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#47 イギリス文学についての愛を語る

 かれこれ8年ほど前になるだろうか。わたしは卒業旅行と称して、イギリスのロンドンにいた。思えば、大学ではイギリスの文化についても学んでいたことがあるし、何よりもビートルズの生まれ育った土地ということもあってワクワクしていた。

 ……はずなのに。わたしが思い焦がれていたイギリスの街は毎日雨が降り、霧が揺らめき、想像よりも陰惨だった。何よりも、ご飯が美味しくなかった。唯一食べられるものは、フィッシュアンドチップス。響きがいいよなぁと思って最初は好んで食べていたけれど、数日も経つと胃もたれするようになった。参ったなぁとほとほと困った調子でビッグベンを眺めた。

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 わたしが大学で専攻していたのは英米文学。これまで読んだ限りだと、イギリスとアメリカの文学は一緒くたにされているが、割と語る方向性の傾向が分かれると個人的には思っている。

※アメリカ文学についての愛は前回記事にて。

 イギリス文学は、当時色濃く残っていた階級制度だとか宗教だとか、より厳格さへの皮肉を込めた作品が多かったように思う。全体的に内省的な部分に触れるような傾向で、少し湿っぽい。それを、実際に憧れていたロンドンの街を歩いたことによって、改めて理解することに。

 ジェイン・オースティンの『高慢と偏見』、姉シャーロット・ブロンテの『ジェイン・エア』、妹エミリー・ブロンテの『嵐が丘』、チャールズ・ディケンズの『オリバー・ツイスト』。いずれも風刺と社会制度に対して疑問を呈するような作品が多かったと思う。自分が置かれた現状に対して、ひたすら抗うかのような。

 わたし自身、どちらかというと自分の生き方だとか考え方だとか思考を深めることが好きだった。ゆえにイギリス文学を読んでいると、ついつい自分の中に潜む精神世界の自分と対面することになる。人と比べられること、高慢であることによって弾かれる感情、異なる立場の人たちとの間に生まれる軋轢。

 比較的イギリスの近代小説に分類される『ハリー・ポッター』シリーズでさえも、そこかしこに階級制度の名残のようなものをちらほら見て取ることが出来るし、生徒一人ひとりが抱えるドス黒い劣等感のようなものも感じることができる。血統に今だに固執する人たち。(これは批判を受ける覚悟で書くが、ハリー・ポッター作品はかなり陰気臭いと思ってしまう)

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 イギリス文学の中でも特に好きだったのは、ウィリアム・シェークスピア、アーサー・コナン・ドイル、ジョージ・オーウェル、サンセット・モーム。今宵はこの4つの作者についての愛を語ろうと思う。

William Shakespeare (1564-1616) 

 シェークスピアは古典と言われているにも関わらず、どの作品もとにかく新鮮だった。人の奥底に巣食う澱んだ感情を掬い取り、それを見事に喜劇なり悲劇なりに転換してしまう。たぶん、シェークスピアが書いた作品は一通りさらったのではないだろうか。

 『マクベス』で何やら怪しい動きをする3人の魔女、『リア王』でしたたかな野心を秘めた長女と次女、身分違いの恋をして最後は悲劇を迎える『ロミオとジュリエット』、父を殺害した叔父に復讐心を燃やす『ハムレット』。挙げ始めると枚挙にいとまがない。

 いずれの作品も機知に満ち溢れていて、さらっと読める。それまであまり物語の展開や登場人物の感情の構成についてあまり深く考えたことはなかったのだが、シェークスピアの作品を読むといやでもその巧みで鮮やかな展開手法に「ブラボー!」と思わず叫びたくなる。

 なお、わたしのおすすめの作品は『夏の夜の夢』。

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Arthur Ignatius Conan Doyle (1859-1930)

 コナン・ドイルは、言わずと知れた『シャーロック・ホームズ』シリーズを生み出した人物である。ホームズとワトソンのコンビは、読んでいて本当に飽きない。宿敵であるモーリアス卿、ホームズを唯一出し抜いた女性アイリーン・アドラー。何とも魅力的な登場人物が満載。

 中でも特におすすめなのは、『恐怖の谷』。1部と2部で構成されていて、前半は事件の概要と顛末について描かれ、後半は事件の舞台について詳細に描かれている。本作品のすごいところは、二重三重の仕掛けがしてあったり、秘密結社という何やら不穏な団体も出てきたりするところである。この事件の黒幕は……これは実際に読んでいただいた方が良いだろう。

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George Orwell (1903-1950)

 オーウェルの作品は、どちらかというと当時の社会制度を風刺するという趣が強かったように思う。特にわたしが驚いたのは、『1984年』である。よもやSF小説の金字塔と言っても過言ではないが、有名なのはもちろん理由があるのだ。

 監視社会における「ビッグブラザー」と呼ばれる独裁者。「リトル・ピープル」と呼ばれ、人々は自ら生き方を選ぶことができなくなっていた。単純に読み解くと、当時の時代背景とも言える共産政権を痛烈に批判していたようにも思えるのだが、これは現代にも通ずる話。本当に未来が見えていたのではないかと思えるくらいの緊迫感に包まれている。

 第三次の世界大戦という設定自体も、決して他人事と思えなくなってきてしまう。オーウェルの他の代表作でもある『動物農場』も、短いながら示唆に富んでいておすすめだ。

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William Somerset Maugham (1874-1965)

 もう一言で表現すると、わたしはこの作品を読んでしばらく長い余韻から抜け出すことができなかった。

 正直言って、主人公であるストリックランドの生き方に賛同はできない。たくさんの人を巻き込んで、自分を愛してくれた人さえも置き去りにして。彼の友人であるストルーヴェもその人の良さと裏腹に何か慟哭とも呼べる感情を読み取ってしまう。

 自分の中にある抑えきれない、それでいて耐え難い情熱によって突き動かされている。なんだ、これは。肯定したくはないが、これがもしかすると人の生来の生き方なのではないか。迸るものに抗うことなく、まるで獣のようにうねりを伴いながら突き進んでいく。

 「夢は一瞬で消えた」

 という言葉が、今でも頭から離れないのだ。人に恥じない生き方、ではない。自分に恥じない生き方。くう、悔しいけれど、わたしはストリックランドの生き方に多かれ少なかれ影響を受けている。

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 自分の中で血となり肉となった作品たち。英米文学を読む前までのわたしは、それまで差別だとか偏見だとか自分の生き方だとかに真面目に向き合ってこなかったように思う。日本以外の作品に触れ、物差しが確実に広がった。わたしに新しい世界を見せてくれるモノ・コト・ヒト。これこそが、愛を感じうるべき対象になるのだと最近ようやく気がついた次第だ。

 ありきたりで平凡な日常なんて、つまらない。わたしは、私の大切にしたいと思うものを身に刻んで、これからも生きていく。


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