記事一覧
和久井清水「楽園の遣い魔」
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『10日午後3時30分頃、札幌市北区の路上で女性が倒れているのを通行中の男性が発見した。女性は三十歳から四十歳で左胸をナイフで刺されており、搬送された病院で死亡が確認された。警察は身元の確認を急いでいる』
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【二週間前】
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「それでね、翔太くんと華ちゃんと三人でおててをつないだの」
杏奈はこの春から通い始めた幼稚園のことを嬉しそうに話す。そのようすは愛に飢えている子供にしか見え
新麻聡「銀行へ行くには早すぎる」
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「……銀行へ行くには早すぎる」
そんな声をわたしが聞いたのは、アイスティーのストローを口から離して、ほっとひと息ついたときだった。
腕の時計に目をやる。そろそろ午後の三時になろうとするところだった。遅すぎる、の間違いじゃないの? わたしはそれとなく背後を窺った。
多くのテナントが入居する複合ビルの一階に、このカフェは店を構えている。建物が角地にあるため、大きなガラス張りのウィンドウを通
柄刀一「午後二時三十分のストレンジャー」
「失礼なこともしてしまいましたが、緊急事態と感じたものですから……」
美希風は慎重に切りだした。
「ここにはもう一人、私たちの目に見えない誰かがいますね?」
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桜の花びらに視界を乱されそうになりながら、榊玲奈はハンドルを握り直した。細い山道を、いつになくゆっくりと右に曲がる。
「うわっ……」
一陣の風が、大量の花びらをフロントガラスに撒き散らしてきた。視界が遮られる。しかも、雨模様でも
第5回北海道ミステリークロスマッチ結果発表
※ 2023年に実施された第5回北海道ミステリークロスマッチの結果を発表いたします。
◆ 2023年第5回北海道ミステリークロスマッチ概要
北海道ミステリークロスマッチとは、北海道在住の作家・評論家有志が企画した短編ミステリー作品(小説、マンガ、評論を問わない)によるコンテストです。
応募原稿につき、参加者(投票のみの参加者も含む)が選評とともに1~3位までを選び、投票。大賞授与作品を決定
既晴「復讐計画」 訳/阿部禾律
Ⅰ 殺意
二年余りかけて徐々に柯仲習は酒を飲む習慣をつけた。
もともと酒は全く飲まなかった。しかし、それは彼女を失う前の事。飲酒という選択は、決して辛い何かを忘れるためなんかではない、ただ冷静になりたいからだ。
構想を練るために酒を飲む。
構想を練るためだけに酒を飲む。こんな話をしても誰も信じてくれない事は分かっている。まあ、誰にも言うわけがないが。事実、彼の最大の秘密だ。簡単に言うと、
根本尚「怪奇探偵・写楽炎『手』」
本作品は現在、文春オンラインの「怪奇探偵・写楽炎シリーズ傑作選」で読むことができます。下記リンクからご覧下さい。
(ねもと・しょう)
漫画家。二〇〇五年より「ミステリーボニータ」(秋田書店)に「衆議院議員 日本一」連載。二〇〇六年より「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)に「現代怪奇絵巻」連載。「月刊プリンセス」に「根本尚の2ページ劇場」連載中。著書に『恐怖博士の研究室 あやしい1コマ漫画屋がやっ
松本寛大「かっこうとかささぎ」
馬鹿みたいな青空と草っ原。新緑がまぶしい。鳥が飛んでいく。
子供があっと声を上げた。おれは首を振る。あれはカササギではない。
カササギが羽を広げた姿を後ろから見ると、揚羽蝶のようだ。実はさほど似ていないのだが、染め分けられたような黒と白の模様に加えて、尾羽が光沢を帯びたように輝いているあたりも手伝って、ほんの一瞬、そう思わせる。少なくとも子供のころのおれにはそうだった。
大学の博士研究員だ
千澤のり子「名探偵になれなくて ――全裸まつりと無名の少女」
一
大学の帰り、あたしはキャンパスのすぐ近くにある東池袋四丁目駅から路面電車に乗った。
通称○○○○電車といって、昔は荒川線と呼ばれていたが、今は何とかライナーという。車両は一つ。路線バスみたいに、前方の乗車口から乗って、運転手さんに定期を見せるか、電子マネーや現金で運賃を支払う。座席は、前方は一人がけの優先席、中央は車両の側面にそって、横長の座席が向かい合わせに並び、奥は二人がけの席が両端
和久井清水「尼ヶ紅」
これは僕が、名作『尼ヶ紅』の誕生する過程を目撃した時の話。
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敬愛する泉鏡花先生の弟子になって一ヵ月。僕は大学の授業が終ると、脇目も振らず神楽坂の先生のお宅へ行き、玄関横の三畳で執筆に勤しみつつ、弟子としての仕事をこなしていた。「それにしても」と、僕は筆を置いて、まだなにも書かれていない原稿用紙に肘をついた。
牛鍋屋の社長、佐々山の若い妻が家庭教師と心中したかに見えた事件を、鏡花先生は
新麻聡「オトシモノ ~地図と手袋~」
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改札を抜けると、あたりの様子が一変していた。
目を疑った。記憶にある風景と、まるで違う。
わたしの前には、頭上の高架線とクロスするように、一本の広い道路が走っていた。片側二車線の双方向道路で、中央には芝を敷いた分離帯がある。そういう時間帯なのか、多くの車が左右に疾駆している。道路沿いにあるのは、マンションやオフィスビル風の建物ばかりで、あの駅前の賑やかな商店街など影もない。
そもそも
柄刀一「クルアーンの腕」
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気配だったろうか。確かに、聞き慣れない金属音はしていた。しかしこの、なにかと雑然とした熱気のある商店街ではそれも珍しいことではない。ましてすぐ近くが大規模な建築現場であってみれば。この環境の中でなにかを察し、体が、首をすくめるような反射行動をしていた。
大きな影が、頭上から視線の先に向けて路上を走った。金属の板が歪むような、凶悪な音。エンジ色の金属の柱――クレーン車のアームが右側から倒れ
第4回北海道ミステリークロスマッチ結果発表
※ 2022年に実施された第4回北海道ミステリークロスマッチの結果を発表いたします。
◆ 2022年第4回北海道ミステリークロスマッチ概要
北海道ミステリークロスマッチとは、北海道在住の作家・評論家有志が企画した短編ミステリー作品(小説、マンガ、評論を問わない)によるコンテストです。
応募原稿につき、参加者(投票のみの参加者も含む)が選評とともに1~3位までを選び、投票。大賞授与作品を決定
第3回北海道ミステリークロスマッチ投稿作公開#3 新麻聡「巨人の国へ」「わたしはもう死んでいる」
第3回北海道ミステリークロスマッチ投稿作公開も第3回目。今回は新麻聡「巨人の国へ」と松本寛大「わたしはもう死んでいる」の二作をお送りします。
ある編集者のもとに高名な作家から依頼していないはずの原稿が届くという発端からめくるめく推理が広がる「巨人の国へ」と、2021年春(執筆当時)という「いま」を切り取った「わたしはもう死んでいる」は、二作同時に第三回大賞に輝きました。どうぞお楽しみください。
松本寛大『わたしはもう死んでいる』
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「あのころほどじゃないですけど、いまでも、もう死んでいるっていう感覚が抜けなくて。前に自殺しようとしてミスっているのが、ほんとうはミスらなかったかもしれないっていう。双極性障害はだいぶましになっているはずなんですよ。妄想だっていうのはお医者さんにもいわれたし、それはわかっているんです。でもやっぱり抜けない。みんなこの話気持ち悪くないですか。続けていいですか。で、おなかもすかないし、食べた気も