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ミトコンドリアDNAでルーツを巡る

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石拾い専門雑誌が全人類に贈る新企画、コラム『母親たちは南西風』をまとめました。ミトコンドリアDNAハプログループZという少数ハプロの筆者がそのルーツを本とネットの情報をかき集めな… もっと読む
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コラム 母親たちは南西風 - ミトコンドリアDNAにみる母系の移動 1

『私たちはどこから来たのか』。よく聞く言葉ですよね。学生は誰かしらこの成句を使って作品を作っているし、企業でもこのフレーズで商品や研究のコンセプトを説明していることが多い気がします。いや、皮肉じゃないです。私も人一倍どこから来たのかに関心がありますから。それが高じて遺伝子検査でルーツを調べました。長年の夢だったんです。 ちょっと昔話をします。私が遺伝子検査に興味を持った原体験として記憶しているのは、2007年に東京国立科学博物館で開かれた『インカ・マヤ・アステカ展』です。展

コラム 母親たちは南西風 - ルーツを知ることの裏側にあるもの 2

↑ 前回の記事 謎多きmtDNAハプログループZ。日本に1.2~1.3%しかいない少数グループです。それでも調べれば少しずつ情報は出てくるもので、今回はZとそのサブクレードZ5に焦点を当てて今わかる限りのことを書いていきます。今回のコラムは主に英語版Wikipediaと篠田謙一著『新版 日本人になった祖先たち DNAが解明する多元的構造 NHKブックス』(以下、本)から得た知識で書いています。 (昔の私はWikipediaに書いてあることを基にちゃんとした文章を書く奴は信用

コラム 母親たちは南西風 - ミトコンドリアZ戦士のかつてない恐怖 3

↑ 前々回の記事 ↑ 前回の記事 ミトコンドリアDNAで母系のルーツを探るコラムシリーズ、待望の第3弾です。大好評のような気がしています。前回は我がmtDNAハプログループZについて掘り下げていきました。今回もZについて、前回は紙幅の都合上で書ききれなかったことを書いていきます。 私ことZ5は、日本の愛知に多くいそうだということが前回判明しました。そこで、母に聞いて母系を遡れるだけ遡ってみました。まず、母と母方の祖母は東京生まれです。母方の曽祖母は静岡県出身、パーキング

コラム 母親たちは南西風 - 遠い親戚近くの他人と言うけれど 4

↑ 『母親たちは南西風』のバックナンバー 皆さんこんにちは。誰も読んでいなくても書き続ける、淘汰の存在しない世界ことこのコラムは気づけばもう第4弾ですね。毎回好評なのでmtDNAのZ以外の方も見ているのだと推測します。自分とは違う、しかも少数ハプロについて詳しくなるのはとっても良いことだと思います。 ミトコンドリアDNAでルーツを巡る旅の第4弾は、mtDNAハプログループZ率高めと思われるサーミ人と、リサーチ中にみつけたミトコンドリアZ戦士の仲間、エヴェン人について書いてい

コラム 母親たちは南西風 - 母系だけって他の祖先どこ行った 5

↑ 『母親たちは南西風』バックナンバー ついに第5回まで続いたこのコラム。毎回大好評ですね!この連載を始めてからフォロワーの数が3倍になりました。これは凄いことですよ!並のインフルエンサーでは太刀打ちできないと思います。すごすぎる!! さて、と。私のmtDNAハプログループの変遷は「L → L3 → M → M8 → CZ → Z → Z5」でした。今回はCZとM8とMについて調べたことを書いていきます。今回も参考にしたのは篠田謙一著『新版 日本人になった祖先たち DNAが

コラム 母親たちは南西風 - ミトコンドリア・イヴは泣かない 6

↑『母親たちは南西風』のバックナンバー 連載コラム『母親たちは南西風』、今回が最終回です。ここまでZ5とZ、その親であるCZ、さらにその親であるM8、さらにそのまた親であるMまで見てきました。今回はアフリカを出たL3と、いよいよ風の発生源であるLについて書いていきます。母親たちを北東に向かわせたアフリカからの追い風、一体どのようなものなのでしょうか? 今回も参考にするのは篠田謙一著『新版 日本人になった祖先たち DNAが解明する多元的構造 NHKブックス』(以下、本)です

後書き 母親たちは南西風

↑『母親たちは南西風』バックナンバー 構想段階も入れると延べ1ヵ月に渡り書き続けた「母親たちは南西風」、自身のルーツを探す旅として旅系雑誌である本誌にふさわしいと連載コラムを書くことを決めた。これまでの記事と同様1ヵ月に2本くらいのペースで投稿しようと思っていたが、いざ書いてみると思ったよりもとても楽しく時には1週間に2本という石拾い専門雑誌始まって以来のペースでの投稿となった。 私が遺伝子検査をしたのは2023年の8月であり、検査結果を知ったのは同年9月だった。1度トラ