題の本来の意味は「太陽が照らす下で」といった意味。要は太陽, つまり「お天道様」が見てるよ, といったニュアンスになるらしい。

上掲 note, 「章がいっぱい」だなぁと思ったら突如, あの名画の邦題「太陽がいっぱい」が頭に浮かんできてしまって上のヤツ書いてたら, 何だよあんなに長くなっちまったじゃないか, 正月早々(いや, もう1月4日なのか!)話が「飛びます, 飛びます」坂上二郎, オレの頭にはいまだ「正月」ならぬ「昭和」が棲みついてるのかよ。いいや, とにかく上掲 note は「章がいっぱい」。

1. ガンガー
2. ガンジス川(ガンガー)の前に, インダス川 あり
3. インダス川 と言えば, ナイル川
4. ナイル川 と言えば, ティグリス・ユーフラテス川
5. インダス川だの, ナイル川だの, ティグリス川・ユーフラテス川だの取り上げてこれ出さなかったら, 中華人民共和国のあのいつも 苦虫を噛み潰したような顔の 報道官(正確に言うと「副報道局長」の趙立堅氏, 笑 .. たまには笑えよ!) に怒られるかな 〜 黄河
6. 1983年4月26日に日本を発って, ソ連・ヨーロッパ諸国・トルコ・シリア・ヨルダン・パレスチナ/イスラエル・エジプトを旅し, カイロからイスタンに飛んだ後は2度目のトルコを東へ東へ 〜 そのまま陸路イラン入国, さらにパキスタンを旅し, そして インド に入って, アムリトサル, ダラムサラ, デリーに滞在, デリーからは日帰りの旅で タージ・マハル 拝みに アグラ にも..
7. デリー から ヴァーラーナシー へ(1983年12月25-26日) 〜 其処彼処で垣間見える, インドの巨大な貧富の格差
8. ヴァーラーナシー で ガンガー を眺める 〜 1983年12月29日
9. ヴァーラーナシー で ガンガー を眺める 〜 1983年12月30日
10. ヴァーラーナシー, ガンガー で 「初日の出」 を拝む 〜 1984年1月1日
11. ヴァーラーナシー の街で ガンチャラッシー を飲んだことを思い出して "Lucy in the Sky with Diamonds" by the Beatles ♫

さてさて, そして 1984年1月1日,

ガンガー(ガンジス川)で 拝んだ 初日の出 〜 1984年1月1日, 今から38年前の正月は, インド・ヴァーラーナシー(ベナレス) で 迎えたのだった(日記抜粋と写真9枚)

前章で触れた通り, ヴァーラーナシー には 1983年12月26日の朝に着いて, 翌1984年1月2日の夕刻まで, 7泊8日滞在した。

まずは宿で年を越す。因みに 1983年12月31日(大した意味はないが土曜日だった)の旅日記には, 

夜 8時半, 日本 '84 へ。

と書いてあって, 日本を発ってから 8ヶ月余り, ソ連・ヨーロッパ諸国, トルコ・シリア・ヨルダン・パレスチナ/イスラエル・エジプト, 再びのトルコ, そしてイラン, パキスタンを旅し, 引き続き陸路インドに入ってからも東へと進み ヴァーラーナシー まで来て, いよいよ母国「日本」が近づいてきた感があったのかどうか。というか大晦日, 日本にいればテレビでは「ゆく年くる年」なんぞ放映してる時間かななどと想ったりもしたのかどうか。流石に, そのとき何を考えていたのか, 細かいところまでは思い出せない。

何はともあれ, それから3時間半後, インド, ヒンドゥー教の「聖地」ヴァーラーナシー で年を越した瞬間には, 日記にこんなことを書いていたのだった。

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インドは 今年も インド だろう。

というのは, 別に何も「アジア停滞」論みたいな差別的な考えが頭を過ったのでは全く無い(とりあえず日本もアジアだなぁ!)。悠久の歴史を持つインド, よく言われることだが言語も宗教も民族も文化も極めて多くの種類存在して旅人には「魅力」満載の地, しかし一方でやはり遥か古(いにしえ)の時代から存在するカースト制(による差別の実態)も法律で禁止しようがそう易々となくなることはなく, とにかく容易には変わらない何かがこのカオスの中にあり, まぁ簡単に(残念ながら「変わってほしい」ところも含めて)変わるはずはないのだろうという(少しの慨嘆を含む)感慨を書いたのだろうと思う。

とか何とか, とかナン

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とか, 

深く考えてのことだっただろうか? いや一応はそこまで他の土地, 他の国々も旅してきて, インドも少しは旅人の目を通してとはいえ見て, 観て, 聞いて, 聴いて, 体験して, 当時23歳の若造とはいえ, けっこう色々と考えたとは思うなぁ!.. 色々と, 色即是空, 空即是色。分かってんのか(笑)。

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以上は, 1984年1月1日 付旅日記からの抜粋。

その日, ヴァーラーナシー で撮った写真は 9枚。ガンガー(ガンジス川)で拝んだ「初日の出」の写真 4枚と, 「初日の出」後のいつもと変わらぬ(いやいや「初日の出」だって人間の方が勝手に意識してるだけであって, ガンガーには全くどうでもよいことなのであった, というわけで「初日の出」だっていつもと変わらぬガンガーで拝める「日の出」なんだけどね, それを言っちゃおしまいよ, いや, おしまいにはならないな, 人間の勝手ながら「初日の出」は始まり始まり〜!.. 長ぇカッコだなぁ)ガンガーとヴァーラーナシーの人々の様子を撮った写真 5枚。

まずは ガンガー, ガンジス川 で 拝んだ「初日の出」。

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2枚目の写真, 左上の影は, 目の前を横切った鳥なのだ, 実は。彼女(たぶん!)は「初飛び」を楽しんでいたのだよ。

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そして, 

まるで生活の全て, 生きることと活きることの全てが此処で行なわれているかのようなガンガー。セックス以外は全て此処にあるような気がしてくる。流石にアレは此処ではないと思うんだよなぁ.. いや, 此処でヤレちゃう達人もいたりして(ってか仙人かよ, 笑)。

「初日の出」後の日, 朝日, 朝陽に照らされて, 水は決して澄んではいないガンガーが, 実に美しく映えていたのだった。 

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そして, 

あれから 38年と3日後, 2022年1月4日, 日本の某地方都市にて, 今日も拙者の note は音楽で締めることにするのだった。

「画竜点睛」の為の我流転載 〜 "Easy" by Anoushka Shankar & Karsh Kale, with Norah Jones ♫

去年, 2021年は, 元日に同じ写真を使ってこんな note 投稿をしていた。

目次は, ごちゃごちゃっと 7つの章立て。

1. 前説
2. ありがたや、ありがたや(かな?)、ガンガーで拝んだ 〜 1984年の初日の出
3. ありがたや、ありがたや(かな?)、元旦の陽光を浴びて水面、皆も(みなも、みなも!!)光り輝いたインド, ヴァーラーナシー, ガンガー(ガンジス川)の河畔 〜 1984年1月1日
4. 37年前の年末年始はヴァーラーナシーでガンガーを眺めながら過ごしていた
5. インド 〜 1983年11月・12月
6. BGM の 1, 2
7. BGM の 3

で, 今日 2022年1月4日は, 昨年の元日 note 投稿の BGM 3曲の中から, その 1 を。説明テキストは 1年と3日前の自分の note 投稿から転載してしまう。「画竜点睛」(がりょうてんせい, 因みに「睛」は瞳の意で「晴」ではありませんぞ)の為の, 我流転載(「りょう」読みが「りゅう」読みに, あ, それだけじゃない, 「せい」も「さい」になっとる, ま いっか!)。

インドと言えばシタール、シタールと言えば今は亡きラヴィ・シャンカル、そのラヴィ・シャンカルの娘、同じくシタール奏者のアヌーシュカ・シャンカル、そしてインド系イギリス人ミュージシャン、カーシュ・カーレイ(と発音するもよう、カタカナ表記すればだけど)の共演に、同じくラヴィ・シャンカルの娘(母親は異なる)でアヌーシュカ・シャンカルの姉に当たるノラ・ジョーンズのヴォーカルを乗せて ♫
カーシュ・カーレイは、Wikipedia を見ると Instruments のところに Tabla, electronic tabla, drums, vocals, electric guitar, piano, keyboards, bass guitar, cello, santoor, string arranger, software, technology と書いてあって、この曲では一体どれ、もしくはどれとどれを演奏しているのか、何を担当しているのか? .. まぁ Tabla はやってるはずと思うけれど。

Easy 〜 Anoushka Shankar & Karsh Kale, featuring Norah Jones


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