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#9 桜についての愛を語る

 ハラハラと散りゆくピンク色の花びらをそっと拾って「風流だねぇ」と嬉しそうに呟く彼女の姿が、頭から離れない。麗かで優しさに包まれた季節を脳裏に刻みながら、そっと目を瞑る。平穏な日常が、そっと寄り添っている。一斉に花びらが舞う景色は、たとえ必然性を伴って造られた世界だとしても、関係ないと思った。

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 春の季節は気温も程々の暖かさなので、四季の中でも好きな時期なのだが、唯一のわたしの天敵と言っても過言ではない花粉が悪さをする。その訪れを歓迎して良いかどうか、これまた微妙な感じである。花も動物も活発的になる、景色は次第に色づきを増していく。

 出会いと別れがほぼ同時期にいっぺんにやってくるというのも、その感情の複雑さを体現していることの一つかもしれない。いずれにせよ、梅の花の香りが微かに漂い始めた後にやってくる桜の開花の時期ほど、わたしの心を奮い立たせるものはないのである。花粉に打ち勝て、と。

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桜のはじまり

 先日最終回を迎えた「ミステリと言う勿れ」で整氏が、ソメイヨシノは一本の接木から始まったクローンという表現をしていたが、なるほど言葉の表し方によって物事は全く異なる見え方をするんだなとしみじみ思った。ちなみに、最近の研究によると上野のソメイヨシノが全ての始まりという説が出ているらしい。

 桜はもともと意味を辿ると、「サ」と「クラ」という二つの音に分かれるそうだ。「サ」は、穀物(稲)の精霊を表し、「クラ」は神が座す場所という意味を持っている。つまり、桜とは冬の厳しい季節を乗り越えて最初に穀物の精霊が座る場所という表現につながる。なかなか昔の人たちは粋な名前をつけたものだ。

 実は桜の種類は割とたくさんあるのだけれど、日本にある桜のほとんどがソメイヨシノ(染井吉野)という品種だ。ただこのソメイヨシノは登場したのはここ100年くらいのことだそうで、それ以前は日本各所でさまざまな桜が植わっていたそうな。だから昔の人が見ていた桜は、地方によって見えていたものが異なっていたということになる。人の数だけ、桜がある。

 開花してから枯れるまでの期間もバラバラだったそうで、だいたい1ヶ月間くらいは花見を楽しむことができたらしい。ただソメイヨシノはご存知の通り一斉に花開き、1週間程度で散りゆく儚い命。その命の短さに、人は奥ゆかしさを感じる。そう、誰かがイメージとして練り上げた「桜は儚い」という概念そのままに。

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貴方がクローンだとしても

 いくつもの年を重ねても、貴方がたとえクローンだとしても。

 何かSF小説に出てきそうなセリフ。依然として、わたしがソメイヨシノが持つ「儚さ」への秘め行く思いは色褪せることはない。一斉に咲いて、そしてほぼ同じ時期にほろほろとその可憐なピンク色の花びらを散らす。その姿は、不思議と人の人生の在り方を考えさせてくれる気がする。

 大学に入学したばかりの頃に参加した、新人歓迎会のことを今でも時々思い出す。もう以前のように揺れる桜の下で、お互いを預かり知らぬ人たちとお酒と小料理を囲みながら話す姿を見ることはできないのだろうか。あれは春の季節特有の風物詩だった。

 改めて振り返ると、不思議なものだなあと思う。春を象徴する桜の下で、一緒に食事するだけで初対面の人とでも仲良くなってしまう。話すことに疲れた時には、ふっと空を見上げて「それにしても綺麗な桜ですねぇ」と言えば、相手から共感を引き出すことができる。

 日本で生活している人であれば、「桜」はお互いの共通言語として成り立ってしまう。たとえ、お互いが異なる環境で生活し、異なる価値観や考え方を持っていたとしても。微妙な距離感も吹っ飛ばしてしまうくらいの、強い力を秘めている。

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風は吹き、髪が靡く

 昔、当時仲の良かった友人と一緒に桜並木を歩いた時のことを思い出す。桜の花びらが舞う中で、差し込む光の美しさを思い出した。ゆったりと、時間が止まったように地面へヒラリと落ちる。

 その瞬間、わたしは息が止まったようにハッとする。あと1週間もすれば花びらはすべて散り、次の季節に向けて緑色の葉を茂らせる。当然のごとく、変化を止めることはない。風が吹き、髪を靡かせる。

 まるで桜並木はひとつの共通した生命を持て余すかのごとく、ほぼ同じタイミングで体を震わせる。自分たちの存在を誇張するかのように。

 桜がわたしの生きる日常に華やかな色を一瞬もたらし、消えていくということにふと寂しさと愛おしさを感じた。これはもしかしたら、自分が愛を何かに対して感じるような原理にも似ているのかもしれない。

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 永遠に続くものなんて、存在しない。常に物事は回り続けていて、自分の中の細胞は毎日少しずつ生まれ変わっていて。気がつけば次の日になると、昨日とは全く違う人間がそこにいる。

 変わらないものなんて、この世にはあるのだろうか。人の感情も移ろいゆく。「風流だねぇ」と言った友人のことを思い出す。彼女は、今でも元気に暮らしているだろうか。今も矯めつ眇めつ、彼女なりの表現方法で桜を見ているのだろうか。またいつか会えたなら、彼女に愛とは何かを聞きたいと思った。

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