マガジンのカバー画像

書評

148
運営しているクリエイター

2021年1月の記事一覧

上杉隆(2011)『官邸崩壊:日本政治混迷の謎』幻冬舎文庫



第一次安倍内閣の誕生から瓦解までを、実名の登場人物が織り成す権力闘争を中心に描く「小説みたいな」一冊。日本の報道では執筆記者名とともに匿名化されがちな権力中枢にいる者たちの思惑や判断内容を取材に基づいてしっかりと書き込んでいる。

そもそも署名記事・リソースの明確化が当然の諸外国のジャーナリズムでは恐らく当然のことであろうが、どんな公共機関でも中身は何人かの生臭い人間によって運営されている(し

もっとみる

太宰治(2006)『人間失格』新潮文庫



男はあまりにも純粋で、人間の生臭い人間らしさに生涯翻弄される。社会にあってはその純粋さは弱さと呼ばれている。人間、失格なのだ。

不朽のロングセラー。私的領域に深く深く潜り込む感情文学の最右翼。著者の最期と同様の結末を受け入れるならば、「私」に入り込むことはこのようなことなのだろう。社会に生きなければならない私たちはそうは望まないから「公」を手に入れる。

猪瀬直樹(2020)『公〈おおやけ〉:日本国・意思決定のマネジメントを問う』ニューズピックス



非凡な著者の伝記的な一冊であり、読んでいて非常に痛快かつ国家の課題について考えさせられる良著。ただ最後が少し尻切れトンボな感があるのは、作家の常なのか不可避な制約によるものなのか。

本書を通して訴えられていることは、我が国の「公」の欠如であり、それは例えば私小説のような感情機微を味わうだけの生き方への警鐘である。公と私は否応なく繋がっているにも係わらず、官僚機構などの公の一時的保全管理者に全

もっとみる

住野よる(2020)『この気持ちもいつか忘れる』新潮社



バクホンとのコラボ企画の小説。シンクロした世界観の音楽もとてもいい。内容は、どこか達観している男と周りの世界の軋みを描くもの。白石一文の物語に少し似ている。恋愛とは、社会的な武器も鎧も捨てて、ただ一人の人間として向かい合うということなのだと思わせる場面が描かれている。

気遣いとか思惑とか歯に衣着せたような会話をしている二人が、ある瞬間にふと剥き出しの感情をためらいもなくぶつけ合うことがある。

もっとみる