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Math Note Ⅰ 第25話

25  円に内接する四角形――困難は分割せよ

「じゃあまた明日。バイバーイ」
 二人と別れて家に向かう。オレンジと紫を混ぜたようなきれいな空。情熱と静けさの調和。鈴木と田中くんみたい。
 東京大学はとても新鮮だった。日曜日だったのもあるけど、のんびりしたキャンパス。いろんな服装の、いろんな髪の色をした大学生が笑いながら歩いていたり、テニスや野球をしていたり。三人でどこに行こうかスマホを見ながら作戦会議していると、素敵なお姉さんが声をかけてくれて、私たちを案内してくれた。東大生っていうと、ちょっと特殊な近寄りがたいイメージがあったけど、みんな私と同じ体温のある人間なんだ。当たり前だけど、今まで気づいていなかった。じゃあ、あの人たちと自分の違いは何だろう。やっぱり努力の量かな。私がどれだけ勉強したら東大に入れるんだろうか。いや、量だけじゃない。頭の出来がそもそも違うのかも。
 
「ただいまー」
 家に着いて靴を脱ぐ。靴箱を開けると、そこに白いノートがあることに気づいた。何これ、鈴木のノートじゃん。なんでまたこんなところにあるの?
 ノートを取り出してみると、ちょっと興味がそそられて、パラパラめくってみた。ほんのり光っているように見えるページがあったので、そこを開いてみた。
 
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〈問〉円に内接する四角形ABCDにおいて、AB=5,BC=4,CD=4,∠B=60°とする。
次のものを求めよ。
(1)  ACの長さ  (2) ADの長さ  (3) 四角形ABCDの面積

〈解〉(1) △ABCにおいて、余弦定理より
 $${AC^2=5^2+4^2-2・5・4・\cos60^\circ}$$
  $${=25+16-20=21}$$
 $${AC>0}$$より $${AC=\sqrt{21}}$$

(2)  四角形ABCDは円に内接するから、
 $${∠D=180^\circ-∠B=120^\circ}$$
 $${AD=x}$$ とし、 △ADCにおいて余弦定理より、
 $${(\sqrt{21})^2=x^2+4^2-2・x・4・\cos120^\circ}$$
 $${21=x^2+16+4x}$$
 $${x^2+4x-5=0}$$
 $${(x+5)(x-1)=0}$$
 $${x>0}$$より $${x=1}$$  $${\therefore AD=1}$$ 
 
(3)  四角形ABCD=△ABC+△ADC
 $${=\dfrac{1}{2}・5・4・\sin{60^\circ}+\dfrac{1}{2}・4・1・\sin{120^\circ}}$$
  $${=5\sqrt{3}+\sqrt{3}=6\sqrt{3}}$$

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 これは「円に内接する四角形」の問題だ。四角形の中でも、四つの頂点が同じ円周上にある「円に内接する四角形」というのは特殊な性質があって、対角の和が$${180^\circ}$$になる。円に内接しない四角形ではそうはならない。

 この性質が問題を解く一つの鍵なんだけど、この問題を解く上で一番大事なのは、AとCを結ぶ補助線を入れること。つまり、四角形を三角形二つにわけることだ。私たちは小学校の頃から三角形に関することをいっぱい習ってきたけど、四角形や五角形について学んだことは、三角形に比べるとかなり少ない。だから、性質をよく知っている三角形に分けることで、結果として四角形の面積を求めることにたどり着くんだ。
 
……あ、そうか。
 
「あら、なかなか入ってこないと思ったらそんなところで勉強してるの?」
母に声をかけられて、はっと我に返る。
「あ、いや、これは違うの」
 慌ててノートを靴箱に戻そうとして母に笑われた。「なんでそんなところにノートを入れるのよ」
「あ、え、えーっと、そうね」もう一度慌ててノートを鞄の中に入れた。
「亜美が勉強してるところ、高校生になって初めて見た。でも、『小さいことを積み重ねることが、とんでもないところに行くためのただ一つの道』って、ママの好きなイチローも言ってたわ」
 
 そうだ。四角形に補助線を引いて三角形に分けて考えるみたいに、大きな目標にも補助線を引いて小さな目標に分割してみよう。そしてその小さな目標をクリアすることを積み重ねて達成するんだ。
 いきなり頭が良くなって東大に行った人なんて多分いない。どんな大きなことを成し遂げるにも、「まずはペンを動かせ」なんだ。 
 

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