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キャラメル色

「この花の色が多分苦手なんだと思う」

薄いピンク色に白、フリルのスカートみたいな花びらが、子どもの時に着ていた服によく似ている。

「不思議の国のアリスに出てくる、ハートのクイーンの気持ちが今なら分かるね。」

里枝は花に顔を近づける為前のめりになっていた姿勢から、椅子に深く座り直した。

「里枝なら何色に塗るの?」

和実に聞かれ、里枝は花をじーと見ながら考えた。
しばらく教室の時計の音だけがやたらと耳に響く。

「駄目だ。何も思いつかない。多分この色以外だったらなんでもいいんだと思う。」

「一体この色にどんな思い出があるんだ」

和美は花から里枝に目線を移しながら苦笑した。

「何色でもいいの。薄いピンク色以外なら、何色でもこの花には似合う気がする。でも今の私だったら…黒に塗るかな。きっと薄いピンクへの対抗心。黒い花なんて見たことないけど。」

「大人っぽく見られたいんだね。」
過去を話したわけじゃないけれど、和美はまるで全てを悟ったようだった。

「モノって思い出が染み付いてるよね。」

「色にも染み付いてる。」

「私はこの花を見るたびに、里枝はこの色嫌いだったなーって思い出すわけでしょ。」

「なんか嫌だね、それ。私の「嫌い」を思い出すの。
高校卒業しても、大学卒業しても、社会人になっても、おばあちゃんになっても、この嫌いなピンク色を見た時に、いつだってなんか陰湿な気持ちと共に私を思い出すんでしょ。」

目を合わせた2人の額には皺が寄っていた。

「塗り替えよ、思い出。」

そう言うと和美は机の横にかかっていた手提げから、絵の具を取り出した。

「嫌いなものは嫌いなままでいいからさ。」

和美は里枝の前に筆を差し出した。
「ハートのクイーンになろう!」

里枝は筆を受け取るのを不貞腐れながら躊躇った。
「それはこの花が可哀想だよ。
この色がこの花の個性なのに。」

「この白の部分はピンクになりきれなかった部分だと思うんだ。花もどうぞ塗ってくださいって思ってると思う。」

そう言うと和美は絵の具をパレットに絞り出した。
鮮やかな茶色が、綺麗に洗われたパレットに良く映える。

「嫌いな色も、差し色なら意外に好きになれたりするんだよ。
私は赤が嫌いだったけど、大好きな黒いワンピースに、赤い靴下履いたら、その赤色も可愛らしいなあ〜って思うようになったんだよね。」

茶色と隣に並んだ白色を筆で撫でると、
和美は花の白い部分をキャラメル色に塗りだした。

「好きと嫌いを混ぜてさ、これもまたいいかなあ〜くらいが、ちょうどいいんじゃないの。」

さっきまで、可愛らしいピンクのスカートを履いていた花が、一気にストリートファッションを身にまとった。
キャラメル色とピンク色が中和しあって、まるで花がメイクをしたみたいだ。
キャラメル色と一緒なら、このピンク色も悪くない。

里枝はもう一輪の花の白い部分を、薄いピンクに塗りだした。

「結局ピンクに塗るんかいっ」

花びらと同じピンク色を塗りだした里枝を見て、
和美は目を丸くしながらも笑った。

「思い出が塗り変わったの。だからいいの、これで。」

「そっかそっか。それはよかったっ」

和美はどことなく嬉しそうに苦笑した。

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