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Math Note Ⅰ 第29話

29  四分位数と箱ひげ図――一緒にいるからわかること

「ただ今帰りました。遅くなってごめんなさい」
 家に着いたときは夜九時を回っていた。着替えて台所に行くと、何枚かの食器が洗った状態で水切り籠にきれいに並べて置いてあった。晩御飯のために冷蔵庫に用意していたものをちゃんと食べてくれたみたいでほっとした。
 昭雄さんは和室で新聞を読んでいた。
「典子、意外と元気そうでした」
「そうか」
「食器洗ってくださってありがとうございます」
 昭雄さんはそれには返事をせず、新聞のページをめくった。
 
 厳しい表情と寡黙さは長年家と酒蔵を守ってきた責任感の表れだ。昭雄さんは優しい人だってわかっているんだけど、時々昭雄さんの素っ気ないところを寂しいと思う時がある。ちょっとした言葉だけでいい。でも、こんな気持ちも私のわがままなんだろうか。
 
 荷物を整理していると、鞄の中に数学のノートが入っていることに気が付いた。新幹線の中でも見たけど、また少し気になってパラパラとめくってみた。
 
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〈問〉下の図は、生徒数がいずれも40人の、1組と2組の数学のテストの得点のデータを箱ひげ図に表したものである。下の①~⑤の文のうち、正しいものをすべて選べ。

 ① 1組の平均点は2組の平均点よりも高い。
 ② 1組の四分位範囲は2組の四分位範囲よりも小さい。
 ③ 上位10人の得点の散らばり具合は1組のほうが大きい。
 ④ 2組で上位から20番目の生徒は得点が60点以上である。
 
〈解〉①正しくない。②正しい。③正しい。④正しくない。
   よって、正しいものは ②と③。
 
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 これは箱ひげ図の問題だ。箱ひげ図とは、データの分布を表す一つの方法で、下の図1のようにそれぞれの線や記号に役割がある。中央値は、データの個数を二等分する値のことだが、四分位数とは、ざっくり言えばデータの個数を四等分する値のことだ。

図1

 

図2

 例えば、図2のようにデータの個数が10個の場合、二等分するとデータが5個ずつになるから、上位と下位の5個のデータの中央値がそれぞれ四分位数となる。通常はデータの小さいものから順に、第1四分位数第2四分位数第3四分位数と呼ばれる。第2四分位数は中央値と同じ意味だ。
 さらに、第1四分位数と第3四分位数の差を四分位範囲という。これもざっくり言うと、真ん中の50%のデータがこの範囲にあるということだ。

 さて、ここまでわかったら問題を解く準備ができている。
 ① 平均点は「+」の記号で表されるから、2組のほうが平均点が高いことがわかる。だから「正しくない」。
 ② 四分位範囲は第1四分位数と第3四分位の差だから、箱の長さで表されている。だから「正しい」。
 ③ 上位10人の得点の散らばり具合は、第3四分位数と最大値の間の線の長さで表される。だから「正しい」。
 ④ どちらのクラスも40人だから、中央値は20番目と21番目の生徒の得点の平均値になる。2組の中央値は60点より低いので、上位20番目の生徒が60点以上だとは限らない(60点以上である可能性もあるけど)。だから「正しくない」。

 私たちの時代は学校で教わらなかった気がする。知らなければ何も理解できないけど、箱ひげ図の性質をちゃんと知っていると、データの分布や状況をいろいろと読み取ることができるのよね。
 
 ……そうね。
 
 再び和室に行き、昭雄さんに話しかける。
「今朝、あれ置いてくれたの、昭雄さんでしょ」
「何のことだ」
「緑色の袋」
 昭雄さんは何も言わず、また新聞のページをゆっくりとめくった。
 
 昭雄さんはいつも口数が少ないけど、返事をしない時は「肯定」なのだ。
そして、今昭雄さんが読んでいるのは朝刊だ。普段の昭雄さんは午前中に朝刊を読み終えているし、この時間は大体寝室にいて読書をしている。今日は私の帰りが遅いので、玄関や部屋の電気をつけて待ってくれていたのだ。
 長年一緒に暮らしている私だから読み取ることができるサイン。知らない人にはわからない。箱ひげ図と同じだ。
 
「ありがとうございました。典子にちゃんと渡しましたから」
 心の中で、昭雄さんの「わかった」という返事を聞いた。
 
「典子から電話があった」
「えっ?」昭雄さんが本当に返事をくれた。そして、それは意外な返事だった。
 

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