見出し画像

コラム 母親たちは南西風 - ミトコンドリア・イヴは泣かない 6

↑『母親たちは南西風』のバックナンバー

連載コラム『母親たちは南西風』、今回が最終回です。ここまでZ5とZ、その親であるCZ、さらにその親であるM8、さらにそのまた親であるMまで見てきました。今回はアフリカを出たL3と、いよいよ風の発生源であるLについて書いていきます。母親たちを北東に向かわせたアフリカからの追い風、一体どのようなものなのでしょうか?

今回も参考にするのは篠田謙一著新版 日本人になった祖先たち DNAが解明する多元的構造 NHKブックス』(以下、本)です。

前回見て来たMのひとつ上のクレードであるL3はおよそ6〜7年前に東アフリカ(エチオピア辺り)で発生しました。L3は出アフリカを果たしたという点で大変特徴的な集団です。徒歩な上に行く先に食べ物があるかどうかもわからないのに進んでいく、その勇気は大したものですね。ドイツ人のお爺ちゃんも「お前たち、人生で最も重要なのは勇敢(Mut)であることだ」と言っていました。お爺ちゃんは東から西に逃げてきたんです。この話はまたいつか。
出アフリカには様々な理由が考えられます。環境の変化による生存のためというのが通説ですが、本当の理由は案外現代の私たちとそう変わらないのかもしれません。農協の慰安旅行で遠出をしたら道に迷って帰れなくなったとか。サバイバル能力高いですからね、7万年前の人は。元の村に戻れなくてもわりと生きられるはず。組合員と新たに村を作れるし。本によると、出アフリカを果たしたのは150人程度の小規模なグループだったのではないかという研究もあるとのことでした。農協の旅行ならまあ多分あり得る人数かも?JAいっぱいあるし。祖先の行動は現代の私たちに謎かけをしているようでとてもおもしろいです。
アラビア半島に到達したL3はその後アジア方面に行き、やがてMとNに分かれました。前回のMの説明のところで少しNについても触れましたが、L3はMとNの共通祖先です。日本人の多くはMとNであり、L3まで遡れば私たちは母系を通じて同じ集団の一員ということになります。そしてアジア人やヨーロッパ人、アメリカ先住民など出アフリカを行った祖先を持つ人は全てL3の血を引いています。
ところで、L3ということはL1やL2もあるのでしょうか?はい、あります。L7までありますしなんならL0もあります。最新の研究によってはそれ以上あるかもしれません。L0は何かというと、初めはLから分かれたクレードをL1, L2, L3と名付けていたものの、後からL1よりもっと古い時代にLから分岐したものがあったとわかりL0という表現方法をとったようです。mtDNAの名称の混乱ぶりたるや。やっぱ漢字を当てましょうよ漢字を。漢字だったら応用が効くから。Lは祖でしょ、L1は始、L2は次、L3は出、おっとL0がみつかった、じゃあL0は初、とか。始と初のニュアンスの違いについてはセンター試験の漢文ほぼ満点だった私が自信を持ってお届けしているのでまあ間違いないと思います。やっぱ古文漢文大事。人生どこで何が役に立つかわからないよ、本当に!
ちなみにこのL0、L3ほどではありませんがめちゃくちゃ多くのクレードを生み出しています。また、L3はMとNにだけ分かれたわけではなくL3aやL3bなどにも分化しています。L3を起源に持つ人はアフリカを出たMとNだけではなくアフリカに残った人々の中にもたくさんいるようです。

それではいよいよ私たち全員の共通祖先であるLの話をしていきます。Lは全人類のハプロがひとつに集約されるミトコンドリア・イヴのナナ婆ちゃんの集団です。本によると婆ちゃんは16万年±4万年生まれだそうです。イヴなんて言われると婆ちゃん1人が全人類の起源になったように聞こえますがそういう訳ではなく、mtDNAが残らなかった数多の母親たちがいる中で現時点で唯一私たちとハプロが一致するとわかっている女性ということです。子どもの性別を決めるのは精子なのでミトコンドリア・イヴが女の子ばかりを産む能力があったわけではなく、彼女は彼女のできることを同年代の女性と同様に粛々と行なったということなのだと思います。
Lは今の所全人類共通の祖先であるハプログループということなのですが意外と情報が少ないんですよね。わりと大雑把にしか書いていないんです。遠い昔のことすぎてあまり研究が捗っていないのかもしれません。私にZやZ5を調べるほどの情熱がないのではと勘ぐるのはやめてほしい。

一方でこんな興味深い話もあります。我々サピエンスは生まれた時からずっとサピエンスだけでやってきたわけではなく各地の先住民(デニソワ人など)とも交わっていました。そのひとつがネアンデルタール人です。ネアンデルタール人との交わりが見られるのはアジア人やヨーロッパ人、つまり出アフリカを成し遂げたL3の子孫だそうです。書いてあったのは篠田謙一著DNAで語る 日本人起源論』。

こちらの本に載っている図によるとアフリカにとどまったLの子孫は北アフリカを除きネアンデルタール人との交雑がなかったようです。ネアンデルタール人とサピエンスとの混血は2〜5%程度らしいので全体的に見てそれほど多くはないようですが……

ジャンジャジャーン発表します。私にもネアンデルタール人の遺伝子型がありましたー

右のグラフでは山のてっぺんとユーザー平均がズレていてイマイチ見方がよくわからない。私はユーザー平均に比べてバリアント数がやや少ないはずなのにその位置にあるのはなぜだろう

ネアンデルタール人との関係はヨーロッパ人よりもアジア人の方が多いそうです。イメージ的にはヨーロッパの方が多そうだったのでひとつ勉強になりました。よく人類は孤独であるなどと言われますが、少なくとも私の遺伝子の中にはネアンデルタール人も縄文人もいるのでみんなそんなセンチメンタルにならなくても良いと思います。サピエンスは創作物でよく使われるセリフ「あの人は私の中で生きている……」を地で行っている存在なんですよ。

また、上で紹介した「DNAで語る 日本人起源論」には現代人とは異なる未知の系統のY染色体DNAを持つアフリカ系アメリカ人がみつかったと書いてありました。その未知の旧人類はカメルーン西部の狭い地域を起源とするようで、遺伝子検査をする人がもっと増えればどんどん人類の親戚が増える可能性がありますね。
ところで、このコラムではほとんど書いてこなかったY染色体のハプログループですが、遺伝子検査総合情報サイト『U-GENE』でちょっと調べてみたところおもしろいことが書いてありました。mtDNAハプログループZはウラル語族と関係があるのですが、Y染色体DNAにもウラル語族と関係があるハプログループをみつけました。Y染色体DNAのハプログループNは北ユーラシアに分布しフィン人やウラル系のヤクート人に見られるそうです。mtDNAハプログループZの拡散経路ととてもよく似ていますね。日本におけるY染色体DNAのNの割合は2%だそうでやはり珍しい部類とのことです。私は自分のY染色体DNAを知る術がないのですが、もし私を形作った今までのすべての父親(母系も含む)を調べることができたら私のY染色体Nの割合はかなり大きいような気がします。
日本の場合、Y染色体DNAハプログループの約55%がO、約35%がDであり、この2つで全体の9割という大多数を占めています。母系と比較すると日本の父系は多様性に乏しいと言えます。変異に偏りがあるということはそのうち少数派が多数派に飲み込まれることを意味します。ますます多様性が失われていくのは寂しいですが、これからは国際結婚や移民によってたくさんの新しいハプログループが日本にやってくるでしょう。そうやって遺伝子が豊かになっていくのはとても良いことだと思います。我々がカマンベールチーズにならないためにも。

遺伝子を解析することによりアフリカ単一起源説が提唱され、人類皆兄弟というスローガンが科学により裏付けられるようになってきました。なんとなくそうだと教えられても、東アジア民ならいざアフリカ系やヨーロッパ系と親戚であると言われてピンとこない人もいるでしょう。しかし、これまで見てきたように見た目とハプログループはあまり共通点を持たないんですよね。私の見た目は日本人でしょうがmtDNAハプログループはほとんどの日本人よりも北欧にいるサーミの一部に近いのです。見えるもの(ここでは外見)ではなく見えないもの(ここでは遺伝子)にこそ本質があるというのは、芸術にも人生にも言えることだと思います。mtDNAハプログループから物事の本質を知る。いいぞ、このままきれいにこのコラムは終われそう。

とは言え、それでもサピエンスは戦争や虐殺や迫害をしているのですからこの状況にミトコンドリア・イヴも泣いていると思います。いや、昔の人だから多分普通にめっちゃ叩いてくる。婆ちゃんやめてっ 悪そうな奴は大体東京にいるからそっち行ってっ


完。


え?全mtDNA Lを起源を持つ者が泣いた壮大な石拾いの物語はどうしたかですって?無料で記事を公開している私に投げたその石、今拾いましたよね?


参考:

Wikipediaの泉
みんなWikipediaよりも論文読んだ方が良いよ!

U-GENE(Y染色体DNAハプログループについて)

【チーズ】カマンベールの危機


この記事が参加している募集

スキしてみて

石拾い専門雑誌を創刊するためよろしくお願いいたします。