ナカノカズキ

数学で愛を届けます。

ナカノカズキ

数学で愛を届けます。

最近の記事

Math Note Ⅰ エピローグ

32 エピローグ 「弘幸」「あのさ――」  隆志と弘幸が同時に話しかけようとして、気まずい沈黙。久しぶりに三人揃った夕食の時間。 「先にどうぞ」「どうした」もう一度二人が同時に話したので、私は思わず噴き出した。 「もう、二人とも何やってんのよ。はい、じゃあお父さんからどうぞ」仕方なく交通整理を買って出ることにした。 「え、ああ。では――」隆志は咳払いをして改まって背筋を伸ばしたので、もう一度吹き出してしまった。もう、息子相手に何してんのよ。でもそういうところが隆志らしい。

    • Math Note Ⅰ 第31話

      31 散布図と相関係数――何かに表れる  電車を降りて階段を駆け上がる。鼓動が早くなればテンションも上がる。改札を出て、学校までの道のりを、少し目線を上げて歩く。木の葉を下から見上げた時の、朝日が透けてキラキラした感じがとても好きだ。  馬場先生が勧めてくれたので、手帳を買い、毎日やった勉強時間を寝る前に記録することにした。  今日で記録を初めて一週間になるが、後で記録するということが分かっているので、時計を見て中途半端な時間なら、あと十五分だけ頑張ってみよう、などと考

      • Math Note Ⅰ 第30話

        30  分散と標準偏差――いつも気にかけて 「なあ馬場、いっしょに野球をやらないか」  体育館の裏でタバコを吸っている俺を目ざとく見つけ、岡崎は笑って話しかけてきた。 「なんで俺なんだよ。あっちいけ」 「今野球部員が八人しかいなくてピンチなんだ」 「知るかよ、そんなこと」俺はタバコを捨て、靴の裏で揉み消した。 「お前の足が速いことは授業で知っている。頼む、力を貸してくれ」 岡崎は中一の不良に向かって深々と頭を下げた。  何かおかしくないか。あの時の俺はそう思った。

        • Math Note Ⅰ 第29話

          29  四分位数と箱ひげ図――一緒にいるからわかること 「ただ今帰りました。遅くなってごめんなさい」  家に着いたときは夜九時を回っていた。着替えて台所に行くと、何枚かの食器が洗った状態で水切り籠にきれいに並べて置いてあった。晩御飯のために冷蔵庫に用意していたものをちゃんと食べてくれたみたいでほっとした。  昭雄さんは和室で新聞を読んでいた。 「典子、意外と元気そうでした」 「そうか」 「食器洗ってくださってありがとうございます」  昭雄さんはそれには返事をせず、新聞のペー

        Math Note Ⅰ エピローグ

          Math Note Ⅰ 第28話

          第5章 データの分析28  代表値――いろんな観点で  田中がふぅーっと息を吐きだし、職員室の扉をノックした。 「失礼します。馬場先生はいらっしゃいますか」 「はーい。どうした?え、え?どういうこと?」  三人で職員室に入り、馬場の机を取り囲んだので、馬場はうろたえた。 「せんせー。今日はみんなで質問に来ましたー」 「鳥谷にはもう話すことないぞ。で、この三人は何のグループ?」 「つい最近偶然結成されました」田中が答えた。 「はぁ。で、どうしたの。何の質問?」  田中と鳥谷は

          Math Note Ⅰ 第28話

          Math Note Ⅰ 第27話

           釣り銭を受け取り、大きな雪の屋根を乗せたタクシーを見送った。ガラガラと玄関の扉を開けると、久しぶりに実家の甘い匂いがした。しかし玄関以外、明かりはほとんど消えていて、奥の薄暗い部屋で母が父の枕元に座って泣いていた。母の背中は、また少し小さくなったように感じた。 「ああ、昭雄。よう帰ってきてくれた」 「父さんは」 「今は眠ってる。だども、お医者さんはそんげ長うはねえって」そう言って、母はまた泣き出した。 「英雄と時雄は」 「英雄はどこにいるかわからね。時雄にはまだ連絡がついて

          Math Note Ⅰ 第27話

          Math Note Ⅰ 第26話

          26  内接円の半径を求める――行ったり来たり  東京のお土産をいっぱい持った家族連れがいて、車両は賑やかだった。自分の座席を見つけ、私もお土産の入った袋を荷物棚に置いて座って一息。  もう、せっかく典子に会いに行ったのに、肝心のノートを渡しそびれちゃった。鞄の中に入れて持ってきたと思ったのになぁ。  でも、典子が案外元気で良かった。隆志さんも弘幸くんも、みんな前を向いて頑張ってるのを聞いて安心した。それがわかっただけでも、わざわざ東京に来たのは間違いではなかった。

          Math Note Ⅰ 第26話

          Math Note Ⅰ 第25話

          25  円に内接する四角形――困難は分割せよ 「じゃあまた明日。バイバーイ」  二人と別れて家に向かう。オレンジと紫を混ぜたようなきれいな空。情熱と静けさの調和。鈴木と田中くんみたい。  東京大学はとても新鮮だった。日曜日だったのもあるけど、のんびりしたキャンパス。いろんな服装の、いろんな髪の色をした大学生が笑いながら歩いていたり、テニスや野球をしていたり。三人でどこに行こうかスマホを見ながら作戦会議していると、素敵なお姉さんが声をかけてくれて、私たちを案内してくれた。東大

          Math Note Ⅰ 第25話

          Math Note Ⅰ 第24話

          24  三角形を解く――総動員する  他には誰もいないので自分の机の周りだけ照明をつけて仕事をしていたが、急にフロアすべての照明がついた。 「あれ、田中さん。今日はどうしたんですか」 「いや、ちょっとやっておきたいことがあって。それより、部長こそ日曜日なのにどうしたんです」 「私もちょっとやっておきたいことがあったんです」  加藤部長は笑って、俺の机より奥にある自分の席に座った。 「もしかして、部長は毎週日曜日ご出勤されてるんですか」 「いや、毎週って程でもないんですが」

          Math Note Ⅰ 第24話

          Math Note Ⅰ 第23話

          23  正弦定理と余弦定理――何があって、何ができるのか  試験会場に入ると異様な熱気が立ち込めた。ポロシャツやカッターシャツの上からでも背中や腕の筋肉の隆起がわかるような屈強な男女が、黙々と参考書やノートと格闘していた。  体育大出身であれば、保健体育科の教員免許を取る学生はたくさんいるし、プロスポーツ選手やスポーツトレーナーなどのへ就職は狭き門だから、どうしても中高の体育教師への道に人が群がる。結果として体育教師の競争率はいつも高くなりがちだ。  そんな渦中に俺が飛

          Math Note Ⅰ 第23話

          Math Note Ⅰ 第22話

           インターホンが鳴った。モニターに映っている顔に驚いた。 「え、お母さん?」 「こんにちは。典子、元気にしてた?」 「うん。ちょっと待ってて」  慌ててドアを開けた。 「ちょっと顔が見たくて遊びにきちゃった」母はいたずらっぽく微笑んだ。 「お父さんは」 「家にいるわよ。私一人で来たの。隆志さんや弘幸くんはいるの?」 「ううん、隆志は休みの日なのに会社に行くって。弘幸は友達と大学を見に行くって朝から出かけちゃった」 「そう。じゃあ典子とゆっくり話ができるわね。ちょっとお邪魔して

          Math Note Ⅰ 第22話

          Math Note Ⅰ 第21話

          21  三角比の拡張――アップグレード 「リストラ!?」  地下鉄の中で鈴木と鳥谷さんが同時に声を上げた。近くにいたおじさんたちが驚いて僕たちのほうを見た。あからさまに不機嫌そうな人、中には心臓を射抜かれたような表情の人もいる。公共の場では会話の内容と音量に気を付けないと。 「まだ決まったわけじゃないけど、もしかしたら」 「お父さんがリストラになるとどうなるの?」 「大学に行くのが難しくなるかもしれない」 「じゃあ、どうするんだ?」 「国公立大学ならバイトとか奨学金とかで何

          Math Note Ⅰ 第21話

          Math Note Ⅰ 第20話

          20  三角比の相互関係――特別な関係 「お父さん、話を聞いて!」 「お前と話すことなど何もない。今すぐ出ていけ」 「お義父さん――」 「お前は私に話しかける資格すらない。この愚か者め」 「……」 「昭雄さん、典子たちもせっかく東京から会いに来てくれたんだから」 「私は頼んでいない」 「お父さん、私たちは真剣に結婚を考えているの」 「勝手にすればいい。さあ、早く出ていけ」 「わかったわ!勝手にする。私もあなたを父親と思わない」 「典子!待ちなさい」  獣を捕まえる罠のよ

          Math Note Ⅰ 第20話

          Math Note Ⅰ 第19回

          第4章 図形と計量19  三角比――ひとつを決めれば 「鈴木」  急に声を掛けられ、ビクッとしてしまい、机と椅子がガタガタっと大きな音を立てた。周りの女子がクスクス笑っている。 「鈴木、次の日曜日、大学見に行かないか」 「どうしたんだ、急に」 「大学見に行ったら勉強やる気になるんじゃないかと思って。前にやる気が出ないって言ってたから」 「確かに。いいかも」 「どこか見に行きたい大学ある?」 「俺、まだ志望校決まってないんだよな」 「僕もなんだ」  二人でしばらく考えてい

          Math Note Ⅰ 第19回

          Math Note Ⅰ 第18話

          18  2次不等式の解から係数を求める――イメージがあるから  鈴木には謝ることができた。でもあの時殴ってしまった理由をちゃんと説明したわけじゃないから、納得してないだろうな。また少し落ち着いたら話そう。それまであいつ、待ってくれるかな。  父さんも母さんも、僕のためにがんばろうとしてくれている。僕が二人のためにできることは、今は勉強することだけだ。  でも今の成績じゃどれだけがんばっても国公立大学なんて難しいんじゃないか、とひるんでしまう自分もいる。「サッカー盤」に例える

          Math Note Ⅰ 第18話

          Math Note Ⅰ 第17話

          17-1  2次不等式――その時々で必要なこと  聡子によると、典子は妊娠していて、相手の男といっしょにこっちに向かっているということだ。用意した縁談を散々蹴って、私の顔に泥を塗っておいて、今度は子どもができたので男と一緒に会いに来る。話にならん。 「聡子、お茶」  声を大きくして何度か呼んだが、返事はなかった。また買い物にでも出かけたのだろうか。仕方なく立ち上がり、台所に向かう。戸棚から茶葉を取り出し、やかんで湯を沸かしていると、テーブルの上に白いノートが置いてあるこ

          Math Note Ⅰ 第17話