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Math Note Ⅰ 第28話

第5章 データの分析

28  代表値――いろんな観点で

 田中がふぅーっと息を吐きだし、職員室の扉をノックした。
「失礼します。馬場先生はいらっしゃいますか」
「はーい。どうした?え、え?どういうこと?」
 三人で職員室に入り、馬場の机を取り囲んだので、馬場はうろたえた。
「せんせー。今日はみんなで質問に来ましたー」
「鳥谷にはもう話すことないぞ。で、この三人は何のグループ?」
「つい最近偶然結成されました」田中が答えた。
「はぁ。で、どうしたの。何の質問?」
 田中と鳥谷は、馬場の大学時代についてインタビューした。どうしてその大学に入ろうとしたのか。大学生活はどんなものだったのか。勉強、部活、アルバイト。鳥谷は、以前にも聞いたことがあるのにもかかわらず、馬場の奥さんとの馴れ初めを質問したので、俺と田中は馬場の奥さんが大学時代の野球部の先輩マネージャーだったということを初めて知った。授業では見せないリラックスした馬場の話し方が意外だった。
 
「鳥谷さんから、先生は大学時代に奨学金をもらっていたって聞いたんですけど」田中は質問を続けた。
「ああ、もらってたよ。俺は徳島から東京に出てきて一人暮らししてたから、いろいろお金がかかったからなぁ」
「先生、奨学金ってどうやったらもらえるんですか」
「田中は奨学金をもらって大学に行くことを考えているのか」
「はい。親がもしかしたら働けなくなっちゃうかもしれなくて」
「そうなのか。俺の場合は『貸与型』の奨学金だったから、今社会人になっても少しずつ返しているけど、『給付型』といって、返さなくてもいいものある。成績とかの条件も必要だけどな。うちの高校にも奨学金の案内はたくさん来るから、もっと詳しく知りたければ進路指導室に行ってみるといいかもな」
 昼休み終了のチャイムが鳴るまで、田中は熱心に馬場に質問していた。
 
「どうだった?田中くん」前を歩いていた鳥谷が振り返って聞いた。
「話してみてよかった。ありがとう、鳥谷さん」
「鈴木は?」
「別に。でも、馬場があんなにしゃべる奴だとは思わなかった」
「ね、いい先生でしょ?私、馬場先生大好きー」鳥谷はまた振り返って楽しそうに歩き出した。
 
 確かに馬場の印象は変わった。俺は先入観に引きずられない男だ。
教室に戻ると、俺の机の上に見覚えのある白いノートがあった。誰が置いたんだ。最近よくわからないことが多いが、適当にページを開いてみた。
 
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平均値中央値
 
(例1)5つのデータ 17、24、26、56、92 について
 ・平均値は $${\dfrac{17+24+26+56+92}{5}=43}$$
 ・中央値は 26

(例2) 6つのデータ 30、34、38、47、51、58について
 ・平均値は $${\dfrac{30+34+38+47+41+58}{6}=43}$$
 ・中央値は $${\dfrac{38+47}{2}=42.5}$$
 
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 データ全体の特徴を表す数値のことをデータの代表値という。よく用いられる代表値に、平均値中央値、他にも最頻値などがある。平均値はよく知られているが、すべての値を足してデータの個数で割ったものだ。中央値はデータを小さいもの(大きいもの)から順に並べたときに、ちょうど真ん中の位置にくる値のことだ。例1ではデータが5個あるので、中央値は3個目の26になるが、例2ではデータが6個あるので、ちょうど真ん中の数はない。このようにデータが偶数個の場合は、真ん中の二つを足して2で割ることで中央値とする。
 この例が示すことの本質は、一つの代表値だけですべてを判断することはできないということだ。上の例でデータの個数を人数、それぞれのデータをテストの点数だとすれば、どちらも平均点は43だが、例1のほうは5人の点数にバラつきが大きく、例2の6人は比較的バラつきが少ない。平均値と中央値と併せて考えれば、個々の得点を知らなくても例1のほうが低い得点の生徒が多いことが想像できる。ちなみに、これ以外にも、範囲標準偏差など、様々なデータの見方がある。
 
 ……そうだよな。
 
 体育の授業の時しか知らないのに、俺は馬場のことを大したことのない教師だと思っていた。誰かの噂を鵜呑みにして、嫁さんに逃げられたと思い込んでいた。人を一つの側面で判断することは、データを平均値だけで判断するのと同じだ。いろんな観点で物事を見ることで、全体像がわかってくるんだ。
 
 鳥谷のことも、あんな奴だと思ってなかったな。
 

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