手紙~拝啓 三十の君へ~(メモリアルエッグ)
私が中学校三年生の時の話だ。
美術の時間にメモリアルエッグを作ることになった。
確か、中学校最後の制作だったと思う。
カメラのフィルムケースに、30歳の自分へ宛てた手紙を暗号で書き、他の友達からの手紙と大切な品物を中に入れる。
入れた後はフィルムケースを粘土で卵状に塗り固め
各自好きな色を塗る。
それがメモリアルエッグだった。
メモリアルエッグ用に、暗号解読表は透明な板に彫刻刀だかカッターだかで削って制作した。
その一年前…
中学二年生の時は立志式があり
どんな大人になりたいかを作文に書いて発表し
校庭にある立志の塔の中に大切に学年全員分の作文をしまった。
その作文を成人式の日に返すという話だった。
小学校六年生の時もクラスみんなでタイムカプセルを埋めた。
こちらも成人式の日に返すという話だった。
だからこのメモリアルエッグを制作した時
小学校六年生、中学二年生に引き続き
また未来の自分に手紙を書くのかと思った。
小学校六年生、そして中学二年生の時も
二十歳の自分は想像つかなかった。
小学校六年生の私も、中学二年生の私も
二十歳の私は彼氏がいて、県内の福祉の四大に通っているとは思ったが
当時の私に謝りたい。
すまん、彼氏を作るのは想像以上に難しかった。
だが、初彼はめちゃくちゃいい男性だぞ、と。
さて、二十歳の私の想像さえ上手くできないのに
三十歳の私なんてさらに想像つかない。
結婚して子どもがいて、本家を継いでいるのだろう。
くらいは思ったが
やはり当時の私に謝りたい。
結婚も妊娠も出産も本家を継ぐことさえ
三十歳で達成できなかった、と。
すまん、と。
当時、三十歳は、オバサンのイメージがあった。
自分がどんなオバサンになっているかなんか想像できなかった。
それは周りも同じで
三十歳の自分への手紙!?
十五年後!?
ずいぶん先!!!
と、みんなで困惑していた記憶がある。
だが、美術の先生は言った。
三十歳の時に当時を振り返った時
そのメモリアルエッグを見た時
それはあなた達のかけがえのないものになるだろう、と。
くれぐれも暗号解読表をなくさないようにね、と。
メモリアルエッグ制作から間もなくして、私は大好きな中学校を卒業となった。
メモリアルエッグは自室の棚の奥に並べ
暗号解読表は卒業アルバムに挟み
15年後をひたすらに待った。
(暗号解読表。薄くて分かりにくいと思いますが、確か辰年だったので、気合を入れて枠に龍を描きました。
50音分暗号は作りましたが、作った本人でさえ、暗号解読表がなくなったら本当に読めない。)
中学校が大好きだった私は
中学校を卒業してからもめちゃくちゃ卒業アルバムを見返し
そのたびに、挟んだ暗号解読表を眺め
あと●年………
と、数えた。
あまりにも果てしないように思えた。
成人式の日は、中学校元担任が式場で立志式の作文を返してくれた(多分)。
元学級委員は成人式の後に小学校に代表で取りに行ってくれて
夜、居酒屋でタイムカプセルの中身を渡してくれたんだと思う。
私の地元では、地元全中学校出身者が会場に一斉に集まり
成人式を行った後
夜に各中学校ごとにどこかしらの居酒屋を貸しきって飲み会をすることが習わしだった。
そして、次の日は高校ごとに同窓会が企画されていた。
タイムカプセルに入れた物は覚えていたが
手紙の内容は忘れていたし
立志式の作文も、すっかり忘れていた。
だから、当時の自分はこんなことを書いていたんだなぁと読んでいて新鮮だった。
たかが8年前、5年前でさえこんなもんだ。
私はメモリアルエッグの手紙の内容など
きれいさっぱり忘れていた。
そして月日は流れ、ついに私は誕生日を迎えて30歳になった。
何度も何度も、いっそ今すぐ見てしまおうかと誘惑に負けそうになったこともあったが
なんとか今日を迎えられた。
誘惑に負けなかった私偉い。
アンジェラ・アキが「手紙~拝啓 十五の君へ~」を歌うたびに
私は「手紙~拝啓 三十の君へ~」だよなぁと何度も思った。
メモリアルエッグはめちゃくちゃ堅い。
私はメモリアルエッグを手に、庭まで出た。
コンクリートに思い切り投げつけると
メモリアルエッグの中身が出てきた。
さて、中身は無事だろうか?
手紙はちゃんと読める状態なのだろうか?
手紙は無事だった。
インクが滲んだりはしていない。
しかし本当、解読表がないと、我ながら何を書いているかサッパリ分からない。
そして私の暗号、なんだか深海魚とかエイリアンみたいな不思議な形をしすぎていてかわいくない。
何を考えていたんだ、15歳の私。
しっかり、少女漫画風のイラストと自画像、日にちを書いているあたりは実に私らしい。
私は学生時代から、必ずイラストには描いた日付を添えていた。
2000年2月23日(水)に書いたらしいよ。
解読表によると、こう書かれていた。
【趣味の世界でいいから、絵を描き続けたい。】
【どんな時も優しさを失わない人になりたい。】
………あぁ、すごく私らしいなぁと思った。
絵が好きだった。
ずっと絵が好きだった。
まさか高校以降
絵より詩が主体で創作するようになるとは
中学時代は思いもしなかった。
それでいて
アラサーになってから描いた絵が
アイドルのCDジャケットや歌詞カードに起用される未来が待っているとは
全く思わなかった。
そして、私は常に優しい人になりたくてたまらなかった。
自分が優しくないと知っているから
優しい人にいつもなりたくてたまらなかった。
それは今でも、変わらない。
人間、根本は変わらないな。
涙ぐみながら当時の私の手紙を読んだ後
私は他の中身にも目を移した。
中には、手紙を持って佇む女の子ベアの人形と紫色の天然石を入れた。
手紙の人形には、手紙が好きな自分を重ねたので入れた。
紫色の天然石を、当時宝物のように思っていたので入れた。
あと、単純にフィルムケースは小さくて入れる物が限られていた。
自分と友達からの手紙も入れたら、いっぱいいっぱいだ。
暗号解読の後は友達からの手紙を読んだ。
手紙は二通。二人からだ。
まず、親友からの手紙にはこう書いてあった。
【ともかにはたーーーーーくさん世話になったねぇ。私は迷惑ばかりかけたね。ごめんね。】
そんなことないよ、と私は言う。
私を親友と呼び、支えてくれたのは、紛れもなくあなただった。
【ともかは福祉関係の仕事についている!】
うん。ついた。
入職した場所に三十歳になってもまだ働いている。
当時は高齢者福祉に行きたかったけど
障害福祉分野で働けたよ。
【私達は結婚してるかな?子どもいるかな?】
うん、あなたは順調に結婚したね。
私は………うん、まさかの婚約破棄したよ(爆)
【いつか会おうね。そして語らおう!】
この時、親友はまだ知らない。
私達は高校や大学がバラバラになっても友情が途切れず
遠方に親友が引っ越してもなお
定期的に30歳になっても会っていることを。
読んでいて微笑ましくなった。
手紙は一部抜粋で実際はもっと色々書いてあり
懐かしい気持ちになった。
あの頃の夢や好きなものが書いてあった。
変わらないものもあれば、変わったものもあった。
お互いに、だ。
二通目の手紙は、同じグループの子から。
【あなたは結婚しているでしょう。グループ三人の中で一番幸せな家庭を築けていると思う。】
すまん、してない(爆)
【大人になった時も私達はアイコンタクトができるのかな?】
はい、できています。
私達は共に心理学を大学で学び、大学卒業後、他施設ではあるが障害者福祉施設の同じ事業に入職しました。
社会人になってから恋や仕事の悩みや話は
むしろ親友よりできる仲になり
今まではグループでよく会っていたけど
20代になってから二人で遊ぶ率がグッと増えます。
彼女も当時は高齢者福祉分野で働きたがっていたけど
まさか大学で心理学専攻して
障害者福祉分野で働くなんて
同じ道を歩むとは全く思っていなかった。
見た目も性格も似ていないのに
選んだ道は、周りの知り合いや友達の誰よりも被っている。
不思議だ。
こちらも手紙は一部抜粋である。
あれから更に時は流れた。
私は2020年に福祉職を辞め、転職活動に入った。
コロナ禍により、親友は一切帰省しないでいる。
親友の住む場所は全国でもコロナ感染者が非常に多い。
未だに連絡は取り合っているが、お互いに再会は当分先になりそうである。
友達は今でも福祉職を続けている為、やはり今は会えない。
利用者への感染リスクを考えると
お互いに会おうとはならなかった。
暗いニュースが続く中
苛々や不安や恐怖や悲しみといったネガティブなことに負けそうになる。
コロナ禍は、人の弱さにつけ込むように
日々私達を試しているようだ。
私は相も変わらずに
毎日願う。
優しい人になりたい。
優しい人でありたい、と。
………………………………………………………………………………
十五の私へ
元気かい?
私は三十代の私。
今でも元気にやっているよ。
今は将来への夢や不安でいっぱいだろうけど
自分に嘘をつかず、直感を信じてほしい。
自分のやりたいことをやりたいようにやると
どこかで道は開ける。
思い通りにいかないことは、それなりに人生でたくさんあって
君は泣いたり苦しんだり
自分の道が分からなくなったりもするけど
そんな君の周りには必ず誰かがいる。
優しい人が、いつだって君のそばにいる。
彼女や彼等は君の力になってくれるし
一人じゃないから、大丈夫。
ただ、君は感情的になりすぎたり
人のことや立場を考え過ぎたり
自分に嘘がつけない故に
時に人を傷つけてしまったり
人間関係で悩んでしまう。
優しさを忘れないでほしいけど
強さも同じくらい、忘れないでほしい。
君が頑張り屋なことを私は知っている。
たくさん頑張ってくれてありがとう。
お陰で今の私がいるよ。
十五の君を、私は今でも誇りに思う。
世界は広いし、未来はすごいよ。
世の中にはたくさんの人がいて、色々な考え方があって
素敵な場所ややりたいことが溢れていて
変わらないものや変わったものもたくさんあって
面白くてたまらない。
暇なんてことはないよ。
中学時代も楽しいけど、大人もすごく楽しいよ。
私は毎日笑って暮らしている。
いくつかの夢は叶わなかったり
まだ夢に向かっている途中だけど
たくさんの夢を叶えてきたよ。
できることも増えた。
夢はまだまだたくさんある。
生きていてワクワクするよ。
私はオバサンになったけど
アクティブなオバサンになった。
若い君に負けないくらいパワフルだ。
未来は君の心次第だ。
いつだってそれを忘れないで。
今できることを、今やれるだけやってみて。
大丈夫。
誰が笑ったり批判しても
未来の私はいつだって
君の一番の理解者で、味方だ。
今でも私は君を愛している。
きっと今の君が私を見ても、この生き方を許してくれると思うよ。
君なら分かるだろう?
私の性格や選択が。
私は今も昔も不器用で
なかなか周りと同じようには生きられないんだ。
理想とはまた違う生き方だけど
私は今、元気で幸せにやっている。
君は褒めてくれるかな。
喜んでくれるかな。
きっと、笑ってくれるって信じてる。
もし君に会えたら、中学時代を頑張って生きる君を、思い切り抱きしめたい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?