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Math Note Ⅰ 第23話
23 正弦定理と余弦定理――何があって、何ができるのか
試験会場に入ると異様な熱気が立ち込めた。ポロシャツやカッターシャツの上からでも背中や腕の筋肉の隆起がわかるような屈強な男女が、黙々と参考書やノートと格闘していた。
体育大出身であれば、保健体育科の教員免許を取る学生はたくさんいるし、プロスポーツ選手やスポーツトレーナーなどのへ就職は狭き門だから、どうしても中高の体育教師への道に人が群がる。結果として体育教師の競争率はいつも高くなりがちだ。
そんな渦中に俺が飛び込んだのは、岡崎先生の影響だ。彼もまた体育教師だった。中学時代、何のとりえもなく不貞腐れていた俺に、野球をしないかと誘ってくれた。中学三年の時にレギュラーになり、俺たちのチームが学校創立以来初めて夏の県大会で優勝した。それをきっかけに野球の推薦入試の話が複数の私立高校からくるようになり、俺も推薦で進学したいと言うと、先生は「ちゃんと勉強してから高校に行け」と俺を叱った。いつも俺の目を覚まし、視野を広げてくれたのはあの先生だ。俺もそんな教師になりたい。岡崎先生の背中を追って、俺は東京の大学で教育を学び、今、教員採用試験会場にいる。
聞いていたとはいえ、こんなに志願者がいるとは。人の数と筋肉と熱気に圧倒されそうだ。
自分の受験番号の席を見つけ、座って鞄を開ける。俺の4年間の努力の結晶、「採用試験対策ノート」を取り出すと、何か違和感を覚えた。表紙の色が違う。何だこれ、数学のノート?誰のだよ。で、なんで俺の鞄に入ってるんだ。しかも、数学は試験に出ないんだけど。
そのとき、熱風のような重さのある空気の流れを感じ、ノートがパラパラとめくれた。開いたページが少し明るくなった気がした。
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〈問〉次の各問いに答えよ。
(1) △ABC において,$${a=10}$$ ,$${B=60^\circ}$$ ,$${C=75^\circ}$$ のとき,$${b}$$ を求めよ。
〈解〉$${A=180^\circ-(B+C)=45^\circ}$$
正弦定理より
$${\dfrac{a}{\sin{A}}=\dfrac{b}{\sin{b}} }$$ より $${\dfrac{10}{\sin{45^\circ}}=\dfrac{b}{\sin{60^\circ}}}$$
$${b=\dfrac{10}{\sin{45^\circ}}・\sin{60^\circ}=10÷\dfrac{1}{\sqrt{2}}・\dfrac{\sqrt{3}}{2}=5\sqrt{6}}$$
![](https://assets.st-note.com/img/1716460308626-rTABRDnAFi.jpg)
(2) △ABC において,$${b=5}$$ ,$${c=4}$$ ,$${A=60^\circ}$$ のとき,$${a}$$ を求めよ。
〈解〉 余弦定理より
$${a^2=b^2+c^2-2bc\cos{A}}$$
$${=5^2+4^2-2・5・4\cos{60^\circ}}$$
$${=25+16-40・\dfrac{1}{2}=21}$$
$${a>0}$$より、$${a=\sqrt{21}}$$
![](https://assets.st-note.com/img/1716460746490-5Iu0wvfFhJ.jpg)
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三角形のある程度の情報がわかっているとき、残りの辺や角を求めるのに有効な公式の一つが「正弦定理」と「余弦定理」だ。
正弦定理とは下のような式で表される。4つの式が等しくなるという内容で、サインに関する定理だから「正弦定理」と呼ばれる。
![](https://assets.st-note.com/img/1716460829157-nMTb48BRlc.jpg?width=1200)
ここで、暗黙の了解として、$${A}$$、$${B}$$、$${C}$$などの斜体(イタリック体)の大文字はそれぞれ∠A、∠B、∠Cの大きさを表し、$${a}$$、$${b}$$、$${c}$$などの小文字はそれぞれ∠A、∠B、∠Cと反対側にある辺(対辺という)の長さを表す。ちなみに正弦定理の一番右にある$${R}$$ は、△ABCの外接円の半径を表す。
![](https://assets.st-note.com/img/1716460908424-DpcFdUSixV.jpg?width=1200)
(1)のように、角の大きさとその対辺の長さがペアで分かっているときや、外接円の半径を求めたいときなどは、正弦定理を使うと解決することが多い。
一方、余弦定理とは、下のような3つの式で表される。
![](https://assets.st-note.com/img/1716460949290-58quOe84gj.jpg?width=1200)
(2)のように2辺とその間の角がわかっているときに、残りの1辺を求めるには余弦定理が便利だ。
何がわかっているのかという条件と、何を求めたいかという目的によって、2つの定理を使い分けるのがポイントだ。
……あ、そうか。
俺は体育教師を目指してここに来た。今、俺の周りには筋骨隆々の「ザ・体育教師」みたいな連中がたくさんいて、正直ビビっていた。しかし、問題の条件と求めたいものによって正弦定理と余弦定理を使い分けるように、自分に何ができて、これから何を成し遂げようとしているのかをちゃんと見極めないといけない。俺は岡崎先生みたいな体育教師になりたい。そして、ここは一次試験、筆記試験の会場だ。筋力や体力で勝負する場所じゃない。大学でも野球を続けながら授業もサボらず学んできた。採用試験の勉強はずっと前からやってきた。このことは誰にも負けないつもりだ。
会場奥の扉から試験監督らしき人が三人入ってきた。結局ノートは誰のかわからないけど、机の中に入れる訳にもいかないので鞄に戻すことにした。
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