末路

徒然なるままに日暮らしTwitterに向かひて…ツイート5個分程度の、とても短いお話の…

末路

徒然なるままに日暮らしTwitterに向かひて…ツイート5個分程度の、とても短いお話のようなものを書き散らかしています。

記事一覧

光あれ

薄紫のたなびく。何だろう?あれは…山? 赤く染まる夕景? ふと足元を見る。大丈夫、足は付いている。 そうか、これは夢なのだ。 それにしても何だろう、この胸騒ぎは。 …

末路
3か月前
7

坂の途中で

なんでこんな高さのヒールなんて履いてきたんだろう。わたしは坂を下りながら自らの足元を見る。白い皮のチャンキーヒールのベルトサンダル。大学生の頃、よく履いてたけれ…

末路
1年前
16

縁切

ここは縁切寺として有名だ。 妻子がありながらわたしを手離さない男、そしてその男から立ち去ることのできないわたしと。もう神頼みするしか無いのだ。いや、それは言い訳…

末路
2年前
15

私と悪魔

『吾輩は猫である』の初版本の表紙を見たことがあるかい?オーブリー・ビアズリーを彷彿とさせるタッチのそれは悪魔のようにも見えるんだ。槍を手にしたその猫の周りにはね…

末路
2年前
7

死が二人を分つまで

最近帰りの遅い夫は、寝不足なのか隈が目立つ。深夜の帰宅、ベッドに崩れ落ちるようにして、既に寝ている私への配慮もない。それでも私は笑顔でおかえりと言い、黙って夫の…

末路
2年前
4

ある夏の日に

足が痛い。どれだけ歩いたのだろうか。ジリジリと背を焦がす陽射し、太腿まで濡らす陽炎、うわんうわんと鳴るサイレン。 手が重い。もう限界かも知れない。私は長いこと握…

末路
3年前
7

パラソムニア

「寝ている間の記憶がないって当たり前のことじゃないの」と笑うわたしを、男は哀しそうな目で見つめる。わたしは急に不安になり、「夢が思い出せないという意味?」と聴く…

末路
3年前
14

月に吠える

女が水蜜桃をしゃうしゃうと、一心不乱に食べる音だけが響く。電気も点けず、膝を抱えるようにして、女は椅子の上にいて、水蜜桃を食べている。薄桃色の皮に前歯を立て、し…

末路
3年前
9

鍋とプリン

ぐつぐつと土鍋ごと揺れる程に煮たっている水炊きを連想した。もうもうと湯気が上がり、ぶくぶくと透明な水泡が弾けては生まれ… 何故、ぐらぐらと煮立つ鍋を連想したのだ…

末路
3年前
6

『無題』

終わりが透けてきた頃、男が私を登場させた小説を書いたという。「読まない方が良い」とわざわざ言い残し、原稿を置いて男は帰った。この男のそういうところが嫌なのだ。1…

末路
4年前
15

存在証明

ファントムペイン、聴いたことはあるだろう?切り落とされた筈の身体の一部が、ない筈の身体の一部が痛むんだ。シクシクと、ズキズキとね。失ったことに脳がついていけない…

末路
4年前
10

第四趾の記憶

二十歳の頃、わたしはある男に飼われていた。飼われていた、という表現は卑下し過ぎかもしれない。けれど、飼われていた、という表現がわたしの中ではしっくり来るのだ。実…

末路
4年前
10

信号

イルミネーションを見る度に、2年前のことを思い出す。ある男と桜木町で食事をした後、イルミネーションを見よう、と男はわたしを誘った。赤レンガに行けば明らかに終電を…

末路
4年前
6
光あれ

光あれ

薄紫のたなびく。何だろう?あれは…山?
赤く染まる夕景?
ふと足元を見る。大丈夫、足は付いている。
そうか、これは夢なのだ。
それにしても何だろう、この胸騒ぎは。

ぽよんぽよんと歩を進める度に大地が揺れる。
あの空気の沢山入った遊具のように。
ふかっとした大地に足元をとられながら、ただ私は歩いている。どこへ向かって?

そういえば…
眠りに落ちる前、私は何をしていた?
…そうだ、仕事の後、同僚と

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坂の途中で

坂の途中で

なんでこんな高さのヒールなんて履いてきたんだろう。わたしは坂を下りながら自らの足元を見る。白い皮のチャンキーヒールのベルトサンダル。大学生の頃、よく履いてたけれど、なぜこの靴なのか。愛用していた靴は他にもある、更に言えば近年はスニーカーばかりだったというのに。

気を抜くと足首をやってしまいそうだ。地面が悪過ぎる。真っ黒な靄が掛かってよく見えないが、歪んで撓んでいることだけは、その妙な柔さを持つ不

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縁切

縁切

ここは縁切寺として有名だ。

妻子がありながらわたしを手離さない男、そしてその男から立ち去ることのできないわたしと。もう神頼みするしか無いのだ。いや、それは言い訳なのは分かっている。一陣の風が葉擦れの音と共にわたしを打ちつける。神の所為にしようとしているわたしへの戒めか。

玉砂利に足をとられながら小さな祠の前に立つ。新旧混ざった無数の絵馬で撓んだ縄に、わたしもひとつ絵馬を結ぶ。仲間ができたと、ガ

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私と悪魔

私と悪魔

『吾輩は猫である』の初版本の表紙を見たことがあるかい?オーブリー・ビアズリーを彷彿とさせるタッチのそれは悪魔のようにも見えるんだ。槍を手にしたその猫の周りにはね、人形がごろごろ落ちているんだけどね、否、人形ではなく人間なのかも知れないね?僕は面白くなって、飼い猫にも同じように人形を沢山買い与えてみたよ。
でも飼い猫は見向きもしないんだ。
だからその人形に木天蓼を擦り込んでやったのさ。そうしたらあい

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死が二人を分つまで

死が二人を分つまで

最近帰りの遅い夫は、寝不足なのか隈が目立つ。深夜の帰宅、ベッドに崩れ落ちるようにして、既に寝ている私への配慮もない。それでも私は笑顔でおかえりと言い、黙って夫の頭を撫でるのだ。

コトコトと鍋の蓋がダンスするように蠢く。湯気を立てながら。今日は寒いからシチューが良い。夫の好きな料理のひとつだ。脛肉の塊をホロホロと箸で突いて食べるのが好きなのだ。圧力鍋を使わずに長時間煮込むこと、それが愛情。

電話

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ある夏の日に

ある夏の日に

足が痛い。どれだけ歩いたのだろうか。ジリジリと背を焦がす陽射し、太腿まで濡らす陽炎、うわんうわんと鳴るサイレン。

手が重い。もう限界かも知れない。私は長いこと握っていたそれに目をやる。もう片方の手で自らの指をこじ開けるようにして、ベタつくそれを剥がすようにして落とす。ガシャンと耳障りな音を立て、その鋒は私の目を強い光で射抜く。

同時につんざくような金切声が聞こえた。振り返ると、でっぷりと太った

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パラソムニア

パラソムニア

「寝ている間の記憶がないって当たり前のことじゃないの」と笑うわたしを、男は哀しそうな目で見つめる。わたしは急に不安になり、「夢が思い出せないという意味?」と聴くと、男は首を小さく横に振り、「眠っている間、僕は自分が何をしているか分からないんだ。本当に寝てるなら良い、でもそうじゃない可能性もあるだろう?」という。

「少なくとも昨日から今朝はこうしてわたしの隣で眠ってたよ」と返すと、「君は眠ってなか

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月に吠える

月に吠える

女が水蜜桃をしゃうしゃうと、一心不乱に食べる音だけが響く。電気も点けず、膝を抱えるようにして、女は椅子の上にいて、水蜜桃を食べている。薄桃色の皮に前歯を立て、しゃくるようにしてその実を齧り、しゃうしゃうと咀嚼する。鼻先も唇も顎も桃を持つ手も、桃の汁でぬらぬらと濡れ、嚥下するたびに大きく波打つ喉を、月の光が煌々と照らしている。辺りに漂う甘い香りは、どこか腐臭を連想させる。

女は美しかった。痩せぎす

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鍋とプリン

鍋とプリン

ぐつぐつと土鍋ごと揺れる程に煮たっている水炊きを連想した。もうもうと湯気が上がり、ぶくぶくと透明な水泡が弾けては生まれ…

何故、ぐらぐらと煮立つ鍋を連想したのだろう。バカバカしい。わたしは頭を振っておかしな連想を払うと、浴槽に沈むそれを改めて見た。

水面にゆらゆらと揺れる黒い髪の間、カッと見開いた眼は虚空を凝視しており、光を失ってなお強くわたしを射抜く。そうか、この目玉の強さが、ぐらぐらと煮立

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『無題』

『無題』

終わりが透けてきた頃、男が私を登場させた小説を書いたという。「読まない方が良い」とわざわざ言い残し、原稿を置いて男は帰った。この男のそういうところが嫌なのだ。1枚目に『無題』とある。小説まで誘い受けかよ、とうんざりし、わたしは原稿を放っておいて、とりあえず近所の台湾料理を食べに家を出た。

ビールと「鹹蚋仔」。大ぶりのシジミを大蒜醤油で漬けたもの。指で直に摘み、口に運んで、殻の隙間から、軽く吸い込

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存在証明

存在証明

ファントムペイン、聴いたことはあるだろう?切り落とされた筈の身体の一部が、ない筈の身体の一部が痛むんだ。シクシクと、ズキズキとね。失ったことに脳がついていけないんだ、もう無いのに、受け入れられないんだよ。

え?頭が痛い?アスピリンをやろうか。え?いらない?強情だな、君は。だから頭痛がするんだろうね。緊張性の偏頭痛だろう、君のお得意のさ。常に肩肘張って、肩を怒らせて、それじゃあ頭痛もするだろうさ。

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第四趾の記憶

第四趾の記憶

二十歳の頃、わたしはある男に飼われていた。飼われていた、という表現は卑下し過ぎかもしれない。けれど、飼われていた、という表現がわたしの中ではしっくり来るのだ。実家で暮らしていたのに、男が仕事場にしていたマンションの一室にいる時だけは、わたしは確かに飼われていたのだ。

男はわたしの身体の全てを性感帯にした。元々敏感な箇所は更に鋭敏に、くすぐったい箇所は性感帯の種だからと開発され、気持ちいいのかよく

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信号

信号

イルミネーションを見る度に、2年前のことを思い出す。ある男と桜木町で食事をした後、イルミネーションを見よう、と男はわたしを誘った。赤レンガに行けば明らかに終電を逃す。歩き出した男を追いかけるようにして歩調を合わせ、ドキドキしながら赤レンガへ向かった。

男はわたしが普段なら手を出さない種類のポテチのような男で、でもその頃はその少年ぽく粗野なところが妙に魅力的に見えた。赤レンガで普段は掛けない眼鏡を

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