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第4回北海道ミステリークロスマッチ結果発表

※ 2022年に実施された第4回北海道ミステリークロスマッチの結果を発表いたします。


◆ 2022年第4回北海道ミステリークロスマッチ概要

 北海道ミステリークロスマッチとは、北海道在住の作家・評論家有志が企画した短編ミステリー作品(小説、マンガ、評論を問わない)によるコンテストです。
 応募原稿につき、参加者(投票のみの参加者も含む)が選評とともに1~3位までを選び、投票。大賞授与作品を決定します。
 企画時は札幌在住作家中心のコンテストでしたが、回を重ねるにつれ投稿者は全国に広がっていきました。今回も本州在住作家や台湾出身作家が参加する運びとなりました。
 4回目を迎えた2022年の応募作品は8作。投票の結果、既晴「復讐計劃」が大賞を受賞しました。


◆ 投票結果

1位 16票  既晴 「復讐計劃」
2位 14票  柄刀一「クルアーンの腕」
3位 11票  深津十一「不一致」


◆ 参加作品・執筆者(投稿受付順)

新麻聡  「オトシモノ ~地図と手袋~」
柄刀一  「クルアーンの腕」
和久井清水「尼ヶ紅」
深津十一 「不一致」
根本尚  「手」
千澤のり子「名探偵になれなくて――全裸まつりと無名の少女」
既晴   「復讐計劃」
松本寛大 「かっこうとかささぎ」


◆ 代表の言葉:柄刀一

 クロスマッチにおける表彰は今回ついに、異なる要素がお互いの境界線を越えて交じり合うという意味合いにおいて国家間のクロスオーバーとなった。ちょっと大げさだが。しかし、大賞作が国の境界線を跨いだ先に誕生したのは事実だ。喜ばしい。台湾ミステリー作家の既晴さんは、翻訳という大きな手間を惜しまずに投稿し続けてくださった。しかも、どれも間違いなく力作。それが今まで受賞できなかったのは、このコンテストの競争率の高さを物語っているだろう。
 冒頭に、〈異なる要素〉との定義の引用を載せたが、それは必然的に個人間で生じるミステリー感覚や表現方法であって、ミステリー愛そのものは、どこであってもまったく変わらない。その思いの丈である創作物が、刺激的に、友好的にシャッフルされていくことをメンバーは願っている。


選評:深津十一

1位: 「復讐計劃」
2位: 「クルアーンの腕」
3位: 「尼ヶ紅」

【選評】
 上位5作はすんなり決まったが、そこから3作品に絞り込み順位をつけるのはかなり難しかった。悩んだ結果、中盤まではスタンダードな倒叙物の展開として楽しむことができて、後半に提示される想定外の状況に驚かされ、最後に明かされるアクロバティックな真相に唸らされた「復讐計劃」を1位とした。2位は謎の真相と人間ドラマがバランスよく組み合わされた「クルアーンの腕」、3位は現存する文豪作品の誕生譚とミステリーの融合を成功させた「尼ヶ紅」とした。
 以下、選に漏れた理由を中心とした選評を投稿順に記す。
「オトシモノ」は、問題パートで提示される2つの図だけでは真相にたどりつくのはまず無理で、解答パートで提示される図に後出し感があった。「道に迷った理由」と「主人公の行動の目的」という2つの謎の牽引力が弱かった。
「手」は、ミステリーとしての仕掛けは面白かったが、メインの怪奇現象が探偵の謎解きによる再現でしか出てこなかったのが物足りなかった。
「名探偵になれなくて――全裸まつりと無名の少女」は、特殊能力、特殊なライブ、父親の職業などの「普通ではない設定」が都合よく配置されすぎていること、主人公は基本的に事件の解決には関与しない傍観者の立場のままだったこと等から、物語への没入感が得られなかった。
「かっこうとかささぎ」は、ハードボイルドタッチの文体が心地よく、小説としては楽しめたがミステリー要素は薄かった。作中のヒントだけで謎解きの鍵となる「ある行動」に気づくのはかなり難易度が高く、主人公がそれ気づいたのは「彼の過去の経験から」という設定は粗いと感じた。

選評:柄刀一

1位: 「復讐計劃」
2位: 「かっこうとかささぎ」
3位: 「不一致」

【選評】
 どの作品もぐいぐい読めました。
「尼ヶ紅」。シリーズだったのか。狂気へと誘導される様を象徴させる蛇の肝の、生々しい存在感が秀逸。犯人像は、けっこう凝った心理戦よりも、卑俗な動機を反映しているもののようだ。
「オトシモノ ~地図と手袋~」。シリーズだったんだ。目的地が消えてしまう謎を成立させる条件設定にちょっと手間暇がかかっている印象だが、この連作のモチーフを、地図、視覚、錯覚などで統一するという大きな目標があるならば、その意図や楽しみの前には些細なことかとも感じられた。前作と同じく、二次元に人肌感のある推理を加えて浮かびあがる情景がいい。
「不一致」。何気ない愚痴の積み重ねが、相手の死すら妄想させる。そして、妄想の死を現実化させたい男。遂に両者がクロスした時の悲劇性が、重く、痛く、言い知れぬ味を持つ。
「手」。顰蹙を買う多弁を巡る動機が見物。『獄門島』にも登場した戦争後の影。一筋縄ではいかないところが、根本さんらしい作品だ。
 千澤さんの作品は、現代風俗のビート感覚が活きていた。主人公の異能と全裸ライブを結びつけた発想の妙。着衣がないからできる手掛かり入手と、できない推理の、限定条件の目新しさがまた妙。
 大賞は、次の二作で大いに迷った。何気ないタイトルと感じさせる「復讐計劃」だが、〈復讐〉の多層性に一驚。復讐の起点となる過去の事件に曖昧さが残るけれど、ドライバーが出合い続ける島田荘司風の都市的怪異と、倒叙で描かれる復讐プラン。これが形を成したなと思った瞬間に現われる被害者の数が目眩を生む。謎構築の意欲と技術力が高い。
「かっこうとかささぎ」は、文体も渋く、人物設定や構成の完成度が際だっている。人の痛みに届き、希望にも届いている。松本さんが書くべきものは、これか。短編名作の結晶体のようなこの作品より既晴作品にごくわずかな差で軍配をあげたのは、個人の趣味的な感覚の問題だとも言え、ミステリーとしての複雑な編み上げ力を評価させていただいたからだ。

選評:新麻聡

1位:「復讐計劃」
2位:「クルアーンの腕」
3位:「手」

【選評】
 拝読順に感想を述べます。
「手」
 主題は犯人当てだが、犯行方法に興趣を感じた。コミック作品ならではの、伏線を伏線と気づかせない技巧に笑みを誘われた。
 些事だが、23ページの△△△に「あの店名」が書かれていれば、よりよかったのかも。
「クルアーンの腕」
 導入部の謎は幽かな印象だったが、事実を追ううちに見えてきた像は思いもかけないものだった。「その行為」の持つ理由(目的)が斬新だと思った。
 ある意味、今期中で最も人間くさい作品。痛々しさを随所に感じ、胸を締めつけられた。
「尼ヶ紅」
 ○○トリックと思わせて、実は△△△△もの。作中人物の視点に入り込んでいて、完全に欺かれた。夢と現を行き来するような描写が、真相に説得性を持たせている。「悪獣篇」の続編というのも嬉しい。
「復讐計劃」
 常にこちらの予想の一歩先を行く展開に翻弄された。独特の怪奇性と、かっちりとした論理性が融合しており、「幻想的な現象を秩序立たせる系」として秀逸。
 主導する倒叙パートに挟まれて挿入される、「巻き込まれた人物」のパートも楽しかった。不可欠なパートであると同時に、この別視点の描写は、物語に程よい弛緩と膨らみを持たせていると感じた。
「不一致」
 こちらも、倒叙ものと思っていたら、その裏に別の顔……。小さな違和感を、さすがにそのままやり過ごしはしなかったが、まさか、こう落とされるとは!
 妻に対する心の変化が、「いつ実行されるか」という緊張感に拍車をかける。その先の「おや?」と思わせる展開が圧巻だった。
 ラストに至って、タイトルが効いてくる。
「名探偵になれなくて――全裸まつりと無名の少女」
 とにかく愉しめた。何より設定が特殊過ぎる。
「~。○○期だったら、きっと気がつかなかった。」の一行が好き。設定を逆手にとって、効果を上げていると思った。
「かっこうとかささぎ」
 意表を突かれる真相、という点では抽んでていた。
 ハードボイルド風の筆致だが、鳥の生態を組み込んで、知的な味わいも持たせており、好感触だった。

選評:根本尚

1位:「オトシモノ ~地図と手袋~」
2位:「復讐計劃」
3位:「不一致」

【選評】
 作品投稿順。
「オトシモノ ~地図と手袋~」
 訪問先が消えた謎、のみでなかったのが良い。
 前作「巨人の国へ」もそうですが、舞台が現代ではありませんね。
 行先は、スマホで調べます。読者はなぜそれをしないのかと疑問に感じます。そこを回避する何かを入れるといいと思います。
「クルアーンの腕」
 消えた金はちゃんと伏線があるので分かりましたが、その理由は分かりませんでした。
 大田区での殺人はない方が効果的だった気がしますが、ないと犯人に行きつかない。そもそも大田区の事件は知る由もない。
「尼ヶ紅」
 泉鏡花の「尼ヶ紅」を読んでいないので正当な評価ができるか不安なんですが……(前回の「悪獣篇」は青空文庫で付け焼刃的に読んだ)。
 尼と六兵衛の仲が悪い理由は殺生をするから、と読めますがこれは以前から蝮採りを繰り返していた、でしょうか。今回江崎にやった以前からやっている? それは薬の製造的なことですか? 原作にある描写なのかもしれませんが。
「不一致」
 リーダビリティ高いです。
 妻がいつ殺されるか、楽しみに読みました。
 動機の受け渡しもいいですね。疑われない。
「名探偵になれなくてーー全裸まつりと無名の少女」
 面白いです。犯人の存在への伏線もいい。
 絵をつける(漫画やドラマの原作として選ぶ)ならこの作品です。特殊能力も裸も面白いし、ライブや、警官隊による逮捕と「動き」がある。
「復讐計劃」
 鶏の使い方が良い。
 恋人を死に追いやったと断定する部分が弱い気がする。
 翻訳の機微かもしれませんが、バイクとスクーターの表記をは統一して欲しいです。
 あと「ゴミ溜め」とありますが、これは日本の町のゴミ回収場ではなくて、家具や家電などがゴロゴロしているような不法投棄の空き地、ですね。広さがある。
 台湾はゴミ回収場(北海道名ゴミステーション)自体が存在しないようなので、ここにイメージの齟齬がある。
「かっこうとかささぎ」
 金の行方は納得ですが、もうひとつ展開が欲しいです。くさいですが主人公によって妹が救われるとか。
 ミステリに関係ないので、お書きになりたくないかも知れませんが、エンタメ的お約束として、主人公がチンピラならそれ同士の格闘シーン(時代劇でいうチャンバラ)、を求められると思うのです。
 尋問に逆ギレした宮森が先に殴りかかってくる。それを叩きのめす。主人公が先に暴力をふるうと不快感・パワハラ感があるので、相手の方が先に仕掛けてくる。

選評:諸岡卓真

1位:「復讐計劃」
2位:「尼ヶ紅」
3位:「クルアーンの腕」

【選評】
「オトシモノ~地図と手袋」
 後半の、「オトシモノ」を届けることになった経緯を描いた部分が面白かったです。ただ、オトシモノを探す理由はもう少し早く読者に明かしてもよかったかも、と感じました。
「クルアーンの腕」
 冒頭の劇的な展開から、過去の事件のいきさつ、特徴的な動機などなど、見所がたくさんある作品です。いつ、どこで悲劇に巻き込まれるかわからないという恐ろしさをひしひしと感じさせます。
「尼ヶ紅」
 トリックとその謎解き自体はシンプルですが、泉鏡花の創作の裏話も同時に語っていくという流れがスムーズで、一気に読まされました。キャラクターも特徴的で(特に泉鏡花)、それを生かした場面の描き方も上手いと思います。
「不一致」
 倒叙&交換殺人ものとして手堅いと思いました。最後に古いお札が再登場していますが、これはもっと説明があると広がりが出るかも?
「手」
 独特のおどろおどろしい雰囲気が健在で、トリックを成立させる舞台設定がとにかく上手いです。ただ今回は、ページ数が少ないためかあっさりとした印象かなと。
「名探偵になれなくてーー全裸まつりと無名の少女」
 特殊能力で男性の全裸が見えてしまうというぶっとんだ設定は今回のコンテスト随一のインパクトでとても好みです。何が見えて何が見えないかということについて、本人にもまだよくわかっていないというところが特に面白かったです。
「復讐計劃」
 多数のアイディアが贅沢に盛り込まれており、それをひとつの話としてまとめ上げる手腕が素晴らしい。通常の倒叙ものかと思いきや、シーンが変わるごとに新しい展開があり、謎自体が変化していくのが楽しかったです。
「かっこうとかささぎ」
 なぜ返済金が少なく、分割されているのかという謎と解決が印象的。オフビートなハードボイルド風の語りも楽しみました。

選評:浅木原忍

1位:「クルアーンの腕」
2位:「不一致」
3位:「かっこうとかささぎ」

【選評】
 今回も選外の五作から(順不同敬称略)。
 根本「手」は真相の絵的なインパクトはあるが、謎と解決自体はなんとも小粒。最後のヘルパーの話ももうちょっと謎解きに組み込みようがあったのでは。あとこの犯人、やったこと自体は何か罪に問われるのだろうか?
 既晴「復讐計劃」は、事件全体の構図とトリックはなかなか面白いが、語りがそれを効果的に演出できていない。とりあえず地の文の「!」を全て削除したいところ。
 和久井「尼ヶ紅」は、昨年の「悪獣篇」に続く名探偵・泉鏡花だけれど、感想も前作とほぼ同じ。相変わらず鏡花先生のキャラが全然立ってないので、題材の魅力を活かせていないという印象ばかり。
 新麻「オトシモノ」は前作に続いてビジュアル的な謎解きの話だけれど、謎もアイデアも真相も、最後のオチもあまりに小粒。子供の「はじめてのおつかい」の話だったら微笑ましく読めたかもしれないけれども。
 千澤「名探偵になれなくて」は、語り手の突拍子もない特殊能力と、事件を追うより推しのライブを優先する正しい行動力に笑う。これで特殊能力と謎解きやサプライズがもっと密接に絡んでいればなあ。
 というわけで投票は以下の三作。
 三位は松本「かっこうとかささぎ」。真相は小粒だけれど、タイトルの時点で何をモチーフにするのかは一目瞭然と見せて、真相に直結するモチーフはもう片方のほう、というイメージの使い方が巧み。
 二位は深津「不一致」。真相に至ってタイトルの含意に「ああ、なるほど!」と頷いた。よくある仕掛けを一工夫で輝かせる好例。
 一位は柄刀「クルアーンの腕」。決して凝った謎でも論理でも解決でもないが、真相の切実な動機と、そこから生まれた出発点となる謎が静かなトーンで胸を打つ。被害者の行為の善悪の割り切れ無さ自体が真相の情感を深めているのが上手い。

選評:既晴

1位:「オトシモノ」
2位:「クルアーンの腕」
3位:「不一致」

【選評】
 新麻聡「オトシモノ」は、逆さデジャヴをテーマとしてミステリアスな雰囲気が溢れるストーリー。都市更新のため街の風景が変化しつつある中での、記憶が歪んできた謎と錯覚の構成が好ましい。結末は主人公の行動がその深い人間性と繋がって逆転し傑出。
 柄刀一「クルアーンの腕」は、二年前の強盗殺人事件の被害者遺族である青年が遭った工事事故を発端に、週刊誌記者が大怪我した青年の妙な言動に気付いて事件の真相を追及する。昔の残酷な事件の裏にあるより重い刑罰で仇討ちを実行するアイディアが見事。
 和久井清水「尼ヶ紅」は、名探偵泉鏡花の新編、血だらけの蛇を殺して生き肝を食べる猟奇事件から、密室のような環境下で銃撃の発生。緻密な人間関係の描き出し、犯人の特定はシンプルだが、多彩な伏線が結末に収束するのは予想以上に素晴らしかった。
 深津十一「不一致」は、「見知らぬ乗客」を彷彿とさせる殺人依頼の冒頭、2つのストーリーラインが交わるサスペンス感が読者に緊張を走らせる描写は抜群。現実的な目的ではなく、殺人を体験したいというだけの動機、人間性の闇に大きい衝撃を受けた。
 根本尚「怪奇探偵・写楽炎 手」は、戦争の体験を持つ老人が密室で殺害された怪談。死亡した戦友の手首が悪夢のように蘇生して老人の命を求める恐怖の表現は凄い。老人を怖がらせるだけの計画が殺人事件になったのは偶然だが、論理的な真相の引き出し方は秀逸。
 千澤のり子「名探偵になれなくて――全裸まつりと無名の少女」は、排卵日に視野内の男が裸に見える特殊能力を持つ少女が、大勢の人の中、血を追跡調査するというのは奇抜な発想。中盤から音楽イベントに参加しながら容疑者の返り血と服装という推理を展開するのも面白い。シリーズ化を望む人がいるかもしれない。
 松本寛大「かっこうとかささぎ」は、主人公が借金盗難の問題を取り扱う為に北海道へ債務者家族を捜しに行き、鳥の子育ての特殊性生存手段にも似たその家族内の複雑な関係に巻き込まれる。大金が消失する謎が異常な精神症状を組み立てるところは刮目すべき点。

選評:和久井清水

1位:「オトシモノ ~地図と手袋~」
2位:「手」
3位:「クルアーンの腕」

【選評】
「オトシモノ~地図と手袋~」
 この物語はどこへ向かうのか。不穏な出だしに引き込まれた。マスターの「あなたへのおもてなしを用意して」という台詞に「私」がぞっとするが、読み終えてたしかにこれは怖いと思った。
「クルアーンの腕」
 陰惨な事故が過去の事件の真実をあぶり出していく。そのきっかけは事故に遭った青年の表情だ。その意味が解き明かされる過程が丁寧に語れる。それは語り手の想像なのだが、たぶん事実に違いないのだろう。しかしそれでいいのか、という疑問が残った。なにか一つ物的な証拠があってもいいのではないだろうか。
「不一致」
「M町はここから十分」「うちもM町だよ」という会話を深読みをしてしまい混乱した。(深読みするのが正解だった場合は、的外れな評となりますが)ヒントが足りないのではないかと思った。どこかに引っかかりがあるとか、妙な違和感があるとかでなければ、読み終えたときに「そうだったのか」という納得が得られないのではないだろうか。
「怪奇探偵・写楽炎 手」
 途中(七ページ目)の最後のコマから次にページにかけて、犯人の持ち物が凶器だと思い込んでしまい、すっかり騙された。最後に被害者の事情が明かされるが、その手法も面白かった。どうして全裸なのか、という疑問は残るが。
「名探偵になれなくて――全裸まつりと無名の少女」
 設定がとても変わっていて面白かった。だが少女は男の尾行を途中までしたのと、事件の概要を推理しただけなのは、ちょっと物足りなかった。だから「名探偵になれなくて」というタイトルなのだと思うが、もう少し活躍して、見せ場のようなものが欲しかった。
「復讐計劃」
 トラックを使って復讐する、とはどうやるのかと思っていたが、その過程は緊迫感があって面白かったし、殺害現場の状況に驚かされた。
 だが、こんなに思い通りにならないだろうという点(犯行計画を知る。トラックの運転手が思い通りの行動をするなど)があり、納得のいかない思いが残った。
「かっこうとかささぎ」
 お金の行方に驚いた。そこにカササギの学名がからんでくるので、思わずにやりとなった。ラストがしんみりとしていてよかった。

選評:松本寛大

1位:「不一致」
2位:「名探偵になれなくて――全裸まつりと無名の少女」
3位:「怪奇探偵・写楽炎 手」

【選評】
 1位は筆力を、2位は発想と語りの社会性を、3位はインパクトを評価しています。
「復讐計劃」
 犯行当日のちょっとしたトラブルで計画が失敗しそうに思え、そこが気になってしまいました。ほかの箇所、例えば人物描写は見事で、彼らの生活・人生が面白く読めました。茶葉ゆで卵がすごく気になる……
「怪奇探偵・写楽炎 手」
 メイントリックはシンプルですが、その周囲を固めるサブの情報や伏線がていねいで作りが堅牢だと思いました。さらに写楽炎による謎解きシーンのそのあとが、もうなんと言いますかすごいなと。最後のコマも最高。
「尼ヶ紅」
 独特の筆致と面白さがあります。トリックはやや非リアル方向ながらもこの世界に浸っている間は気にならず、瑕疵ではないと思えます。キャラクターと文章で読ませてしまうというのは、語り口調の勝利だと思います。
「不一致」
 仕掛けには早めに気づきましたが、わかっていてなお、やがて来る結末に向けて目が離せません。人物はその愚かさも含めて魅力的。要するに作者の思うままに振り回され、感情をかき乱された次第です。素晴らしい。
「オトシモノ ~地図と手袋~」
 アイデアに優れ、凝ったミステリを読んだという満足感が得られます。前半部の仕掛けに関しては、イメージがしづらかったのですが、その創意と挑戦心に敬意を払います。意外な真相は強く心に残りました。
「名探偵になれなくて――全裸まつりと無名の少女」
 ミステリ的にはシンプルな仕掛けと思えます。女性の性的対象化をごく自然に受け入れているこの社会へのカウンターとして設定を作り、かつそれをポップに描くうまさ、したたかさを高く評価する所存です。
「クルアーンの腕」
 動機部分のアイデアの出来はぶっちぎりのトップだと思います。ただただ素晴らしい。ですが、重要な仕掛けである表情の見極めの部分は納得度が低く、やや点が辛くなってしまいました。

選評:千澤のり子

1位:「クルアーンの腕」
2位:「かっこうとかささぎ」
3位:「復讐計劃」

【選評】
 できれば選評はしたくないという本音がある。投票だけでどうにかならないものか。
 これは、私が会員の方々に対する情が深くなっているからだ。順位をつけるならば、何かしらの負の要素も指摘しないとならない。「みんなちがってみんないい」だと説得力に欠けてしまう。
 なので、全員一律でプラス点とマイナス点を指摘する。
「オトシモノ~地図と手袋~」は、導入部の幻想的な謎と、図解を使うトリックの解明がたまらない。私が道に迷いやすく、シンパシーを感じたからでもある。できれば五年前を回想場面で記すのではなく時系列順に描き、視点人物は一人にしてほしかった。
「クルアーンの腕」は、動機にもっとも魅かれた。ある人物が、ある物をそこまで大事にするだろうかという疑問が生じるので、禁断の愛の空気を匂わせるよりも、お互いに許されない思いを抱いていたとするほうが好みである。
「尼ヶ紅」は、ミステリの謎解きを描くというよりも、世界観に比重を置いた文章の心地よさを高く評価する。昨年も同じ指摘をしたが、風景が不透明なので、泉鏡花という名前がなければいつの時代の物語なのか分からないところが惜しい。
「不一致」は、物語の構成がとても好みである。だからこそ、早い段階から伏線を探していたが不足していると感じる部分が多く、いささか誤解を招く描写もあった。
「手」はまだひっくり返すかという逆転劇が良かった。偶発性だったので、計画犯罪にしてほしかった。
「復讐計劃」は、アリバイトリックがもっとも良い。背景から事件までが長かったせいか、解決が駆け足に感じられた。
「かっこうとかささぎ」は、紙幣に関する真相に衝撃を受けた。もう少し伏線があったら唐突感を抑えられたと思う。
 投票にいたる経緯は、トリックの関心度よりも、ミステリ作品として全体を見て、空気感が自分にマッチしているものを選んだ。「クルアーンの腕」の足元のおぼつかなさは好みであり、「かっこうとかささぎ」の気持ちの悪さはミステリでないと表せないだろう。

選評:櫻田智也

1位:「不一致」
2位:「かっこうとかささぎ」
3位:「復讐計劃」

「不一致」
登場人物や構成要素が多い参加作のなかにあって、もっとも短編らしい仕上がりでした。冒頭に提示されたヒントの大胆さもよかったです。犯人視点の場面に物語を盛り上げる役割がもう少しあればと思います。
「かっこうとかささぎ」
 謎解きはもっとも面白かったです。名前をもつ登場人物が多すぎるのと、そもそもの疑惑(横領・盗難)が疑惑として成立しているのか?という点が気になりました。
「復讐計劃」
 トリックが明かされたときの興奮は八作品のなかで最上でした。短編としてはやや窮屈で、各人物についてよくわからぬまま、刑事の活躍もなく、真相が手記で明かされてしまう点が惜しいと感じました。

 以下拝読順です。
「手」
 伏線の回収。いつもながらの丁寧なつくりがよかったです。追加のエピソードに関する匂わせが本編に挿入されているのは、読者をいたずらに惑わすだけで如何なものか?と思いました。
「オトシモノ」
 描かれる二種のミステリ―は、それぞれ面白い謎解きだったのですが、ひとつの物語のなかでバラバラに存在しているように思えました。どちらかをより丁寧に描けば、じゅうぶん魅力的だったのではないでしょうか。
「クルアーンの腕」
 こういうかたちでホワイダニットをだしてくるのか!という驚きがありました。短編にしては構成要素が多く感じられ、たとえばネックレスという要素が推理の成立に必須だったのか(現金だけではダメだったのか?)という点が引っかかりました。
「尼ヶ紅」
 伏線の効いたトリックに好印象をもちました。ロジックは神通力による飛躍が大きいような気もしますが、重量級の短編が多いなか、長さも適当で、まとまりがよかったと感じます。
「名探偵になれなくて」
 娘に「危険日と安全日が分かるから、とっても便利なのよ」とアドバイスする母親というのは、なかなか魅力的なキャラクターです。タイトルで「名探偵になれなくて」とエクスキューズされているものの、能力が事件解決に寄与してほしかったなと感じます。

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