#35 発酵についての愛を語る
ふぅーっと、思わず軽いため息を漏らした。少し肩の力を抜きたいなと思った時には、仕事帰りに大体近くのスーパーへふらっと立ち寄る。近頃のマイブームは、乳製品エリアで丸い箱に敷き詰められた6Pのカマンベールチーズと白ワインのボトルを買って、家でまったり過ごすこと。チーズは手元にあるバーナーで軽く炙る。これだけでも、全く風味が変わる。
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今宵愛を語る対象は
さて、わたし達の周りには気をつけて見てみると、発酵によって作られたものが驚くほどあることに気が付きます。例えばワインもチーズも発酵でできた食品だし、思いつくところだと味噌、醤油、パン、日本酒、納豆などなど。
あげ始めると、キリがなくなります。普段は意識しておらずとも、改めて今回発酵によっていかにわたしの生活が成り立ってくれるか教えてくれたのは、瑜伽さんのぬか漬けに対する愛を綴った記事でした。
前からぬか漬けは「Bucket List」の中に入っていたのですが、なんせ毎日のようにかき混ぜなければならない、というハードルの前に半ば心が砕かれそうになっていたところでした。今はどちらかというとベランダで育てているハーブを育てることに手一杯ですが、落ち着いたらやりたいなと思っています。
瑜伽さんご自身も、どうやらキャンプへ行ったことにより数日かき混ぜることを怠った結果、ぬか床がドロドロになってしまった模様です。記事を読んでいて、ああこれは毎日怠らず、愛を示し続ける必要があるのだな、と妙に納得した次第。
プチトマト、カブ、人参、ズッキーニ。なるほど、おすすめの漬物を紹介してもらうと、全て美味しそうな気がしてきます。菌活って何かテレビで見たような気がしますけど、ヨーグルトと比べると確かに体が冷えないイメージ。そして何より、ヘルシーな気がしますね。
はたと記事を最後まで読み終えた時に、なんとなく自分の中で沸々と湧いてくるものがあり、早速図書館で発酵についての本を借りに。思えばカレーを作り始めてから、発酵食品との相性の良さに気がついていて、その頃からきちんと勉強したいなと思っていたので良い機会でした。
ちなみに二つ目の本は他にもワインなどのシリーズも出ています。とにかくイラストが可愛くて、まるでアートブックのような装いなんです。学習できることはもちろん、加えて独特の世界観に引き込まれること間違いなしです。ちょっと、話が逸れてしまいましたね。
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発酵と腐敗
発酵は、顕微鏡でないと知覚できない微生物たちの力によって成されます。わたし達の体の中にも微生物は存在していて、100兆個の微生物が存在しているそうです。もうそこまで行くと神秘というか、何か崇高なものに自分の体が守られているような気がしてくるから不思議です。
微生物がなんらかの化学反応に伴って行われるものが、発酵です。これは人にとって好ましい活動のことを指すわけですが、逆に人間にとって好ましくないと思われる際に使われる言葉は何かというと、「腐敗」となるわけです。こんな風に、人独自の視点で言葉が決まるのも何だかおかしいような。
食中毒についても一概には言えないですが、微生物によってもたらされたものも多くあります。実はフグの毒というのも、藻類と呼ばれる微生物が作った毒を、フグが食べ物と一緒に摂取して、自分の体の中に溜め込んだものらしいです。そう考えると、本当に微生物は人を救いもするし殺しもする。厄介な生き物だと思うわけです。
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発酵の有用性
発酵でイメージしやすいのは食料品ですが、その他にもさまざまな産業で微生物たちは活躍しています。例えば紙になる前には樹皮を数ヶ月水に浸けて発酵によって繊維を取り出していますし、陶磁器においても割れにくい構造を作り出しているのは発酵によって土の性質が変わったからなんですよね。
昨今だと、SDGs(持続可能な発展目標)が叫ばれるようになりましたが、そのうちのいくつかの課題に対して、解決する手立てとして脚光を帯びているのが「発酵」らしいです。
有機料は食糧に生まれ変わり、枯渇が危ぶまれているエネルギー業界においては、生ごみを再びメタンガスに変え、再利用する道筋も生まれ始めている。微生物はわたし達がよりよく生きるために、なくてはならない存在になってきています。
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微生物へ敬礼
今夜もチーズとワインをお供に、こうしてつらつらと文字を書き連ねています。その間、ふと頭をもたげたのは自分の中にいる数えきれないほどの微生物たちの存在。彼らはわたしが明日再び目を覚ました時には、かなりの数がそっくりそのまま生まれ変わっていることでしょう。
そう考えた時に、自分の中に存在する見えない生物たちのことをよくよく考えるわけです。彼らは、いったい何を考えているのだろう。彼らの働きによって、わたしは明日も新しい朝を迎える。まるで、生まれ変わったかのような面持ちで。
決して目に見えないけれども、共に自分の人生を歩んでいる彼らに対して、敬意を払いたくなるわけです。それと共に密やかな愛しさも芽生え始めています。この先もずっと、おそらくは死んだ後も、彼らとは同じ時間をゆっくりと過ごす相棒であることでしょう。
わたしも、じっくり自分の中にあるこの感情を醸成していこうと思いました。果たしてこれが「発酵」としての愛になるのか、「腐敗」としての毒になるのかわからりません。ただ、わかっているのはおそらくこの先もずっと、この感情を抱えることになりそうだ、ということです。
どうか皆様これからも、健やかで。引き続き美味しく楽しい人生を、提供してもらえれば幸いです。
故にわたしは真摯に愛を語る
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