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思考整理の文章置き場

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日記ではない長文のエッセイや、もぐら会「書くことコース」の原稿などをまとめています。
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#読書

しなやかな強さを求めて生きたひと。須賀敦子の面影を探して

しなやかな強さを求めて生きたひと。須賀敦子の面影を探して

イタリアのミラノにあるサン・カルロ書店(旧・コルシア・ディ・セルヴィ書店)に訪れたときのことはいまでもはっきりと、覚えている。

作家・エッセイスト須賀敦子の著書に登場するコルシア・ディ・セルヴィ書店。『ミラノ 霧の風景』『コルシア書店の仲間たち』など作品のなかで何度も舞台となったこの場所は、イタリアのミラノの中心部、ドゥオーモから歩いて10分程度のサン・カルロ教会の建物の右隣にひっそりとたたずん

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オルガ・トカルチュク著「昼の家、夜の家」を泣きながら読む。

オルガ・トカルチュク著「昼の家、夜の家」を泣きながら読む。

小説を読む意味ってなんだろう。

それはとても非生産的で効率が悪くてむしろ時間の無駄だと思われるかもしれない。ある人はこう言っていた。「小説は他人の空想。そんなもの限られた自分の時間で読む必要はない」と。でも、出会うべき一冊に出会ってしまったなら彼・彼女の人生にとってその作品と出会えた価値はかけがえがなくて、物語を通じて得た経験は生産的だし、効率的だし、むしろ誰よりも時間を有効に使ったと感じられる

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『夜と霧』 "生きる意味を問う"意味についての結論とは。

『夜と霧』 "生きる意味を問う"意味についての結論とは。

ヴィクトール・E・フランクル著の「夜と霧」を読む。もぐら会の参加者が勧めていたもので、この本の前に心理士のエッセイを読んでいたから連続して読むと相乗効果がありそうだと、手に取った。

が、作品の中で書かれた現実はあまりにも深刻すぎて、わたしが想像するだけでは事実に到底及ばない。まったく補えない。苦しい、そして息がつまる。ただ心理学者がこのテキストを書いていることから、文章はどこか客観的でもある。そ

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自分自身で自分の傷を癒すことは可能か、ケアとセラピーを考える。

自分自身で自分の傷を癒すことは可能か、ケアとセラピーを考える。

最近エッセイスト紫原明子さん主催の「もぐら会」というコミュニティに参加することになった。今流行りのオンラインサロンみたいなものにはどちらかというと毛嫌いしていたし、性格としても優柔不断なわりにはピンときたものにはすぐ行動するので、参加してからじわじわと「コミュニティに参加したことの意味」を感じ入っているところである。

さて、その会で主催者の紫原さんがお勧めしていた本、「居るのはつらいよ: ケアと

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