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Math Note Ⅰ 第19話

第4章 図形と計量

19  三角比――ひとつを決めれば

「鈴木」
 急に声を掛けられ、ビクッとしてしまい、机と椅子がガタガタっと大きな音を立てた。周りの女子がクスクス笑っている。
「鈴木、次の日曜日、大学見に行かないか」
「どうしたんだ、急に」
「大学見に行ったら勉強やる気になるんじゃないかと思って。前にやる気が出ないって言ってたから」
「確かに。いいかも」
「どこか見に行きたい大学ある?」
「俺、まだ志望校決まってないんだよな」
「僕もなんだ」
 
 二人でしばらく考えていたが、チャイムが鳴って先生が入ってきた。田中は席に戻った。
 古典の授業のはずなのに、入ってきたのは担任の安曇先生だった。
「今日は森下先生がお休みなのでこの時間は自習にします。周りは授業中だから、教室で静かに過ごすように」
 歓声を上げた奴もいたが、俺はそんなことでは一喜一憂しない男だ。だが、いろいろタスクがたまっている俺にはこの時間はありがたい。何から手を付けようかとカバンを開けてみると、あの白い数学のノートが入っていることに気づいた。取り出して眺めていると、ほんのわずかに紙の色が違うように見えるページを見つけたので、そこを開いてみた。
 
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三角比
 
 下の図の直角三角形において、

 $${\sin \theta=\dfrac{y}{r}}$$,$${\cos \theta=\dfrac{x}{r}}$$,$${\tan \theta=\dfrac{y}{x}}$$

 〈例〉下の図の直角三角形において、辺の比は 1:2:$${\sqrt{3}}$$ になるから、 
 $${\sin 30^\circ=\dfrac{1}{2}}$$,$${\cos30^\circ=\dfrac{\sqrt{3}}{2}}$$,$${\tan 30^\circ=\dfrac{1}{\sqrt{3}}}$$

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 中学校で学んだように、三角形は2つの角の大きさが決まると、もう1つの角の大きさも決まって,3辺の比が決まる。直角三角形なら1つの角が $${90^\circ}$$ と決まっているから、もう1つの角の大きさが決まれば、辺の比が決まる。

 直角三角形を上の図のように置いたときに、3つの辺を底辺、高さ、斜辺と呼ぶことにすると、$${\theta}$$の値が決まれば、3つの辺の比は自動的に決まるので、このうち2つずつをとって、$${\dfrac{高さ}{斜辺}}$$ の値を正弦サイン)、$${\dfrac{底辺}{斜辺}}$$ の値を余弦コサイン)、$${\dfrac{高さ}{底辺}}$$ の値を正接タンジェント)といい、
それぞれ $${\sin \theta}$$、$${\cos \theta}$$、$${\tan \theta}$$で表す。
 この正弦、余弦、正接をまとめて三角比という。

 ノートの例のように、1つの鋭角( $${90^\circ}$$ より小さい角)を $${30^\circ}$$ と設定すると、辺の比はいつも 1:2:$${\sqrt{3}}$$ になるから、$${30^\circ}$$ の正弦、余弦、正接の値はいつも同じになる。同様に $${\sin 1^\circ}$$、$${\cos35^\circ}$$、$${\tan 88^\circ}$$など、角度が決まればサインもコサインもタンジェントも、一定の値に決まる。
 
 ……あ、そうか。
 
 次の休み時間、田中がさっきの続きを話にやって来た。俺は後ろを振り返った。
「鳥谷、ちょっといい?」
「え、何?」
「日曜日、俺たちといっしょに大学見に行かない?なあ、田中」
「えっ、あ、うん」
「わーいいなー、行きたい!」
「鳥谷さんはどこか見てみたい大学ある?」
「じゃあ、東大!」
「東大?」俺と田中はハモってしまった。
「なるほど、そうだね。せっかくなら日本で一番っていう大学見てみたいよね」田中が言った。
「日曜日、何時にするー?」
「九時にスタバ前はどうかな?」
「オッケー。じゃあそれで。鈴木、誘ってくれてありがとー」
「おう」
 
 鳥谷を誘ったのはほんの思い付きだった。でも、鳥谷には俺たち二人の膠着した状況を打開するパワーがあるような予感がした。実際、そう決めたことで、行先も集合時間も場所も次々に決まっていった。一つを決めたら、必要なことがどんどん決まっていくんだ。三角比みたいに。


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