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「中嶋幸治 横たわろう、通過せよ」作家による作品解説③

 シグアートギャラリーでは10月12日まで「中嶋幸治 横たわろう、通過せよ」を開催中です。今回の展示では青森県平川市出身・在住の美術作家であり「介護者」、「りんご農園手伝い」である中嶋が、写真や鉛筆によるドローイングによって試みた表現が展開されています。東北では初の個展です。

 noteでは展示会場で配布中の冊子の内容を、会場の写真と共にご紹介していきます。こちらの記事では、中嶋の作品のうち《Cast a cold eye On life, On death. Horseman, pass by!》の解説を掲載しています。

 《Cast a cold eye On life, On death. Horseman, pass by!》は2018年から制作されています。2枚のアクリル板で覆われた写真とたくさんのオイルパステルによるドローイングから構成されており、中嶋が、北海道と青森を往復する日々の中で掴んだ、ひとつの祈りの形のような作品です。この作品の背景には何があるのか、ぜひお読みください。

「中嶋幸治 横たわろう、通過せよ」会場で配布中の冊子
「中嶋幸治 横たわろう、通過せよ」会場で配布中の冊子


《Cast a cold eye On life, On death. Horseman, pass by!》
昇華型熱転写方式、アクリル板、オイルパステル、紙
2018年~



《Cast a cold eye On life, On death. Horseman, pass by!》展示風景


2018年、5月の長い連休が終わった後、北海道神宮境内にあるモクレンの木を眺めていると「もう終わりの頃だね」とつぶやく声が聞こえてきた。「まだ終わってないよ……。」と、立派な樹皮を見つめながら心の中で抵抗する自分がいた。命を削った後の破片を踏みつけるような日々を過ごす中、静かな場所で木を眺めていようと決めて勇気を振りしぼって出かけただけなのに、物語の始まりと終わりは人間の尺度でしかないことの当然さに憤りを覚え、なぜかわからないが、翌朝から毎日ここで走ろうと決意した。


《円山山頂付近》昇華型熱転写方式、アクリル板 2018、作家蔵

ちょうどその頃、インターネットを通じて知り合った英文学研究者Aさんからイギリスやアイルランドの文化を教わっていた。Aさんはご自身が抱える重い病と向合い、そして自らの回復よりも人の幸せを常に願っているような方だった。その姿勢に感銘を受けたわたしは、祈り方、走り方、それと何かを学ぶことに対しても自信を持てるようになっていった。

《北海道神宮境内のモクレン》(部分)昇華型熱転写方式、アクリル板 2018、作家蔵

Cast a cold eye
On life, On death.
Horseman, pass by !
 
 
アイルランドの詩人 イェイツ、William Butler Yeats, (1865–1939) のUnder Ben Bulben [1]という詩がある。いつの頃からか、この詩の最後の3行を黙読しながら走るようになっていた。通り過ぎる者や流れて行く風景を見送るような視線が、ふと腑に落ちたような気がしてたまらなかったのだ。冷たい目、生と死、騎馬、過ぎること、アイルランド。—­—走り始めて3ヵ月目、母が病に倒れたと知らされる。北海道と青森を往復する日々が始まる。
 
  [1] 高松雄一編 『対訳 イェイツ詩集』(岩波文庫、2009)

《Cast a cold eye On life, On death. Horseman, pass by!》展示風景


この頃から制作の仕組みを変えた。バスや新幹線の車内、出先の空き時間で絵を描き続けた。山を走り、朝昼晩と働き、津軽海峡を何度もまたぎ、無我夢中で駆け抜け、あっという間に手術当日の朝を迎える。術後の面談では摘出した腫瘍に触ってみませんかと医師に促され、おそるおそる触れる……。手術を終えた母に声をかける。窓辺に差し込んだ夕暮れの光がきれいで、見せてあげたくなってカーテンを開ける。「まぶしい苦しい、閉めて」と言われてはっとする。

《Cast a cold eye On life, On death. Horseman, pass by!》展示風景


A4サイズの紙を2つに折り、片面にオイルパステルをあてる。折り畳む。この手順を繰り返して延々と描く。折り畳んだまっさらな面にオイルや色素が滲む。記憶の中の血肉の感触、カーテンと光、祈りをつかもうともがいていた頃の光景が混ざり合う。紙の滲みと同じように、ひとは気を抜くと移ろいの中に身を投じて一方的に意味/無意味をこしらえるのだろう。


祈りはうつるのだろうか。届くものなのだろうか。何もわからないまま冷たい目を持つことにして絵を描き、走り、詩を黙読している。
 
 
 
——「物語のかけら」展に寄せた文 (2018年11月)を2022年9月改編した。 ——この制作は現在も進行中だが、経由地を長崎の平戸と中国〜欧州(それぞれハクモクレン由来)、終着点をアイルランドに定めている。


《Cast a cold eye On life, On death. Horseman, pass by!》展示風景

 

この他の作品についての解説は別の記事でご紹介しています。ぜひそちらもご覧ください。

●noteでご紹介している中嶋幸治の作品の一部をオンラインショップで販売中。こちらからぜひご覧ください。
作品をお買い上げのお客様には解説冊子をプレゼント致します。

☆シグオンラインショップ → https://cyg-morioka.stores.jp

 
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 ● 開催概要

「中嶋幸治 横たわろう、通過せよ」

・日時:2022年9月17日(土)ー10月12日(水) 10:00–19:00 会期中無休
・入場無料
・会場:Cyg art gallery(シグアートギャラリー)〒020-0024 岩手県盛岡市菜園1-8-15 パルクアベニュー・カワトク cube-Ⅱ B1F
展示特設ウェブページ(Cyg art gallery Webサイト内)



 青森県平川市 (旧平賀町) 生まれ、在住の美術家、中嶋幸治の個展を開催します。中嶋はこれまで紙や写真を繊細に扱った表現を展開しながら、主に私家版でつくる書籍の編集・出版、展覧会の案内状デザインなどでも活躍してきました。
 中嶋の作品に通底するテーマとして「人の痕跡の記録」や「移動」を見出すことができます。またどの作品も、視覚的な美しさもさることながら触覚的な魅力を備えていることも特徴です。
 今回の展示では、眠る、休む、病に臥せるなど、「横たわる」ことで見える視点と、風や渡り鳥が一方から他方へと流れ「通過」する視点、その二つをテーマに据えました。介護のため、長く拠点としてきた札幌からの帰郷を経た中嶋が、ドローイングや写真の新作を中心に発表する、東北では初めての個展となります。ぜひご高覧ください。

●展示によせて・中嶋幸治の言葉

 私は身も心もぼろぼろだった頃、祈りとは何なのかという疑問を抱えながら一心不乱に走っていたことがある。低山の山頂と麓にある神社を100度の往復を目指して3カ月間1日も欠かさず走っていた。治癒をつかみとろうとしていたのだろう。ある時、遠方で暮らしている母が病に倒れ、手術を終えた後の面談の場で袋に入れられた肉腫を担当医から受け取り、たったいま母の体の内側から分離された生死を分かつものに触れ、幾重にも重なった複雑な感触に打ちのめされた。この出来事は走ることもつくることもケアに対する考え方も一変させたと思っている。
 
 その後、Covid-19によるパンデミックが世界中に深刻な被害をもたらし、私自身も遠く離れた故郷との往来が困難になる中、今度は父が病に倒れた。帰郷後、介護や求職や制度に連なる社会構造のひずみと正面から向き合う事態が続いている。このような定点において、個人的な事情を反映する表現に寄り掛かり、支えられていることを実感しつつ、つくることがすべてであってほしいと願う日々がある。
 
 頭上を渡鳥が飛び交い、飛行機が通り過ぎる。やってくる者、立ち去る者、向かう者を想像する。顔をあげて手を振る。清々しさに少しのさみしさが混じる。「横たわろう、通過せよ」はきっと、ここで意志を失わないようにするためのさえずりであり、生存を確認するための声なのだ。


● 作家プロフィール 中嶋幸治/Koji NAKAJIMA

美術作家, 介護者, りんご農園手伝い. 青森県平川市(旧平賀町)生まれ. 暮らしのなかにあって見過ごしているような光景を観測・提示する試みを行う. 近年は自身の境遇から「立ち止まりながらつくること」を実践するための表現方法を追求している. 2021年帰郷, 在住. 主な展覧会に個展「風とは」(2014, TEMPORARY SPACE, 札幌) 「札幌国際芸術祭2014」(2014, 札幌) など.

[ 個展 Solo Exhibitions ]
2014 [ 風とは ] Temporary space, 札幌
2010 [0m/s] Cafe esquisse, 札幌
2009 [ エンヴェロープの風の鱗 ] Temporary space, 札幌
2008 [ モーラ ] Temporary space, 札幌
2007 [Dam of wind,for the return] Temporary space, 札幌

 [ 主なグループ展 Selected Group Exhibitions ]
2020 [ サッポロ ・ アート さよなら昭和ビル ] CAI02, 札幌
2018 [ 物語のかけら ] 塩谷直美 (ガラス作家との 2 人展) CONTEXT-S, 札幌
2017 [ 分母第 2 号販売会 ・ 特集メタ佐藤-包み直される風景と呼び水-] Temporary Space, 札幌
2017 [ 日本ブックデザイン大賞 ] 秋山孝ポスター美術館長岡 ・ 蔵 , 長岡
2014 [ 札幌国際芸術祭 2014] 「時の座標軸」 札幌大通地下ギャラリー 500m 美術館 , 札幌
2013 [ さよならバグ ・ チルドレンをめぐる変奏 ] Temporary Space, 札幌
2012 [Northern Arts Collaboration “霜月” ] Gallery Monma Annex, 札幌
2008 [ サッポロ ・ アート ] CAI02, 札幌

 [ 出版 Self-published works ]
2017 [ 分母 #2] ( 日本ブックデザイン大賞 セルフパブリッシング部門入賞)
2013 [ 分母 ]
2007 [Packers]
2003-2005 [Zaland]

 [ 主なデザイン業務 Selected desigh works ]
2022 案内状 「光の子ども ーー言葉で描く。 絵で綴る。」 文月悠光 , 久野志乃 , GALLERY MONMA, 札幌
2022 案内状 「紙の仕事」 /馬渕寛子 , 古道具十一月 , 札幌
2020 案内状 「紙の仕事」 /馬渕寛子 , 古道具十一月 , 札幌
2018 案内状 「ふたたび、 花、 傍らに」 /村上仁美 ・ 鈴木余位 , Temporary space, 札幌
2015-2016 案内状 「怪物君、 歌垣」 /吉増剛造 , Temporary space, 札幌 , ( 共作 : 日章堂印房 )
2014-2015 案内状 「水機ヲル日、 ・ ・ ・ 」 /吉増剛造 , Temporary space, 札幌 , ( 共作 : 日章堂印房 )
2013 間奏歌集 「辺境 ・ 故郷号」 山田航 (かりん舎)
2013 すきとおったほんとうのたべもの/古館賢治 (NOODLES131)

 [ ワークショップ workshop ]
2016 Family Art Day in Moerenuma Park! (witart), モエレ沼公園 , 札幌

[ 収蔵、 常設展示 Collection,Permanent exhibition ]
Temporary space, 津軽伝承工芸館 ・ こけし館

Twitter:@Kojinakajima_
Webサイト:kojinakajima.com

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●お問合せ先

Cyg art gallery (シグアートギャラリー)
〒020-0024岩手県盛岡市菜園1-8-15 パルク・アベニューカワトク cube-Ⅱ B1F 営業時間:10:00-19:00
Website:https://cyg-morioka.com
・SNS
Twitter:@cyg_morioka
Facebook:Cyg art gallery
Instagram:@cyg_morioka
LINE:Cyg art gallery(週1回程度配信)


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