#26 小樽についての愛を語る
先日の「#25 札幌についての愛を語る」の続編。
早朝5時40分、照らす朝日
結局ずっと札幌滞在して一通り見回ったために、急遽小樽へ行くことを思い立つ。5時40分、そっと宿を飛び出した。人はまばらで、昼間とは打って変わった静けさである。時折、車が横を通る音がするだけだ。道路には、我が物顔をしたカラスが人の生活の痕跡をつついている。
空気が澄んでいた。その時初めて、札幌の街もなかなか悪くないと思った。あたりを見渡して、深く呼吸をする。息が白くて、指が冷たい。春だと思って油断していた。ピンと張りつめた空気が、あたりを覆っている。バッグの重さが肩にのしかかっていた。6時9分の電車に乗り、ゆるやかに車両は発車する。修学旅行以来、久しぶりに降り立った小樽は磯の匂いがした。
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ショートトリップ3日目
せっかくなので、朝ごはんにウニ丼を食べようと思って調べたところ、駅近くにある三角市場はあくまで観光客向けらしい。ネットを漁ると、駅から少し離れて10分ほどの場所に、知る人ぞ知る市場の存在があることを知る。
その名も、鱗友市場という。早速、朝の散歩がわりに歩いていく。中に入ると、かつての築地市場を思わせる雰囲気であった。ちなみに、Google先生の話によると市場で買ったウニはそのまま近くにある朝市食堂でご飯セットと一緒に食べられるとのことだったが……。
残念なことに、コロナの影響でご飯セットがなかった。しかも、ウニも時期的にはもう少し後であるとのこと。無念。誠に、無念である(泣)。積極的に呼び込みをしていたおじさんも少し申し訳なさそうにしていて、逆に心が痛んだ。
結局朝市自体も、玄人向けかと思いきやなかなかの繁盛店だったために、待ち時間が発生していた。気の短いわたしは、その時点でさっさと爽やかな朝ごはんを食べるという夢を諦めて、次の場所を目指す。
とはいえお腹が減っていたので、オマール海老のビスクコロッケなるものを買った。1個当たり60円とは掘り出し物を見つけた気分である。
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いざ、小樽の最果てへ
次に目指したのは、言わずと知られた「鰊御殿」である。
2日目に続いて、長い道のりだった。後でスマホの万歩計機能を見てみたら、2日目も3日目も4万歩程度歩いていた。我ながら、やはり北海道を散策するには足が必要であることを実感(もう耳にタコができるくらい繰り返している)。次は、絶対初夏の時期に富良野へ行って、ラベンダーを見にいくのだ。ちなみに近くに水族館があるが、鰊御殿までくるとぼんやり上から見下ろせる。
普通にアシカが自由に飛び跳ねている姿を目撃した。なかなか優雅なものである。近くには灯台もあって、そこから眺める景色は雄大だった。昔から何故か灯台が好きで、遠く船からのランドマークとして浮かび上がるそのシルエットに、異常な興奮を示していたのである。
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鰊御殿を見たら「にしん」が食べたくなる件について
鰊御殿で大儲けした人の話を聞いたら、自分が空腹だったことをつと思い出した。実は、あらかじめ「にしん」を食べられるところに関して目星をつけていた。その名も、「民宿 青塚食堂」なる場所である。
開店すぐにお店の中に入ったが故に、店内にいるのはあくせくよく働くおばさまたちだけであった。通された席に座ると、おばちゃんが早速やってきて「これメニューだよ」と置いていく。何にしようか迷っていると、果敢にセールストークを仕掛けてくる。札幌とはまた違った雰囲気だなぁとぼんやり考えた。
何か牧歌的な空気が流れているのだ。本当は特大にしん焼き定食にしようとしていたのだが、おばさまの口車に乗せられるまま、気がつけば特大にしん焼きスペシャル定食を注文していた。「スペシャル」がつくだけで、不思議と特別感が増す。ちなみにスペシャルにすると、刺身がついてきた。確かにお勧めしてくれただけあって、新鮮な味わいが口中に広がる。
何よりにしんの身が弾力があって、美味しいこと……!ひと口食べた瞬間の夢見心地な心境は、なんとも筆舌にし難い。ししゃものような卵がぎっしり詰まっていて、口に入れるたびにプチンと弾けるのだ。「うわぁラリホーふっくら美味し〜!」と訳わからない言葉を口走って、きっとおばさまから怪訝な目で見られていたに違いない。
つい先日金曜ロードショーで放送されていた『魔女の宅急便』において、おばあちゃんが作ってくれた「にしんのパイ」を孫娘が断るシーンが出てくるのだが、彼女はにしんの底深さをきっと知らなかったに違いない。もし知っていたなら、あんなつれない態度絶対に取れない。もう、おばあちゃんにも「にしんパイ」にも足を向けて眠ることができないはずだ。
けしからん、けしからんよ!キキの嘆きが聞こえてくる。
カレーもそうだけど、未知の味、極上の味わいに出くわすと、不思議なことに本当に腹持ちするのである。結局開店直後の10時にご飯を食べたにも関わらず、夜になってもお腹が空かなかった。小樽で有名な「なると」で若鶏半身揚げを食べようと思っていたのに、全くお腹が減らなかったために結局何も食べずに帰る羽目となった。(帰りも1時間かけて駅へ戻る)
気がつけば、山本コータロー&ウィークエンドの『岬めぐり』を口ずさんでいた。沿岸線をぶらりぶらりと歩く。特に決まった時間もないから、途中で良さそうな場所があれば写真を撮り、疲れたらコンビニでガラナジュースを買って、これから先のことをなんとはなしに考えた。
窓に広がる、青い海よ。悲しみ深く胸に沈めたらこの旅越えて、街に帰ろう。おもむろに涙がこぼれそうになる。危ない危ない。倍賞千恵子さんがカバーしたバージョンも好き。胸を締め付ける、歌声。
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ゆったり、穏やかに
帰りはゆったりと小樽のお土産屋さんを回った。さすが観光地だけあって、お土産のラインナップに余念がない。石屋製菓の「白い恋人」、ROYCEのチョコレート、花畑牧場の生キャラメル、六花亭のバターサンド……。何もかもが揃う場所だった。
夕方になるまでブラブラしていたら、思いがけない出会いもあって。vivre sa vie - 「あなたの人生を生きる」。何気なく入った雑貨屋さんは思いのほか童心を思い起こさせるようなアイテムがそろえられていて、ぬくもりを感じた。結局閉店まで粘って、家族へのお土産として一冊の本とレターセットを購入。見て回るだけで、楽しいお店だった。
それから近くにある酒造店で試飲をしたところ、思いのほか酔いが回ってしまった。飲み過ぎは、よくない。とりあえず無料で飲み過ぎてしまった罪の意識から逃れるために一升瓶とお猪口を購入。
そのまま再び札幌へ戻る電車へ飛び乗った。北海道の歴史もダイジェストで知ることができたし、お酒も鰊も美味しかった。かつて運河を通して、汗水働いていた人たちのことを考える。彼らの思いは今も脈々と子孫に引き継がれていて、何だか尊いなと鈍い頭で考える。
きっとそこには、開拓のために訪れた人たちともともと北海道に住んでいたアイヌ民族との諍いもあったに違いない。それでもこうして平和に、美味しい食事とともに旅ができることに対して、ただただ喜びと愛を示したくなった。
3回にわたり、最後までお読みいただいた皆様、ありがとうございました!かしこ。
故にわたしは真摯に愛を語る
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