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#28 パンについての愛を語る

 1日の終わりを誰かと乾杯して締めくくれたのならそれはしあわせだと。

『しあわせのパン』

 昔から、パンに目がない。だいたいわたしの家では、朝ご飯に出てくるのはご飯7割、パンが3割くらい。どちらかというと、パンの方が好きだった。だから、食卓にパンが並べられた時には、それだけで気がつけば鼻歌を歌っていた。

 香ばしく、焼きたてのパンはほんのり甘くてどこか夢心地になる。マーガリンやらジャムやらが並べられる。わたしはいつも、食パンには隅から隅までジャムをつけていたのでよく父に咎められていた。薄ぼんやりと、自宅で母親がいつだったかホームベーカリーを買って、しばらく家で作っていたこともあったなぁと思い出す(気がついたら埃をかぶっていたが)。

 時には菓子パンが並ぶこともある。食卓に並べられた、さまざまな特徴を持ったものたち。迷いに迷って、家族は思い思いのパンを手に取る。時には争奪戦になることもあった。ありふれた、朝の日常の光景だ。ついこの間の出来事のように思えるが、繊細な記憶は遥か彼方に追いやられてしまった。

 幼い頃に見た映画で忘れられないワンシーンは、『ティファニーで朝食を』の冒頭部分。主人公であるホリーが、コーヒーとパンを片手にティファニーのショウウィンドウを眺めているシーンだった。

 最高にかっこよくて、こんな大人になりたいなぁと思ったけれど、実際にニューヨークへ行ってパンを齧りながらティファニーの前へ行った時に、あまりの違和感に思わず吹き出した。なかなか思い通りにいかない世界。

*

ただゆっくりと時間をかけること

 そういえば、自粛期間中には自分でパンを自ら作ったこともあった。イースト菌、強力粉、水、牛乳。強力粉は、コロナ需要でしばらくスーパーの棚には並んでいなかったっけ。作ろうと思ったきっかけは、「しあわせのパン」という映画だった。わたしは、とてもいろんなものから影響を受けやすい。

 東京から北海道の月浦に移り住み、湖が見渡せる丘の上でパンカフェ「マーニ」を始めた夫婦、りえさんと水縞くん。二人が経営するパン屋さんにやってくるお客さんとの、温まる関係性が描かれている。穏やかな生活の中で、彼らの間にある確かな絆のようなものを感じることができた。

 パン作りは、粉とイースト菌と水を混ぜ、一次発酵、二次発酵と行なっていく。初めてパンがふんわり膨らんだ時には、いたく感動した。ああ、自分の手からも何かを生み出せるんだという衝撃。イースト菌の、秘めたる力を考えた。ぱっと見だと単なる粒にしか見えないのに、どこにそんな力があるんだろう。

 夏みかんのマーマレードと同じで、パンをひとつ作るにも非常に手間がかかる。じっくり時間をかけて、次第にその身を膨らませていく。少しずつ、愛しさが生まれ始めるのだ。オーブンを予熱250℃に設定して、じっくり焼き上げていく。その時の香ばしい匂いは、わたしの心を満たしていく。

 パンを作り終えた時に、何事も焦ってはいけないのだという自明の理を、改めて気付かされた気分になってくる。

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誰だって魔法を使えるはず

 パン作りと聞いて、脳裏に浮かぶのは、「魔女の宅急便」に出てくるキキの姿だ。当て所もなくフラフラしている中でたどり着いた、「グーチョキパン」というパン屋さん。ひょんなことからおかみさんに気に入られ、そこで働くことになる。パンを宅配することによって生まれる、さまざまな感情の揺れ動き。

 おかみさんからキキは、空を飛んでパンを届ける役目を請け負ったのだ。海の見える港町で、箒にまたがって飛ぶ彼女のことが何とも羨ましかった。パンを届ける人と受け取る人との間にはたくさんの物語があって。必ずしも、暖かく迎え入れられるわけではない。

 キキが仕事をしていくうちに、自分自身の中にあった正しさが見えなくなっていく。心に乱れが生じたときに、彼女の親友であるジジの声が聞こえなくなる。彼女は人一倍心優しくて、それだけにパンを送り届けた人たちの人生を案じてしまう。誰も彼もがしあわせになるなんて難しいことなのに、願わずにはいられない。

*

 『魔女の宅急便』を観ていると、パンに込められた登場人物たちの愛を感じることができるのです。それと同時に、わたしたちはかつて本当は魔法を使えたのではないかという気持ちになってくる。もしかすると、今も使えるかもしれない。ただ、使い方を忘れているだけで。

 手間暇かけられて作られる工程を持って身をもって体感したことによって、誰かが作ったパンを無性に食べたくなった。

 いっとき、パンとカレーの相性を調べていたこともあったっけ。個人的に、今でも忘れられないのは神奈川の元町にある「ウチキパン」で、そのお店の食パンのふっくらとした感触が今も忘れられないわけだ。 

 イースト菌が発酵するかのように、わたしのパンに対する気持ちも膨らみ続けている。いつか何気ない朝の光景が、自分の作ったパンを頬張ることによって忘れられないワンシーンになればいいな、と夢想している。

 また近々パンを作ろうかと密かに考え、スーパーで強力粉を手に取った。次はきっと、もっと上手く作れるはずだ。


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