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ある夏の日に

足が痛い。どれだけ歩いたのだろうか。ジリジリと背を焦がす陽射し、太腿まで濡らす陽炎、うわんうわんと鳴るサイレン。

手が重い。もう限界かも知れない。私は長いこと握っていたそれに目をやる。もう片方の手で自らの指をこじ開けるようにして、ベタつくそれを剥がすようにして落とす。ガシャンと耳障りな音を立て、その鋒は私の目を強い光で射抜く。

同時につんざくような金切声が聞こえた。振り返ると、でっぷりと太った中年女が大きく口を開けている。虚空のようなその黒い穴から私はどうしても目が離せない。

うわんうわんとサイレンが近づく。黒い穴はパクパクと開いたり閉じたりしている。このまま私を飲み込んでくれないだろうか。私は重い脚を引き摺るようにして、その穴へ向かう。穴はいよいよ大きく開き、私は何か救われるような気がして、そこへよろよろと手を伸ばす。

赤茶けた手が陽炎で揺らめく。

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